第30話 恋と悩みと川の流れの様に
文字数 5,414文字
悩める水城君の相談(?)を受けた翌朝。いつもの様に蒼と一緒に登校しているとちょうど前を歩く美波ちゃんを発見し、思わず声を掛けてしまった。
髪はボブカットに短く切り、赤毛の柔らかな髪が朝の秋風にふわりと揺れるのが絵になり羨ましい…。
「灯ちゃん、雛森君おはよう。」
「おはよう。」
「ああ、おはよう…」
「朝から仲良しで羨ましいなぁ!私も雛森君みたいな頼もしい彼氏が居たら良いんだけど…あ、でも灯ちゃんみたいな可愛い彼女でもいいなぁ!!あはは!」
「三島は女…むぐっ…」
「嫌だなぁ~!!わたしの方が美波ちゃんみたいなしっかり者の彼女欲しいよ。あ、でも頼もしいって言ったら水城君もそうだよねぇ!!な、なんちゃって…」
蒼の口を塞ぎ、どうでも良いツッコミを慌てて制止すると、わたしは無意識のうちに水城君の名前を出してしまった。
ああ、昨日の今日でやっぱりこの話題はまずいよね…。わたしの馬鹿…!!
笑顔だった美波ちゃんの表情は案の定曇り、怪訝そうにわたしを見て首を傾げている。
「…水城君に何か聞いたの?」
「いや…聞いたと言うか…聞き出したと言うか…」
「…奈々絵ちゃんね。何となくこそこそしてるなって思ってはいたけど…」
美波ちゃんはお見通しだったようだ。短いため息を吐くと苦笑し、ゆっくり歩き出してしまった。
ああ、美波ちゃんやっぱり怒っちゃったかな…。わたしがうっかり余計な事言ったから。
ダメ元で蒼に助けを求める視線を向けると、やはり『俺には無理だ、諦めろ』オーラを出し、こちらも短いため息を吐いていた。
わ、わかってはいたけどさ…。ここで蒼が無理に変な事を言うと話がこじれる事間違いないし。
「信じられる?いきなり『付き合わないか』なんて言われて…。しかも水城君灯ちゃんの事好きだったんでしょ?」
「で、でも…今は違うし…。それにそれは多分半分興味本位ってものだと思うし…」
「でも二度告白したって聞いたけど…日向君から…」
日向君!なんで調子に乗っていつもいらない事まで言っちゃうかな…!!あ~!!もう!馬鹿!!
しかし怒りたくても本人が居なければ仕方がない…。いずれはバレる事だ。
やっぱり水城君がわたしに告白したって事気になってるんだ。当然だよね…。
うう、じゃあこれってわたしにも原因があるって事なんじゃ…
「ああ、勘違いしないでね。灯ちゃんは何も悪くないの…ただ、私の中で色々と整理がつかないだけで…。やっぱり気になるじゃない?好きな人が別の誰かに告白したなんて…」
「…美波ちゃん、水城君の事…!?」
「好きだよ…。同じクラスになって駒井さんから虐められていた時も水城君だけは普通に接してくれたし…それが彼にとって普通なんだけどね。でも、そんな風にされたら好きになっちゃうでしょ?灯ちゃんじゃないけど、私も結構夢見がちなんだよね?」
振り返り笑う美波ちゃんは本当に綺麗だった。恋する乙女は綺麗になるって言うけど…まさにそれだ。
美波ちゃんの言い分は良く分かる。多分わたしも同じ状況下に置かれていたらきっと惚れてしまうに違いない。しかも水城君はイケメンだ(ここ大事)。それに頼もしい。
好きだけどどこか納得出来なくて素直に喜べない…。そんな気持ちも分かる気がする。わたしが言うのもなんだけど。
だってその人には好きな人が居て、今はもう何とも思っていないにしろその相手が友人として今も一緒にいるのだから。
ま、まぁ…わたし今は彼氏持ちだけど…?
いつ気持ちが揺らいで戻ってしまうかも分からない。自分はその人の代わりなんじゃないかって…そう考えてしまう不安と焦燥…そんな自分が嫌で自己嫌悪に陥る。まさに悪循環だ。
「…それに水城君がああ言ったのってどうしてもその場のノリとしか考えられないのよ。なんかこう…雛森君みたいに真面目だったらいいのにとか、日向君みたいに素直すぎる行動を取る人だったら分かりやすいのにとか…色々考えちゃって…」
「…それはそれで厄介だよ。面倒臭いし…」
「そうかもしれない…。けど、私にとっては水城君が一番厄介で面倒臭いのよ。今まで通りなら良かったのになんで急にそんな事って腹立つ気持ちもあって…」
「…それで逃げちゃったんだね。混乱して…」
「うん…。けどあの時は正直イラッとして咄嗟に逃げてしまったって気持ちの方が強いかな…」
「ああ、なんか分かる様な…って、わたしが納得するのも変だけど…」
「ううん、変じゃないよ。灯ちゃんもそうだったじゃない?雛森君の事でいつも振り回されて…なんかその時は可愛いなって他人事みたいに思っていたけど。いざ自分がなってみるとね…」
「…水城君は蒼より数倍面倒臭い人じゃないよ、きっと…。」
「そう?私は雛森君の方が分かりやすいし楽だと思うけど?」
どこをどう見たらそうなるんだろう…美波ちゃん。
ちらっと蒼を見ると何か言いたそうだった。多分『数倍面倒臭い人』という言葉に納得がいかなかったのだろう。
ここは敢えてスルーしよう。そうしよう。
「…悪かったな、面倒臭い奴で。」
と、そう言ったのは蒼…ではない。声はちょうどわたし達の背後から聞こえて来た。
「水城君!?び、びっくりした…そしてなんでまたそんなびしょ濡れなの!?」
振り返ると、そこには水城君。しかも朝から全身ずぶ濡れで、何故か片手に子犬を抱いている…。
一体彼に何があったの!?子犬可愛いけど…!
「何だかんだでこいつ助けたらこうなった。」
「何がどうなってそうなったの!?」
腕の中でクンクン鳴く子犬の頭を撫でながら、水城君はいつになく真面目な表情を浮かべ、美波ちゃんを真っすぐ見つめている。
蒼…子犬に触りたくてウズウズしているし…。この動物好きさんが…わたしも触りたいけどさ。
「…溺れた子犬見つけちゃったのね…それで放っておけなくてそのまま川に飛び込んで救助したと…」
と、意外にもここで冷静に分析したのは美波ちゃんだった。水城君の腕に抱かれた子犬の頭を撫でながらため息を深く吐いて…
「そうだよ…こいつの飼い主見つからないし放っておけないからそのまま連れて来たんだよ。」
「…しょうがないわね。確かに放っておくのは可哀想だけど…学校に連れて来てどうするつもりなの?本当後先考えないんだから、水城君って…」
「だって子犬だぞ?」
「近所の交番に預けるとか考えなさいよ!」
「交番なんかに連れて行ってもし飼い主見つからなかったらどうするんだよ!保健所連れていかれるぞ!!」
「なら近所の人に一時預かってもらうとか…」
あ、あれ…?何だろうこの展開??いきなり喧嘩始めちゃってない?止めた方が良いのかな…??
「あれ?皆揃ってどうしたんだよ~!!」
「…あんた達何やってんの?遅刻するよ?」
ナイスタイミング!奈々ちゃん、日向君!!
子犬を巡り言い争いを続けていた美波ちゃんと水城君二人の前に救世主が…!!役に立たないわたし達とは大違いだ。
「わぁ~!!何この子超かわいい~!!」
「本当だ~!!か~わ~い~い~!!」
日向君…なんかテンションが女子になってるけど…
子犬を発見すると早速二人も食い付き撫でまくる…。蒼も咄嗟に手を出しかけたがタイミングを失ったのか何だか悲しそうにそれを引っ込めた。
撫でたいんだね…蒼…。動物好きだもんね。頑張れ。
「よ~しよしよし!!可愛いなぁ~!!あはは!やめろよぉ~!!くすぐったいだろぉ~!!」
「…あんた本当動物前にするとキモイわね…。え?何?バックに大草原が見えるんだけど…」
「あはは!!よしよし!お前、俺の家に来るかぁ~?」
「うちの団地ペット禁止でしょ!!」
「掛け合えば何とかしてくれんじゃね?5号棟の七瀬のじいちゃん家猫飼ってんじゃん?あれ管理人さんに掛け合って何とかしてもらってんじゃね?」
「あれこっそり飼ってるのよ…一応…。おじいちゃん怖いから誰も何も言えないだけで…」
「マジか!?じゃあ七瀬のじいちゃんに掛け合ってこいつ飼ってもらおうぜ!」
「なんでそうなんのよ!!大体あの猫気位高いから犬なんて虐めて追い出しちゃうわよ…可哀想に…」
「じゃあ…あ!蒼!!お前の家は!?」
その瞬間、蒼の瞳がキラキラ輝いたのをわたしは見逃さなかった…。
よ、良かったね…蒼…。でも家族と良く話し合わないと駄目だよ?
*****
「良いって…」
『よかったぁ~!!』
とりあえず子犬を近所の交番に預け(そこの交番のお巡りさんは人情味のある優しい人なのだ)、早速蒼が家族の了承を得て戻って来た。
蒼、本当嬉しそうだな…。そう言えば昔父が気まぐれで連れて来たシェパードのジョルジオを凄く可愛がってたな。飼い主以上に…。散歩とか進んで行ってたし。お隣さんの飼い犬なのに。
なんか子犬の事で美波ちゃんと水城君の事うやむやになっちゃったけど…
「じゃあ名前決めようぜ!なんかこうカッコいいのが良いよな!!」
「小夏でいいんじゃない?親近感湧いてくるでしょ?雛森君?」
「なんでだよ!?俺が蒼の飼い犬みたいだろそれ!!」
「はいはい、小夏お手してごらん?」
「わんっ!ってさせんなよ!!」
奈々ちゃんがいつもの如く日向君を犬扱いしてからかっていると、蒼は蒼で何やら一生懸命ノートの切れ端に書き込んでいた。
「蒼何書いて…」
「必要な物をな…何も無かったら可哀想だろ?」
「あ、ああ…うん…」
こいつ…本当にマメだな…。わたしよりも犬に夢中になったらちょっと複雑だ。確かにあの子犬可愛いけど。
「やっぱり雛森君は頼りになるわね。」
「なんだよそれ?俺への当てつけか?」
「別に…けど、水城君てどこか抜けてるのよ。」
「わ、悪かったな…」
ああ、この二人は相変わらずなんか険悪モードだし…
目も合わせないし…。何とかならないものかな…?
「…制服、ちゃんと乾かしてる?水城君の事だからそのまま鞄に入れてるでしょ?」
「え?ああ、駄目なの?」
「駄目に決まってるじゃない!濡れたまま鞄にしまったら匂うし、皺になるし…もう!ちょっと貸して!!」
「え~?良いって面倒くせー…」
「駄目!!」
美波ちゃんは有無を言わさず水城君の鞄から制服を取り出し、綺麗に洗って絞って教室の窓際に干していた。皺も伸ばしてきちんと。
なんかこの光景…蒼とわたしみたいだなぁ…。じゃあ美波ちゃんは女版の蒼か?嫌だなそれは。
「おお~!!スッゲー綺麗になった!!」
「…はぁ、水城君本当なら自分でやるべき事よ?」
「俺料理は得意だけど掃除とか洗濯とかは下の奴に任せっきりだからさぁ…中学生の妹がお前みたいにしっかり者だから助かるんだよなぁ!ははは!」
「はははじゃないわよ…。もう…」
「あ…やべっ…俺帰ったら絶対あいつに怒られるじゃん!制服汚して何して来たって…」
「自業自得でしょ…怒るのも無理ないわよ。」
「三島!一緒に俺の家来てくれ!!それで何があったか説明してくれたらきっとあいつも…」
「他力本願はやめなさい…素直に水城君の口から話せば妹さんも許してくれるよ。優しいお兄ちゃんだって事は知っているんだから…」
「…お前俺の事優しいって思ってくれてんの?」
「…あとはずぼらとか?」
「あ~、それな。よく言われる。けどそっか…お前も俺の事ちゃんと見ててくれてるんだな…」
ん?なんかいつの間にかいい感じに…
奈々ちゃんと日向君のやり取り、熱心にメモを書き上げる蒼を見つつわたしは、水城君と美波ちゃんの様子を盗み見た…
なんだか水城君…嬉しそう…
「…水城君もちゃんと私事見ていてくれたでしょ…だから知ってるよ。」
「そっか…。はは、なら良かった…」
「何が?」
「俺だけ気にしてただけだったらなんか格好悪いなって思ってさ…。でもちゃんとお前も俺の事気にしてくれてるんだってわかったから…」
「…別に…いつも気にしてる訳じゃないわよ?」
「そ?俺はいつも見てるけど?」
「だからなんでそんな事…そこが信用出来ないのよ。」
「だって気になるんだから仕方ないだろ?俺はそれを隠せる程器用じゃないし、かと言ってそのまんまストレートに気持ちぶつけたり、本能的に行動したりとか出来ないけど…」
「不器用なのね…」
「そ、不器用なんだよ。だからお前にも上手く気持ち伝えられないのかもな…」
「…もういいよ…それは聞かなかった事にしてあげるから。」
そう言った美波ちゃんもなんだか笑っていて嬉しそうだ…
彼女を見る水城君も…
「…聞かなかった事にされるのは困る。あの時言った言葉に嘘はないからな?俺。」
「…え?」
「だ、だから…その…お前を好きだって気持ちは本当だっていうか…信じて欲しい…」
「…わかった。それは信じてあげる。」
「マジ!?じゃあ…」
「けど…自分の気持ちに整理を付けないとちゃんとした返事は出来ない…。それでも…ちゃんと待っていてくれる?」
「…待つよ。」
「いつになるか分からないけど…それでも…?」
「仕方ないだろ、好きになったんだから…。だから待つよ、俺はさ…」
「そう…なら、お願いします…」
「お、おう…こちらこそ…」
何処か照れ臭そうに笑い合う二人をこっそり見ながら、わたしも何だか笑いが零れそうになった。勿論嬉しくて仕方ないからだ。
今いる場所は教室で人が沢山いるけど、美波ちゃんと水城君の間にだけ流れる空気は別にある気がした。
穏やかで優しい空気…静かな空気だ…
今朝水城君がびしょ濡れになった川の流れの様にゆったりとした…