第12話 お隣さんとわたしの想い
文字数 2,534文字
蒼は確かにそう水城君に言った。
それがどんなつもりで、どういう意味で言ったのか分からない。
いや、それ以前に蒼の考えが益々分からなくなって来た。
けど、こうしている間にも鼓動は激しくなるばかりで治まる気配もなく・・・
しっかりと握られた手から体温が伝わって来てなんだかそれが妙にリアルにそして熱い。
そんなわたしの気持ちなど知らず、蒼はわたしの手を離さないままただ真っすぐ歩き続けている。
雨が降り続ける中を・・・ただ真っすぐ・・・
「・・・って蒼!学校通り過ぎてるよ!?」
「・・・・・・」
「ほ、ほら!遅刻しちゃうよ?」
「・・・」
蒼は振り返らず真っすぐ前を見て歩みを止めない・・・
無言のままただひたすら歩き続け・・・
いつもなら立ち止まって無理矢理止めさせるんだけど。なんだかそんな気にはなれず。
なんでわたしこんなにドキドキしてるんだろう・・・?
「・・・蒼?」
「・・・悪い。少しだけで良い、俺に付き合ってくれないか?」
「い、いいけど・・・」
ピタリと足を止めようやく口を開いた蒼はそんな事を淡々と振り返らずに言った。
手を握ったまま再び歩き出す。前よりも少しだけゆっくりとした歩調で。
何・・・?こんな蒼も見た事が無い。馬鹿が付くほど真面目なこいつが学校を通り過ぎて行くなんて。
もしかして、蒼も混乱してるのかな?自分で言った言葉に動揺して。あれはただの勢いとか?
ドキドキ・・・
ああ、もう!!さっきからわたしの心臓うるさすぎるし!!ただでさえわたしも混乱しているって言うのに。その原因を作った張本人までって!!
「さっきの事なんだけど・・・」
「・・・よく分からない。ただの勢いでああ言ったのかも・・・それでお前を混乱させているなら謝る・・・」
「別にいいよ。そんな事だろうと思ってたし。」
やっぱりそうか・・・
あ、あれ?何だろう?なんかそう分かった瞬間、胸が少しだけズキっと痛んだ気が・・・
な、なんで!?わたし蒼なんか好きじゃないのに!!
どうして蒼の最近の言動一つ一つにこんなにも心がざわついて、ドキドキしたり傷ついたりしなくちゃならないの?
これじゃあまるで、わたしが蒼の事・・・
「いや、ただの勢いで言ったんじゃない・・・」
「え?」
再び足を止め、今度はわたしを振り返りそう呟く蒼は真っすぐにわたしを見つめていた。
淡々とした声、無表情。それは変わらないけど・・・
ずっと握られていた手。ふっと力が緩められたかと思うと、蒼は何か思い直すように再び私の手を強く握り直して来た。
な、何・・・?
目を反らしたいのに反らせない。どうして・・・
「俺はお前の傍にずっといた。だから灯の世話を焼くのも当たり前の事だし、嫌になってお前から離れようと思った事は一度もなかった。おじさんが出て行った時お前を守らなければという想いも一層強まったわけだ。」
「うん・・・?」
「だから・・・水城にお前を貰っても良いかと聞かれた時無性に腹が立って・・・」
「うん・・・」
「一瞬想像してみたんだ・・・その・・・俺の代わりにあいつがお前の隣にいて色々と面倒を見ている姿を・・・」
「う、うん・・・」
「そしたら余計に腹が立って来た。お前の隣にあいつがいる事もそれが俺の代わりで、凄く嫌な気持ちになった。渡して堪るかと・・・」
「な、なんで?」
「多分・・・気が済まないから・・・。お前の隣にいるのは俺じゃないと、嫌だから・・・」
「そ、それって・・・!水城君以外の人でも嫌だって事?奈々ちゃんは?」
「多分水城が男だから嫌なんだ。とにかく嫌なんだよ。俺以外の奴がお前の隣にいて、世話を焼いているのが…お前の隣にいて、世話を焼くのも口うるさく注意するのも俺じゃないと嫌だ。」
そ、それって。わたしの隣にいるのは蒼じゃないと嫌だって意味だよね?
いつもと変わらない無表情。けどその時だけ強い意志みたいなものがチラリと垣間見えた気がして、また心臓がうるさく鳴りだした。
蒼は嘘は言わない。思った事は口にそのまま出す正直者だ。
だからこの言葉も嘘偽りのない真実の言葉で・・・
「わたしも多分嫌だと思う・・・。口うるさく何か言われたり、世話を焼かれたりするのも、蒼じゃないと嫌なんだと思う。」
「・・・本当か?」
「わ、わたしも嘘嫌いなの知ってるでしょ!」
「知ってる。灯は分かりやすい。」
「な、ならわざわざ確認しないで!」
「ああ、そうだな・・・」
わ、笑ってる・・・?
そう言った蒼の表情はいつもの無表情なんかじゃなくて、穏やかで微かにだけど笑っていた。
確かにわたしを見て・・・
直後、手に込められた力が微かに強くなりゆっくりともう片方の手を伸ばしわたしの頭に触れたのだ。
これは・・・頭を撫でられているの??
ま、また心臓が・・・!!
蒼の稀に見る優しい穏やかな表情と仕草にわたしはまた不覚にもときめいてしまったみたいだ。
これがわたしにだけ向けられていて、多分皆はこんな表情をする蒼なんか知らなくて・・・
「・・・嬉しい。お前がそう言ってくれて・・・」
「よ、喜ぶような事じゃ・・・」
「いや、嬉しい。俺はこれからもお前の隣にいて良いんだな?」
「・・・いいよ。もう気の済むまでいればいいよ。」
な、何この展開?そしてまた何この台詞?
本当蒼は・・・
けど、わたしも正直嬉しかった。蒼がそう言ってくれた事。思っていてくれた事。
多分・・・特別な意味なんてないんだろうけど・・・
でもその瞬間、単純なわたしはときめいてしまったんだ。
そして、思ってしまった。
わたし、蒼の事が好きかもしれない・・・と。
その後、わたし達は学校に戻った。
蒼に手を握られながら、ゆっくりと。
雨は相変わらず降り続いていたけど、いつもみたいに心がどんより曇る事は不思議となくなっていた。