第13話 友達さんの事情
文字数 8,139文字
そう思ってしまった…
この気持ちは本物なのか、それともただのつり橋効果的な一時的な物なのか…
それはまだはっきりとしないけど…
けど、握られた手の感触がいまだに残っている気がする。
一日経った今でさえもはっきりと…
「…これからどう接していけばいいんだろう…?」
朝、いつもの様に制服に着替えると鏡の前に立ち映る自分を眺めながら呟いた。
相変わらず冴えない小柄な外見…そんなわたしの隣にいつもいるのが蒼なわけで…あいつは冴えないわたしとは正反対の外見をしていて…
『俺はこれからもお前の隣にいて良いんだな?』
あの時の言葉…それにあの顔…
十三年間隣にいるけど、あの表情は反則だ。わたしを乙女妄想好きと知っていながら…
…ってまぁ…あれはわざとじゃなくて本能的に何だろうけど。何せ蒼のすることだし。
「…お、思い出したらなんかまたドキドキしてきたかも…」
きゃーっと叫んでベットに転がり身悶えたい衝動に駆られたが、そこはなんとか堪え髪を念入りに整え、ついでにリボンもきちんと結び直した。
そして…深呼吸を一つ…
よし、落ち着いて来た…大丈夫。いつものわたしだ。
トントンッ
「灯?起きて…るわけないか…」
いつもの様にいつもの台詞を呟きながらドアをノックするのは…毎度お馴染みのお隣さん。
き、来た…!!ど、どうしよう!?
声を聞いたらまた心臓がバクバクと煩い…
こ、心の準備がまだ出来てない!!
どうしようどうしようどうしよう!!
と、部屋の中をうろうろしながら頭を抱え動揺しまくる。
今日は蒼の声がやけに頭の中に響いてくるっていうか…いつもにも増して良い声過ぎる!!
ガチャッ…
「…何やってるんだ?」
「ちょ、ちょっと運動を…」
歩き回るわたしを見て、部屋に入って来た蒼は首を傾げきょとんとしている…
いや、してるのかな?無表情だからやっぱり分からない!!
「運動なら朝早起きして走れば良いだろ?付き合ってやるぞ?」
「い、いい!!わたし朝苦手だし…」
「そうだな…なら学校が終わった後にするか?夜なら涼しいし…」
「いい!!やらない!そ、それならヨガとかおしゃれOLがやってそうな事するよ!」
「お前体もかなり硬いんじゃ…」
「う、うるさいな…!人間やればなんでも出来るって従妹の蕾ちゃんが言ってたもん!!最後は気合いと根性だって…」
「…人には向き不向きがあってな…その…気合いとか根性とかはお前には…」
「気の毒そうに見ないでよ!余計悲しくなるの!!」
何このいつも通りの展開は…?
ちょっとは何かが変わるかもしれないって心のどこかで期待してたのに!…す、少しだけ…ほんの少しだけだけど!!
やっぱりわたし…蒼の事…好きじゃないのかも…
「…くだらない事言ってないでさっさと準備しろ。ほら、また変な寝癖作って…」
誰のせいだと思ってるんだ…
いつもの様に朝からさっそく寝癖を直されるという世話を焼かれたわたしはついでにリボンもきちんと結び直された。
こうしていつもわたしは完璧な身なりで登校する。世話好きなお隣さんの几帳面過ぎる性格のおかげで…
「…それって好きなんじゃん!!良かったぁ~!!これでやっと二人は…」
「いやいやいや!ちょっと待ってよ!わたしまだ蒼の事が好きとは言ってないよ?」
学校に着くと、奈々ちゃんにさっそく昨日の出来事と自分のはっきりとしない気持ちをぶちまけてみたけど…
やっぱりこうなったか…奈々ちゃんて初めから妙にわたしと蒼をくっつけたがる傾向にあったし…
「だって灯好きかもしれないって言ったじゃん!」
「かもって話だよ!!肯定はしてないもん!!」
「…でも雛森君は好きよねぇ…灯の事…」
「それこそなんで!?」
「だって俺以外の男が灯の傍にいるの嫌だって言ったんでしょ?それって独占したいってことじゃない。」
「そんなあからさまにはっきりと言ってないよ…それにあの蒼に独占欲とかって…考えられないし…」
あの何が起こっても動じない鉄のような心臓の持ち主だ…蒼はいつだって冷静にかつ迅速に物事に対応して解決していく。淡々と無表情に…
そんな吹く風の如く日々を過ごしているようなあいつに独占欲とか…あるとは到底思えない。
「大体蒼の興味ある物って何か知ってる?近所の猫事情と苔の成長くらいだよ?」
「どこのおじいちゃんの話よ?」
「蒼だって。昨日も熱心に苔の世話して、夕方のランニングがてら猫と戯れて充実感に溢れた顔して帰って来たんだから…」
「雛森君はムツ●ロウさんなの?」
「…動物全般は確かに好きだけど…でも!日向君並みに動物馬鹿じゃないし…!!」
「ああ…あいつはほら…ター●ンみたいなもんだから。チャライけど中身は野生児じみているっていうか…」
「人間にすら育てられてないじゃん!?…奈々ちゃんの中の日向君像ってどうなってるの?ちゃんと人扱いしてる?」
「…よく喋る人型ロボくらいには見てるから安心して。」
「せめて生きてるものにしてあげて!!」
奈々ちゃんって本当日向君の事どう思ってるんだろう…?一応誘われれば付き合ってあげているみたいだけど…
「ってあたしのことは良いのよ。今は灯の事!!」
「…いや、奈々ちゃんもちょっとは日向君の事考えてあげた方が…人間扱いしてあげて…」
「わかったわよ…前向きに検討してみます。これでいいわね?」
「どっかの商談じゃないんだから…そこは分かっただけでいいじゃん…」
そう言えば…奈々ちゃん好きな人とかいないのかな?そういう話聞いたことがないけど…
そして当の本人も全く自分自身のそういう事には興味がないって感じだし。
可愛いのに勿体ないなぁ…。日向君みたいに可愛い女の子見ればふらっとそっちに行っちゃうような貪欲さは求めてないけど…もう少し青春を楽しめば良いのに。
「…で?どうするの?」
「どうするって何が?」
「雛森君!」
「どうするって…あ。そう言えば蒼の誕生日そろそろだったなぁ…はぁ、何にしようかなぁ…あいつのプレゼント選びが一年で最も難しいんだよねぇ…」
「それよ!!てかあんた毎年誕生日プレゼントあげてるの!?やっぱ好きなんじゃん!!」
「ち、違うよ!わたしも毎年貰ってるし、蒼とわたしの家族仲良しだからそういうイベントは毎年合同で祝ったりするの!!プレゼントだってその流れだよ…」
クリスマス、お正月…誕生日…ひな祭りにこどもの日…何故かそれらのイベントは花森家・雛森家合同で行われ賑やかに祝われるのが幼いころからの決まり事になっていた。
そこで悩むのがプレゼント…クリスマスは良い。料理やケーキで誤魔化せる。問題は誕生日だ。幼い頃はそこら辺の綺麗な花とか折り紙とかで良かったけど…成長するにつれ価値観の変化が現れるのは当然なことで。
わたしも恐らく蒼もお互いその日が近づくと頭を悩ませていた。年頃の幼馴染に何をあげるのが相応しいのかを…
「雛森君からは何貰ったの?」
「え?去年は確か…」
忘れかけていた記憶を呼び起こしてみた…
わたしは三月が誕生日。しかもひな祭りだ。と言うことは…つい最近って気もするけど…去年ですらない。今年だ。
『…灯、今一番欲しい物は何だ?』
と、悩みに悩んだ結果なのか…蒼は単刀直入に聞いて来た。誕生日の三日前くらいに。
『…イケメンの王子様?』
『もっと現実的な物を頼む…』
『…この『プリンスコレクション』に出てくる…』
『…お前、ゲームのやり過ぎだ。受験の難問が過ぎ去ったからと言って気抜き過ぎだろ。目の下に隈まで作って…』
そう…わたしは受験の間控えていた乙女ゲームをやり込んで、妄想世界にどっぷり浸かっていた。合格した後の数日間の記憶が画面上の美麗なる王子様達の姿しかないのはそのせいだ。
『…じゃあもう蒼で良いよ… この人気ナンバーワン王子ミヒャエル様のコスプレしてなりきって!』
『死んでも嫌だ…そんな宝●みたいなキラキラ衣装着れるか。』
と、案の定冷静に拒否されたので…
『確かに西洋風は蒼にはしっくりこないか…じゃあこの『恋花~幕末の恋人たち~』の…』
『死んでも嫌です…』
『どうして!?和風だよ?何のための黒髪美形なの!?』
『生まれつきだ…美形はともかく…』
『…じゃあいいよ…おじさんに着てもらうもん…おじさんジェントルマンだからわたしの言う事なら大抵聞いてくれるし…』
『人の父親に何をさせるつもりだ…』
『じゃあ蒼が着てよ!ほら!!』
『既に持っているのか…それ着て一人で楽しむのか?』
『こんなこともあろうかと買っておいたの…』
『俺に着せる気満々か…わかった、そこまで言うなら…浴衣でも着てやるからそれで手を打て…』
『っち…心の小さい男ね…』
『…本気で絞めるぞ…我儘言うな。あとお前暫くゲーム禁止だ。陽の光を浴びて現実世界に戻ってこい。』
『ああ!?わたしのオアシスが!!』
蒼は無情にもわたしの大切なオアシス達(乙女ゲームコレクション達)を片っ端から回収し段ボールに丁重に箱詰めし、わたしの知らない場所へ封印してしまった。
そういやまだ返してもらってないな…
くそ…思い出したらなんか腹立ってきたかも…!!
そして現実…今に戻ると…
「ちょっとわたし蒼に抗議してくる!!」
「やめなって…あれは永遠に封印していいのよ…」
「奈々ちゃんまで何言ってんの!?」
「灯今時珍しいメルヘンガールだからいいんだって。画面の中のイケメンよりリアルなイケメン見てた方がいいでしょ?」
「コスプレ拒否した心の狭い奴だよ?」
「そりゃ年頃の男の子だし…」
「でも日向君は結構ノリノリで着てくれたよ?ほら、写メ!」
「あんた日向にまで何してんのよ…そして意外と似合うなこいつ!?てか似合い過ぎて逆に怖いわ…」
「写メ送る?」
「べ、別にいらないわよ!欲しくて褒めたんじゃないんだから!!」
「奈々ちゃんって日向君の事になるとたまにツンデレになるよね…可愛い~!」
「ならんわ!!褒めたって嬉しくないんだからね!!」
「またまたぁ~!!写メ、送ってあげるね?これ何か凄い傑作なんだぁ~!!」
「い、いらない!送るな!!」
奈々ちゃん…実は何だかんだ言って日向君の事が好きだったりして…素直じゃないんだから。
自信作の写メを数枚奈々ちゃんに送ってあげると、彼女はぶつぶつ文句を言いつつも削除せず保存していた。そんなところが本当可愛い。
あとで日向君に教えてあげようかな…あの写メ奈々ちゃんに送ったよって。きっと大喜びだな。
「で?話戻すと…結局誕生日プレゼントは浴衣姿の雛森君だったってこと?」
「え?まぁ…確かに浴衣着てくれたし、写メも撮らせてくれたけど…」
「な、何よ?まさかそれ以外にも何かしてもらったの!?」
「…う~ん…なんていうか、それだけじゃ物足りなくてさ…」
「物足りないって…灯積極的じゃん!!」
「え?奈々ちゃん何またエロ親父妄想してんの…?わたしはただ貰っただけだよ。」
「も、貰った!?きゃ~!!何を何を!?」
妄想マックスの奈々ちゃんは興奮して身を乗り出し一人はしゃいでいた…
まぁ…そんな姿も奈々ちゃんらしくて可愛いんだけど…
「
奈々ちゃんの興奮ぷりを見てさすがに嫌な気を感じたのか…いつの間にか蒼が傍にやって来てぼそりとそう呟いたのだった。
「は?雛霰?何それ?」
「雛祭りに食べる…」
「知ってるわよそんな事!!なんでそんな物あげてんのよ!?雛森君馬鹿なの!?そんな顔して馬鹿なの!?」
「…灯、何故俺は怒られてるんだ?葉月の気持ちが分からない…」
長身の蒼の胸倉を掴み、奈々ちゃんは可愛らしい顔を鼻先すれすれまで近づけ睨み付けていた…
蒼…そんなわたしに助けを求められても…気の毒だけど何も出来ないよ?
助けを求めるようにわたしを見る蒼から目を反らし、スマホをいじり始める…
「…やっぱ新選組のコスプレかなぁ…今度は…」
「お前…性懲りもなくまた…」
「でもこの書生スタイルも…」
「灯…」
「じゃあわたしも一緒にハイカラさんスタイルしてあげるから!」
「…お前が?女学生の…?」
「…今こけしにしか見えないって思ったでしょ!?」
じっとわたしを見下ろし(立ってるので)暫し無言で何か考え始める蒼の姿から、さすがのわたしも何を考えているのかすぐに分かった。
「…まぁ、それなら考えても良いかも…」
「え!?良いの!?」
「…俺一人じゃないなら…」
「奈々ちゃん!蒼が書生さんのコスプレしてくれるって!!」
「同意はしてない…」
「やったぁ~!これで『蒼君コスプレコレクション』が…」
「お前そんな物作っていたのか!?処分しろ、速攻今すぐに…」
わたしの鞄の中を慌てて漁り始める蒼を見ながら、そんなところにある訳ないじゃんと思った…その瞬間だった。
「あ~!!花森さんみっけ~!!」
ガバッ!!
いきなり後ろから抱き付かれ、その直後奈々ちゃんの表情が険しくなったのを感じたのだった。
「駒井さん!?」
「杏奈でいいよ~?ね、杏奈も花森さんの事『あかりん』って呼んでもいい?今日は水城君のリベンジでぇ、杏奈がお友達になりに来たの!」
満面の笑み。それはテレビで見るアイドルの様に愛らしく、見る男全てを魅了するだろう…
ふんわりツインテールにつぶらな瞳…学年のマドンナ駒井さんがわたしに抱き付いている!?
何この生き物…可愛いし、いい匂いするしで…
「…へ?お友達…??」
「ついでに葉月さんとも仲良くなりたいなぁ~…でも杏奈ぁ、葉月さんに嫌われてるっぽいんだよねぇ…」
しゅんとして上目遣いに奈々ちゃんを見つめる姿がまた可愛らしい…。こんな風にお願い事とかされたら世の男子はイチコロなんだろうな。
「あれ!?杏ちゃんじゃん!!あかりんに抱き付いて何してんの?」
「あ~!日向く~ん!!良いところに来たぁ~!!」
と、そんな彼女の虜の一人であろう日向君は、駒井さんの姿を発見すると嬉しそうにこちらへ駆け寄って来た…
もう、確かに駒井さんは凄く可愛いけど…奈々ちゃんだって負けていないと思うんだけどな…
いつも『ななちん!ななちん!!』って飼い主に懐きまくる子犬の如く煩いくせに…
「杏奈ねぇ…葉月さんともお友達になりたいんだぁ…だから日向君協力してくれないかなぁ?」
「え?何?ななちん杏ちゃんの事嫌いなの?」
「みたいなんだよねぇ…杏奈はさぁ、葉月さん凄く可愛いしぃ、きっとお友達になったら楽しいって思うんだけどぉ~…」
「じゃあなっちゃえよ!杏ちゃんと…ななちんの手をこうしてっと…よし!」
奈々ちゃんと駒井さんの手をしっかり握らせると、日向君は満足そうに笑顔を浮かべるとどや顔して親指なんか立てて見せた…
奈々ちゃんの気も知らないで…そこは何か察して欲しいんだけどな…日向君…
バシッ
「いったぁ~い!!」
「ななちん何してんだよ!?」
ああ…やっぱり…
奈々ちゃんは駒井さんの手を叩き払い…手を摩る駒井さんを思い切り睨み付けた…
前から聞いて知ってはいたけど…奈々ちゃんのこの駒井さんへの嫌悪感は普通じゃない。普段は何の気兼ねなく誰とでも打ち解けられる頼もしい女の子なのに…
手を叩き払うほど嫌いなんて…
駒井さんを気遣う日向君をキッと睨み付けると、奈々ちゃんはそこで足を振り上げ…
って奈々ちゃん!?何をしてるの!?
ドカッ!!
小柄の奈々ちゃんが蒼並の長身の日向君の脳天に見事なかかと落としを決めた…
その瞬間…クラスからは何故か悲鳴ではなく感嘆の声が…
「ひっどぉ~い!!葉月さん日向君に何するの!?」
「黙れ…あたしが何しようがあんたに関係ないんだよ。」
「そんな言い方しなくても…杏奈はただお友達になりたかっただけだよ?いけない事なの?」
「あたしはそんな気ない…あんたとは一生仲良くするつもりないから…」
「ひ、酷い…まだ杏奈の事許してくれないの…?」
目に涙を溜めて今にも泣きだしそうな駒井さんを前にしても、奈々ちゃんは冷たい表情を浮かべたままじっと見据えていた。
「だってあれは仕方無い事じゃない…選んだのは高杉君なんだから…」
バシッ!!
「…ってぇ~…」
振り下した奈々ちゃんの手…強烈な平手打ちを食らったのはまたしても日向君だった。
どうやら駒井さんをかばったみたいだ…
「…いい加減にしろよ!いくら杏ちゃんの事嫌いだからってあんな言い方して殴ることねーだろ!!」
「…あんたにも関係ない!」
「関係ねーことないだろ!!ちゃんと謝れよ!俺は良いから…」
「…絶対に謝らない…あんたは何も分かってない!!駒井の事も、あたしの事も!!」
「はぁ!?お、おい!逃げんなよ!!」
日向君を思い切り睨み付けた後、走り去る奈々ちゃん…それをすぐさま追いかけようとする日向君…
わたしはそれを思わず止めていた…日向君の長い脚を掴んで…
「うぉっ!!」
「ご、ごめん…」
「あかりん何すんだよぉ~…ななちん足速いから追いつけなくなるだろ~?」
額を(思い切り転んでぶつけた)摩りながら、恨みがましくわたしを見ると日向君は再び走り出そうとした…が…
「…夏、ちょっと待て…」
「蒼まで何すんだよ!?二人して俺の邪魔して…!」
「すまん…けど、灯が何か言いたそうだから…」
「…え?何?」
今度は蒼に肩を掴まれその勢いで後ろに転倒し…頭を摩りながら立ち上がる日向君。
災難だな…この人今日は…
でも蒼が止めてくれて助かった…だって今日向君が奈々ちゃんを追って行っても意味がない気がしたから…
「わたしが奈々ちゃん探して話してくる…だから日向君はここで待っててくれないかな?」
「なんで?俺の方が足速いけど…」
「そういう問題じゃなくて!…ああ、もう!!日向君も結構鈍感だよね…無神経っていうか…」
「あかりんに言われたくねーけど…」
「うっ!?た、確かにわたしもそうかもしれないけど!!今はそっとしておいてあげて!こ、こっからは女の子同士の時間です…」
「…うっ…そ、それじゃあ俺夏子になるから!!」
「そこまでして交じりたいの!?ってそうじゃなくて…とにかく日向君は待機!蒼は日向君が暴走しないように見張ってて!!」
蒼は無言で頷くと、暴れ出しそうな日向君に関節技を掛け涼しい顔をしていた。
あ、蒼…いつの間にそんな技が!?恐るべし…!!
「は、花森さん…杏奈も一緒に行って良いかな?」
「駒井さん…」
教室を出ようとすると、駒井さんがわたしの制服を掴んで俯いていた…
「杏奈ね…昔葉月さんに誤解されたまま別れちゃったから仲直りしたいんだ…」
「…わかった。」
「…葉月さん、許してくれるかなぁ…」
「ちゃんと話せば奈々ちゃんだってわかってくれるよ。大丈夫。」
「うん…ありがとう…」
教室を去ろうとして、再び振り返ると蒼がこちらを見ていた…
日向君に関節技を掛けながら無表情に…
でも…その目が『行ってこい』って勇気づけてくれているような気がして、なんだか心強く感じた。