第15話 わたしの梅雨の不幸
文字数 4,066文字
それに折角持って来た傘も運悪くなくなっていたりすることもある。
そう…今日みたいに…
「…傘が無い…」
退屈な授業を終え、蒼は部活の為体育館へ部活の無いわたしはさっさと帰ろうと昇降口へと急いでいた。
そして見てみる傘立て…朝ちゃんと置いたはずの傘がなくなっていた。
まいったな…今日は蒼は部活で、奈々ちゃんは今日に限ってお休みだし…
奈々ちゃんはあれから足を挫いてついでに体調を崩していた。心身ともに健康そうな彼女にしては珍しく熱風邪らしい。今朝メールで『本当最悪!』って愚痴っていた。
「…どうしたの?」
昇降口で途方に暮れていると、突然肩を叩かれた。
振り返ると…そこには見覚えのある女子生徒が一人立って不思議そうに首を傾げていた。
「あ、やっぱり花森さんだ!私の事覚えてる?」
「う、うん。確か…三島さんだよね?」
ショートカットに大きな瞳。いかにも活発そうでボーイッシュなその子は同じ中学に通っていた三島さんだった。
「そうそう!
「三島さんクラスで一番元気だったし、覚えてるよ。そっか…同じ高校だったんだね。」
「うん!実は私知ってたんだ。雛森君目立つでしょ?だからその隣にいる花森さんも結構有名なんだよ?」
「え!?そ、そうなの!?」
すっごく嫌だ…
どうせ『雛森君にくっついている地味で冴えないちび』とでも言われているのだろうかと思うと…
「うんうん!『雛森の隣にいる小さい子結構可愛いよな』って!確かに花森さんてよく見れば可愛いもんね?良いなぁ~!!」
「え!?何それ!?」
わたしの驚きようを見て可笑しかったのか、三島さんは口を大きく開けて豪快に笑った。その姿がなんだか元気な彼女らしくて懐かしくもあり、可愛らしくもあり…
三島さんはクラスの委員長でしっかり者で、いつも明るくて太陽みたいにキラキラしている女の子だった…記憶がある。勿論スポーツは大の得意で確か…
「陸上部だっけ?今もそうなの?」
「うん!いつも全力で走ってるよ~!!雛森君にも負けない自信あるんだぁ!なんてね…実はちょっと伸び悩んでてやめようかなって…」
「え?そんな勿体ない…三島さんの走る姿ってなんか恰好良かったし綺麗だったから羨ましいなって思ってたのに…」
「え?そんな事思ってくれてたんだ?嬉しいなぁ!!だったらそう言ってくれれば良かったのに!!」
「いや…いきなりそんな事言われたら引くんじゃ…」
三島さん、二年の時同じクラスになっただけだったけど変わってないな…相変わらず明るくてキラキラしてるっていうか…。でも髪の毛切っちゃったんだ。あんなに長くて綺麗な髪してたのに勿体ないな。
三島さんの髪はちょっとだけ赤味がかった茶色でとても綺麗な色をしていた。母方の祖母が外国人か何かでその遺伝だとか。そんな彼女の綺麗な髪も今じゃ真っ黒で、短く切られてしまっている。
いや、ショートカットも可愛いけどね…素材が良いから…
「それよりどうしたの?」
「あ…う、うん…ちょっと傘がなくて…持って来たはずなんだけど誰かに間違えて持って行かれちゃったみたい…」
「え!?あ、もしかしてビニール傘?」
「ううん、普通の…ピンクの小花柄の傘なんだけど…似たようなデザインの持ってた子いたのかな…ははは…」
ビニール傘ならまだあきらめがつく…でもわたしの傘は普通の傘でいかにも女子が持ってますって傘だ。あれを男子が土砂降りだからと持って行く勇気があるか…
「それ…もしかして誰か隠したとかない?」
「え?なんで?」
「だってそんな傘間違えるなんてないと思う…花森さん、何か心当たりない?」
何か考え込むように視線を床に落とすと、三島さんはそう呟くように聞いて来た。
心当たり…確かにあった。
わたしは数日前、駒井さんに『雛森君から離れないと何をするかわからない』と宣戦布告を受けてしまった。
しかも…その後から上履きがびしょ濡れになっていたり、シャーペンの芯が全部なくなっていたり…体操着がゴミ箱に捨ててあったりと結構散々な目に遭っていた。
おかげで蒼のわたしの周りへの警戒心が強まり、離れるにも離れられなくなり…奈々ちゃんと日向君も心配してくれて二人の恋バナどうこうではなくなってしまっていた。
いや、本当申し訳ない…
今日なんて部活終わるまで待ってろなんて言うから冗談じゃないと逃げるように教室を出たわけで…
けど証拠がない…だから簡単に駒井さんの名前を口に出すのはどうだろうかと思う…
「…あのさ…私偶然見ちゃったんだけど…駒井さんになんか酷い事言われてなかった?」
「え!?見てたの!?」
「う、うん…何か代わりに言ってあげたかったんだけど…ごめんね…?」
「いやいや!そんな!!」
「駒井さんて…人の事悪く言うのは気が引けるんだけど…ちょっと自信過剰でしょ?だから自分の思い通りにならないと気が済まないところがあるっていうか…それで嫌な想いしてる女の子って結構いるらしいの。」
「そうなんだ…」
「だから花森さん。何か困った事があったら私にも相談してくれないかな?ここで会ったのも何かの縁かもしれないし…」
「え?いいの?でもそしたら三島さんが標的になるかもしれないよ?」
「私は大丈夫だよ。花森さんより強いから!」
「わたしそんな頼りないかな…」
「あはは!なんか花森さんて小さいから守ってあげたくなっちゃうんだよね?中学の時、雛森君がずっと世話焼いてたでしょ?その気持ち分かるなって!」
「はぁ…」
「とにかく!まずは傘探してみよう?」
三島さんに手を引かれ、わたしは傘を探すことにした。
にしても…三島さん、可愛い上に良い人だな…こんな人がマドンナになるべきなんだよ。うん。
駒井さんのあの時の意地の悪い笑みを思い浮かべ、わたしはふとそう思い心の中で頷いたのだった。
「…う~ん、ここにもないね…」
「うん…あの、もう大丈夫だよ?雨も弱まって来たし…」
三十分後…わたしと三島さんは校内中傘を求めて探し回ったが結局無駄になってしまった。傘は何処にもなかったのだ。
ああ、どっかに捨てられたのかな…結構あの傘お気に入りだったんだけど…
けど、これ以上三島さんに迷惑かける訳にはいかないし…
「…まだ探してないところがある!」
「え?」
三島さんは暫く考え立ち上がるとわたしの手を掴み走り出した。
連れていかれたのは…体育館裏?それも今は使われることのない旧体育館で現在は倉庫みたいになっている…
「この中にあるかもしれない!!」
「なるほど!さすが三島さん!!」
「へへへ!頼りになるでしょ?じゃ、入ろう?」
「うん!」
古くなりちょっとさび付いたドアは普段頻繁に使わてれいないだけあって開きにくくなっていた。
ギィィィ…
なんて嫌な音なんだろう…不気味っていうか…
しかも中薄暗くて気味が悪いし…
「なんか怖いね…」
「うん…でも二人なら心強いよ!」
「う、うん…」
つい口から本音が出てしまったが、三島さんに励まされわたしは中へと入って行った。薄暗く不気味な空間の中へと…。
うわ…梅雨だから蒸し暑くてむわっとしてるし…早く探して出よう!!
「三島さ…」
バタンッ!!
「え!?」
振り返り後ろにいるであろう三島さんに声を掛けると…彼女は答える代わりに外へ出ると…扉を閉じてしまったのだ。
え?え??な、なんで!?
ガチャガチャ…!!
え!?何この音…!?もしかして鍵みたいな物掛けられてたりする!?嘘でしょ!?
「み、三島さん!!おふざけが過ぎるよ!?」
「ごめんね、花森さん…私、駒井さんのお友達なんだよね?」
「…え?」
扉の向こうで誰かが数人笑っているのが聞こえて来た…
それにこの三島さんの声…さっきまでの明るい声とは一変して暗く低い…
悪意の込められた声…
嘘…じゃあわたしってもしかして…はめられた!?三島さんに!?
「花森さん久しぶり~!元気だったぁ?」
「こ、駒井さん!?」
「そうだよぉ、杏奈。久しぶりの再会はどうだったぁ?みなみちゃんがどうしてもやりたいっていうからぁ…杏奈はここまでしなくても良いって言ったんだよぉ?」
扉の向こうから聞こえるもう一人の声…それは紛れもなく駒井さんの声だ。それにまた笑い声も…
「…三島さんどうして?」
「…目障りなんだよ。あんた昔から鈍くさいし見ててずっとムカついてた…」
「…それだけ?」
「…あんたさ、雛森君に本気で釣り合ってると思ってんの?杏奈ちゃんがいるのにでしゃばって…身の程知れって感じよね。」
「…それは本当に三島さんの気持ちなの?」
「…はぁ?何言ってんの?だからこうしてんじゃない!ここで頭冷やせばちょっとは冷静になるでしょ…」
あはは!と後ろで駒井さんが笑う声がした…
雨音に交じる冷たい三島さんの声…
そして遠ざかる足音…
え!?本当に行っちゃう!?
「ちょっと!!駒井さん!!三島さん!!」
ドンドンッ!!
慌ててドアを叩いても何の反応もない…
後に残るのは…雨音と硬くなったドアと…
「…あ、傘…」
そしてわたしの無くなったはずの傘がボロボロになって投げ捨てられていた…
いや!そうじゃなくて!!
このまま閉じ込められて気づかれなかったら…!!
こんな時も妄想力が働く…
「ああ!もう!!今はそんな妄想どうでも良くって…!!」
どうなるの!?わたし!?