第18話 お隣さんとお母様と…
文字数 6,527文字
放課後、わたしと奈々ちゃんそれに三島さんの女子三名である話題で盛り上がっていると、突然日向君が蒼を引き連れやって来た。
あの一件からあっという間に時は過ぎ…気づけば季節は夏。七月に突入していた。
「夏はやっぱり海だよな!!」
グギギギギ…
「い、いてっ!!痛いっす姉さん!!そんな力一杯握らなくても大丈夫っす!!」
「…そう?あんた鈍そうだから…でも海は良い提案だと思うわ。褒めてやるよ。」
「マジっすか!?ありがとうございます!!」
と、相変わらずな奈々ちゃんと日向君コンビ…平和で何よりだと思う。本当に。
「美波ちゃんも行くよな!?」
「え?いいの?」
「当たり前だろ!遠慮すんなって!!」
底抜けに明るい笑顔を戸惑う三島さんに向け、日向君は彼女の華奢な肩を叩いた。
三島さんはあの件以来わたし達と仲良しになった。クラスでも駒井さんによってハブられていたみたいだし…でも、あの日以来虐めは徐々になくなったんだとか。
『駒井さんと仲良くしていた子達があの後謝ってくれて…それから無視とかもなくなったんだ。ちょっとまだ馴染めないところもあるけど…』
なんてちょっと複雑そうな表情を浮かべ三島さんは事の成り行きを語ってくれた。
あの一件後…奈々ちゃんに恐れてか駒井さんに愛想尽かしたかは分からないが一緒にいた女の子達が話しかけてくれるようになり…あの不良達も不器用ながら助けてくれるようになったんだとか…
まぁ、三島さん元々性格も良いし可愛いしね…話し掛けたくて仲良くしたかった子沢山いたんだよね。きっと。それが徐々に元に戻っただけで…
『でも…駒井さん、あれから一人でいる事が多くなって…男の子達とは普通に話していつも通りなんだけど、女の子からは…』
なんて駒井さんの心配まで本気でしている様子で本当良い人だと思う。あんなに酷い目に合わされたっていうのに。
奈々ちゃん曰く『自業自得よ。美波が悪く思う事なんか全くない!』って事だけど。
「…けど杏ちゃんさ部活までやめる事ねーのに…」
「雛森君にあんな裏側知られたらいられないでしょ…あいつプライド高いし。」
「そうなんだけどさぁ…やっぱ花がないと俺…」
「美波がいるじゃん。」
「美波ちゃんは女子部員だし!!俺さすがに大勢の女子部員に交じる勇気ない!!」
「…案外同じようなテンション保って馴染めると思うけどね。ま、あんたの事なんかあたしはどうでもいいし。」
「姉さんそりゃないぜ!!見捨てないでおくれよ~!!」
「だぁ~!!うざい!!ただでさえ暑いのにひっつくんじゃないわよ!!」
懲りずに奈々ちゃんに縋りつき、げんこつをお見舞いされる日向君を見ながら、わたしは思う…ああ、平和だなぁ…と。
そして隣に座る蒼に今更気づき意識するのだ…いつもならどうと言うことない光景なのに…
わたしはあの時知ってしまった。自分の本当の気持ち…蒼が好きだと言う事を…。
だからだろうか…今もこんなにドキドキしているのは…
「…あの二人…本当元気だな…」
「…う、うん…そうだね…」
「…どうした?元気無いな…夏バテか?」
「そ、そんな事ないって!!」
また俯いて顔なんか赤くしたら蒼に熱とか測られそうなので、わたしは慌てて笑って見せた。
な、何だろう…いつもより声が耳に良く響くのは…
思わず距離を取り壁に背中をぴったりくっつけ…誤魔化すように机に広げられたお菓子を適当に摘まんで口に運ぶ…
み、見られてる…きっと体調悪いんじゃないかとか余計な心配しているんだ!!
うう…なんでこんなに緊張して意識してるんだろう…?今始まった事じゃないのに!!
「何?お前ら海行くの?」
「お!水城じゃん!!ちょうど良かった、お前も行く?」
と、ひょっこり姿を現したのは…久しぶりに見る水城君。相変わらず爽やかなスポーツ少年系なイケメンだ。
わたしは水城君に二度告白され…二度振った。こんなイケメンに告白されたのに勿体ないと後でちょっとだけ後悔したけど。
そのせいで一時期蒼と水城君が険悪になったけどそれも時間が解決してくれたようだ。水城君の細かい事は気にしない大らかな性格のおかげでもあるだろけど。
「マジ?じゃあ俺も行くわ!えっと日向に雛森に…花森も行くだろ?あとは葉月に…あれ?三島!?お前こんなところで何してんの!?」
「見ての通り女子会してたに決まってんだろ!」
「え?お前らいつの間にそんな仲良くなったんだよ!?俺も混ぜろよな!寂しいだろ!!」
と、日向君みたいなノリで無理矢理わたしと三島さん…改め美波ちゃんの間に割って入ろうとした…
が…それを制する無言の圧力が彼に掛かった。
涼しい顔して力強く水城君の腕を握り阻止する蒼の…
グギギギギ…
「いててっ!ひ、雛森お前なぁ!!もう花森の事は諦めたって言ってんだろ!!」
「…何となく危機察知癖がついてな…悪い…」
「危険人物扱いすんなよ!!本当お前って過保護だな…花森もいい加減嫌なら嫌って言ってやれよ…将来お前のデートとかにもついて行きそうだし…」
あ、なんかそれありえそうで怖いな…
ちらっと蒼を見ると呆れたように深いため息をついていた。相変わらずの無表情で…
「でも安心した。お前元気そうじゃん?」
「う、うん…水城君には色々と助けてもらったから感謝してる。」
「え?俺は別に何もしてねーって。ただ放っておけないからそうしただけ…駒井のやり方はちょっと行き過ぎてるとこあったし…ま、結果良かったんじゃね?」
「でも…駒井さん…」
「ああ、あいつは大丈夫だって。図太いし…でも気が向いたら話しかけてやれよ?お前が許せたらだけど…」
「うん…私に出来るかな…」
「大丈夫大丈夫!お前結構強いし!葉月には負けるけどさ!!あはは!!」
そう言えば…水城君と美波ちゃんて確か同じクラスだっけ。そっか、水城君ちゃんと助けてくれてたんだ。彼の性格上放っておけなさそうだもんね。
俯く美波ちゃんを励ますように、水城君は笑って背中をポンポン叩いている…彼も中々良い奴みたいだ。
「何よ?あんた最近まで灯にちょっかい出してたくせに…今度は美波ってわけ?」
「はぁ!?ちげーよ!!なんでそうなるんだよ…確かに三島も可愛い顔してるけど。俺そんな軽い男じゃないし!日向と一緒にすんなよな?」
「…そうね、あんたはこいつよりマシよね…」
「そうそう!こいつマジで可愛い子見ると飛んで行くから…この前他校と合同練習でさ、そっちの学校行ったらさっそく相手校の女子マネージャーと仲良くなってんの!ま、相手は雛森目当てで近づいたらしいけど…」
「あ~…よくあるよねぇ~…ふっ…」
「馬鹿…鼻で笑うなよ…俺可哀想すぎて涙出そうになったんだぜ?」
「あたしも可哀想過ぎて…ふ…ふふ…涙が…」
「いやそれ絶対笑ってるだろ…」
と、一同哀れみに満ちた視線を日向君へと向けたところで…下校…
奈々ちゃん…本当に日向君の事どう思ってるんだろう…
なんか日向君が可哀想になってきた…
「はぁ…お腹空いたなぁ…」
「お前菓子食べたばっかりだろ…」
奈々ちゃん達と別れた後、いつも通り蒼と二人きり歩き慣れた道を並んで歩き他愛のない会話をぽつりぽつりと交わす…
ああ、やっぱり暑いな…夕方なのに。夏ってこれだから嫌だ…
「…そう言えば、お前さっき何に夢中になっていたんだ?葉月達と…」
「え?ああ!ちょっと聞いてくれる!!蒼さん!!」
「なんだその近所のおばちゃんみたいなノリは…」
鞄の中をガサガサ漁り…雑誌を取り出し…付箋できっちり印をつけてあるページを開いて見せた。
「
「蒼知ってるの!?」
「母さんが担当している作家先生だ…妙な恰好をしてるから目立つしたまに家に連行さ…いや、来るから…」
雑誌は普通の女性誌…そこに映る爽やか素敵スマイルを浮かべる好青年は、書生のような妙な大正ロマンな恰好をしていたがイケメン(ここ大事)だった。
東雲青嵐先生…幻想和風怪奇小説を得意とする今まで謎に包まれていた作家で、彼の書く文章は恐ろしくも美しくまるで絵巻物を見ているかのようだと評判の実力個性派作家だ。
最近、文芸では凄い山川賞とかいう賞を受賞。授賞式という公の場でその謎に包まれた存在が露わになったわけで…それがまさかの若い好青年で尚且つイケメン!そしてこの不思議な恰好と来ればメディアが飛びつかないはずがない。
特に世の女性は…もう彼の虜である。あの恰好の影響から書生カフェが増えたとか、大正ロマンブームが再来したとかいう噂まである。
「…あの人の作品は良い…」
「え?そうなの?わたし読んだことないや…貸して!」
「…お前は本当にミーハーだな…いいけど…」
「やった!あ~!!どんな話を書くんだろう!!」
あんな素敵な人が書く小説だ…きっと内容も素敵に違いない…
「…東雲先生の話題で盛り上がってた訳か…授賞式の中継の時、お前テレビに張り付いて離れなかったしな…」
「当たり前だよ!あんなイケメン!!声も素敵だったなぁ…」
「…けどあの人少し変だぞ?」
「変人なんてもう怖くないよ。だって蒼も変わってるじゃない。」
「お前もな…」
「それは否定しないけど…さ!こうしちゃいられない!!蒼!!さっさと帰って東雲先生の作品見せて!!」
蒼が好きな事を一瞬忘れ、わたしは蒼の背中をぐいぐい押して急かさせた。ついでに転びそうになって蒼に呆れられたけど。
それから家に着くまでくどくどと説教されたのは言うまでもない…
ああ、わたしって本当進歩ない!!
自己嫌悪に陥りながらも帰宅。わたしは自宅に向かわず蒼の家へ直行した。本を借りるために。
ずっと隣にあるのに何だか久しぶりな気がする…雛森家…
ほとんど花森家に蒼が来て我が家の如くのんびりしているからこっちに来る事って殆どないんだよね。何か用があったら蒼から来てくれるし。
「…あ!これまだあったんだ!!懐かし~!!」
「ああ、母さんが気に入ってるから…そう言えばお前もそれ好きだったよな。」
「うん!」
それとは、幼い頃からこの家のリビングに飾ってある猫の置物だ。木彫りの可愛らしい三毛猫の親子…その表情がなんとも可愛らしくわたしは雛森家を訪れるたびにそれを見て喜んでいた。
どっかのお土産だって話していたけど…やっぱりいつ見ても可愛い。
「あ!金魚とかまだいたんだ!!ってあれ?何かキラキラして綺麗なんだけど…」
「メダカだ…銀河とかそんな種類の…最近父さんがはまってて良く買ってくるんだ。俺が面倒見るから増えて困るんだけどな…」
「メダカなんだ!でも…おじさん相変わらずだねぇ…一度はまると止まらない癖…この前は…」
「…天然石。これも困った…」
「そうそう!玄関に大きな水晶が置いてあったの見た時さすがに驚いたもん!!」
「速攻返品させたけどな…母さんと俺が説得して…」
「ああ!言ってた言ってた!!あはは、相変わらず雛森家面白いなぁ!!」
蒼の父、
本当、普段はオシャレな服を着た素敵なデザイナーのおじ様なんだけど。碧琉さんはファッションデザイナーで、いつもおしゃれ。世界中を飛び回るほど多忙な日々を送っている。
蒼の服って碧琉さんのデザインなんだよね…ついでにわたしの服も。『買うなら僕が作るから!!』と言うのが口癖で、本当にちゃちゃっとセンスの良いかつ本人に似合う服を作ってしまうから凄い。
「ただいまぁ…」
と、そんな話をしていると疲れ果てた声が聞こえて来た…。それは酷く懐かしいような聞き慣れた声で…
「あら!灯ちゃん!!」
「お邪魔してます。」
わたしの姿を見ると疲れ切った顔が一変し、ぱっと華やいだ表情になる。
長身黒髪ショートカットの美女…今日もブランド物のシンプルなスーツを完璧に着こなしているのが恰好良い。
彼女が蒼の母の紫さん。とても高校生の息子と社会人の娘がいるとは思えない美貌とスタイルを持つ美魔女的存在でもある。
「いらっしゃい!嫌だわ、こんなやつれたところ…」
「…仕事終わったのか?」
「まさか!ちょっと帰宅させてもらったのよ…これから取材があってね。東雲先生の。なんとか説得してようやくオッケーもらったのよ…」
「…あの人説得したのか?凄いな…」
「泣きついたからね…あの人何だかんだ言って女に優しいのよね…」
「泣き落としか…」
東雲先生ってあのイケメン作家先生だよね?意外と気難しそうな人なんだ…取材一つであの紫さんが泣き落としてまで説得するなんて。
テレビで見たあの爽やか好青年スマイルを思い出し、わたしは意外だなとぼんやり思った…けど、女性には優しいなんて…やっぱり素敵だ。
ピンポーン♪
「俺が出るから…母さんちょっと休めよ。疲れてるんだろ。」
「うん、凄く…」
「ゆ、紫さん!わたしお茶でも淹れますね!!」
全身からお疲れオーラを発している紫さんを見て、わたしも何かしないとという衝動に駆られ久しぶりに雛森家のキッチンへと足を踏み入れた。
普段蒼が家事をしているせいかきっちりと整頓されている…調味料や食器がまるで店頭に並んでいるかのようだ。
「紫さん、俺の気が変わらなうちにと思って迎えに来ちゃいました!」
こ、この人は!?
目の前に現れたのは…大正ロマンを思わせる書生もどきの恰好をしたイケメン好青年…東雲青嵐先生本人!?本物!?
「…紫乃!あんた…いや、私の目の届くところにいてくれた方が安心出来るわ…」
「ですよね?はい、これ差し入れです。うさぎ饅頭。紫さんも蒼君も好物でしょう?」
と、爽やか素敵スマイルを浮かべ紙袋を差し出す姿も絵になりそうだ…。横に蒼がいるから尚更…
「それにしても…蒼君大きくなったねぇ!」
「成長期ですから…というか先日お会いしましたよね?」
「うん、でもまた大きくなって…背伸びた?彼女は?イケメンだからモテるだろ?」
「…興味ありません。俺はあいつで手一杯なので…」
「ん?」
と、ここでようやくわたしの存在に気づいてしまった東雲先生は…一瞬きょとんとしたがすぐにあのテレビで見た爽やか素敵スマイルを浮かべた。わたしに向けて…
う、嘘…夢みたい…!!あの東雲先生が…
「こんにちわ、また会ったね。あの時は原稿を渡してくれてありがとう。」
「え?あの…」
「あれ?覚えてないかな?七夕の時に家の前で一度会ったんだけど…灯ちゃんだよね?君?」
七夕…確かにわたしはこんな人に出会った気がする…でもそれって現実じゃなくて夢の話じゃ…
「…本屋の店長さん?」
「そうそう!良かった、ちゃんと覚えててくれて嬉しいな!」
そしてまた爽やかスマイル…ああ、素敵過ぎる…何なのこの人…
「東雲先生…あまり灯に近づかないでくれますか…これ以上変になったらどうしてくれるんですか…」
「え?酷いなぁ…俺を変人感染装置みたいに。蒼君は相変わらずクールだね…」
「あなたが爽やか過ぎるんですよ…」
「え?それ褒めてくれてるの?嬉しいなぁ!!あははは!」
「……」
この夢みたいな空間に立ちながらわたしはまた変な夢や妄想でもしているんじゃないかと疑った…
そうだ…念のため後でサインと写メ撮ってもらおう…