第22話 わたしと合宿と悪魔
文字数 7,298文字
海の一件から暫し、わたしは誰とも会わず引きこもっていた。
少女漫画を読み漁り、乙女ゲームをやり込み…
『灯、君の為に仕立てたドレスなんだ。気に入ってくれるかな?』
「いや~、もうあなたが用意してくれたもの物なら喜んで~…」
『凄く似合っているよ!君は何を着ても素敵だ…』
「やだぁ~!!もう、ミヒャエル様ったら~…ふ、ふふふ…」
画面に映る麗しの王子ミヒャエル様を前に、その甘い言葉に相槌を打ち呪われた様に…いや、何かに取り憑かれた様ににやにやしながらゲームを進める…
「何あいつ…何かスゲー不気味なんだけど…」
「…灯~!!」
そして今、わたしは電車に揺られている…小型ゲーム機を握りしめながら…
今日から部活の合宿が始まる。と言ってもわたしの所属する部活はミステリー研究会で部活動らしき事はさほどしていない極小人数の小さな部活だ。
けど、そんな小さな部でも一応ある。合宿と言う名のミステリー課外研究が…
さっきからゲームをやり続けるわたしを心配してか気味悪がってか…物珍しそうに見つめる先輩達と奈々ちゃん…
「灯ちゃん、そんな画面ばかり見ていたら余計病んでしまってよ?ほら!お外とても綺麗ですわよ?」
「…そうなんです…このセイントグランド国の高台から見る景色は本当綺麗で…ふふ…」
「灯!!それは幻よ!!リアルを見て!!ほら!!リアルな海!!山!!」
「本当~、綺麗だねぇ…奈々ちゃん、見てこのグラフィック…」
と、気遣う先輩と奈々ちゃんの言葉も耳には入らない…
「ちーこ、ちゃんと見ろって…ほら。」
ゴキッ…
と、しまいには無理矢理外の景色を見せられた…
この人は相変わらず馬鹿力だ…イケメンのくせに…
車窓から見える景色は…青々と広がる海…
海…海…海…
『特別な意味なんてないだろ?俺もお前も…』
あの時蒼がさらりと言った言葉…いつもと変わらない無表情さ…無反応…
遠くから聞こえる波の音…人の声…
そして進む電車の音…
「あのスカポンタン男~~~~!!!」
「ス、スカポン…何?」
「海なんて大嫌いだ~~~!!」
「今から行くの山だから。」
と、さっきから冷静にツッコミを入れているのは部活の先輩…そしてわたしを確保しこの部へ連れ込んだ張本人。
長めの前髪にちょっと無造作な髪(寝癖で)…黒髪に黒縁眼鏡(ただし伊達)の似合う黙っていれば知的なイケメン長身高校生なのだが、中身はドSのジャ●アン系かつ無気力駄目人間でもある。要するに顔だけの人だ。
いや、絵が物凄く上手くて器用だしついでに頭も良いからだけとは言い難い…この人を見ていると神様は不公平だと思わざる終えない。
なんでこんなほぼ昼寝してる駄目人間にあまたの才能と美貌を与えてわたしには何にも与えてくれなかったのと…
「忍ちゃん、女の子に乱暴したらいけませんわよ。それで?灯ちゃん、海で一体どんな恐怖体験をしたのかしら?」
と、先ほどからわたしを気遣ってくれているのは
茶色髪を低い位置で二つに結んだこのいかにもか弱く大人しそうなお嬢様は、良く見ればとても美人で、付き合ってみればかなりの変わり者で中々気の強い好奇心旺盛なマイペースさんだ。
お嬢様口調は育ての祖母の影響で、今は兄と二人仲良く暮らしているらしい。おっとりしているがにっこり人を脅すこともあるから怖い。普段は優しいけど。
「足を引っ張られたましたの?それとも引きずり込まれたとか?ああ、それとも…」
「ち、違います…」
「あら?じゃあまさか…憑かれたとか?」
「それも違います…」
そんな事があったらこうして失敗した告白の行方など気にするどころじゃないし…
むしろそんなハプニングがあってくれた方が良かったのかもしれない。こんな気持ちのままでいるなら…
ドキドキとイライラ…期待と絶望…そんな対照的な気持ちを両方抱えている今の状況は何歩譲っても絶好調とは言えない。
ああ、これから一週間も合宿だっていうのに…
「…ちょっと浮かれ過ぎよ。他の人達の迷惑になるから黙っていなさい…」
赤みがかかった茶色い波打つ髪、ビスクドールの様に白く滑らかな肌と整った顔立ち…そして蒼並みの涼し気な瞳と表情の無さ…この人形美女が我が部の部長、
この人の無表情さは蒼に匹敵…いやそれ以上だと思う。わたしはこの人が動揺したところを見た事が無いし、笑っているところも見た事がない。常に冷静無表情…本物の人形みたいな人だ。
「…花森、何があったのかは知らないけど…急に叫ぶのはやめなさい。」
「す、すみません…」
「…そんな顔していたら変な物に取り憑かれるわよ?緋乃がいればそんな事も問題ないけど…」
ちなみに…緋乃先輩は祓い屋さんでもある。自称だけど噂じゃ結構有名な祓い屋一家の生まれなんだとか。ちょっと胡散臭い。
涼し気な瞳を向けられ、わたしは思わず謝るとそのまま黙り込んだ。俯いて…
ああ、首痛いし怒られるし…これも全部蒼のせいなんだから!!もう!
「…灯、雛森君と本当何があったの?海行った時から何かあんた急に引きこもりになるし…」
「な、なんでもないよ…」
「嘘!あんた嘘つくの下手だしすぐバレるんだから!!この奈々絵さんにさっさと薄情しなさい!」
「…別に…蒼に告白したら受け流されただけだよ…」
「そう…そんな事が…って、告白!?あんたいつの間に…!!」
「こ、声が大きいよ奈々ちゃん!!」
奈々ちゃんの『告白!?』という一言は人気のないローカル電車には良く響く…
おかげでその場にいた全員の視線を独り占め…勿論厄介な先輩達にも…
「何?お前振られたの?ちーこのくせに背伸びすっから…」
と、真っ先に食いつき肩を引き寄せて来たのはやはり忍先輩だ。この人は自分の面白いと思う事にしか興味が無い…ので、当然この話題には飛びついてくる訳だ。面白そうに。
ああ、本当最悪…よりにもよって忍先輩とかありえないし!!イケメンだしわたしの好みの顔してるけど…
このいかにももやしっ子ですという細長い体系の何処にそんな力があるんだと言うくらい…その肩を引き寄せる腕の力は強かった。
ドキドキするわたしもわたしでどうしようもないな…この人着やせするタイプなのか結構筋肉の付きが程良いし。シャツ越しに何となく分かってしまう自分が憎い。
「べ、別に…付き合いたいとかそんなつもりで言ったわけじゃ…」
「でも振られたんだろ?」
「ふ、振られてません!!真面目に受け取ってもらえなかっただけで…」
いや、あれはあれでいつも真面目だからそうは言えないのかな…どうでもいいや、もう。
「何よ…落ち込んでいると思ったらそんな事?男の一人や二人で何しょんぼりしているの…花森は男に夢見過ぎなのよ…」
「蘭子ちゃん、そこが灯ちゃんの可愛いところでしょう?ふふ、大丈夫ですわ。この合宿でそんな事もすぐに忘れてしまうから…」
「緋乃先輩!灯怖がるからやめて下さい!!ああ…よしよし!大丈夫よ、あたしが傍にいるから!!」
「緋乃の脅しに一々怖がってんじゃねーよ…いい加減慣れろって…」
部活仲間とワイワイガヤガヤ…そんなこんなでわたしの合宿は始まったのだった。
そう言えば…何も言わずに来たけど、あいつ…蒼も陸上部の合宿なんだっけ…今…
ああ、なんで隣にいなくても離れていてもこうあいつの事ばっか考えちゃうんだろ…やっぱ、わたしは蒼が好きなんだな…あんなことがあっても尚。
*****
「こ、これは…また凄い山奥ですね…」
電車を降り、バスに乗り揺られること一時間…そこから山道を抜け長い道乗りの果て辿り着いたのはごく普通の旅館だった。ちょっとだけ古いけど趣のある。
「兄様の知り合いの方の旅館ですの。
緋乃先輩が深々とお辞儀をした相手は初老近い優しそうな夫婦だった。わたし達を見てにこにこ人の良さそうな笑みを浮かべ丁寧に旅館内の説明までして、ついでにお茶とお茶菓子までご馳走してくれた。
「この時期は学生さん達が団体でいらっしゃるんです。部活やサークルの合宿とかで…ああ、今も…青葉高校の陸上部さんが…如月様達と同じ高校ですねぇ。」
「え!?」
ちょ、ちょっと待って…
のほほんとゆったり口調でそう言う金指夫人は笑顔で首を傾げた。勿論変な声を出したわたしに対して。
こ、こんなベタな展開あるの…リアルに…?
蒼の合宿先がわたしの合宿先と同じ旅館って…うちの陸上部なんでこんな山奥の旅館なんかに!?
ああ…本当最悪…!!もう帰りたい…!!
頭を抱えその場に蹲り奇声を発したい気分になったがかろうじて堪える…
「…灯、ドンマイ…」
「奈々ちゃんまで気の毒そうな顔しないで!!」
「大丈夫よ、雛森君きっと練習で忙しいから鉢合わせすることもないって!むしろ灯小さいし目立たないからさ!!さすがの雛森君の灯感知レーダーも働かないってば!!」
「ぞっとするレーダーを付けないで!!」
そして奈々ちゃん、さりげなく酷い事言っているのに気づいてる?わたしの事若干ディスってるよね?
最悪、本当に最悪…今一番顔を合わせたくない奴と一緒の宿ってどんだけ縁があるんだろう…わたしと蒼って…
今思い出して見ると幼稚園、小学校、中学とずっと一緒のクラスだったんだよね…そして今もだし…これも腐れ縁って言うのかな。
「あら、結構素敵なお部屋ですわねぇ~!」
「本当!!見て!!中庭も眺められるんだぁ~!!」
絶望的な気分のまま部屋に案内されると、緋乃先輩と奈々ちゃんは早速部屋の中を物色しはしゃぎだした。
確かに…部屋は良い。和室の落ち着いた感じに窓から見下ろせる中庭の日本庭園…海より何倍もマシで素敵な光景だと思う。
「…館内の密会覗き放題ね…」
蘭子先輩は何を考えているのかそんな事を表情変えずに言うから怖い…
「そう言えばとても素敵な雑木林がありましたわ…夜はそこで肝試しとかどうかしら?」
「いいわね…何かいた?」
「まだはっきりとは…でもきっと素敵な出会いが待っていますわ!うふふ…」
何かって…緋乃先輩何を感じたんですか…?
彼女は霊感が強い…蘭子先輩もだけど。ついでに忍先輩は視えないけど嗅覚でその気を感じ取れるんだとかって話だ。
ちなみに奈々ちゃんとわたしには全く無い。あったらこんな部には入っていないだろうし…
トントン
「入るぞ~?」
お茶なんか飲んで女子部員でまったりしていると、ドアがノックされゆっくりとドアが開かれた。
少し緩い感じの声と共に…入って来たのは茶色の少し癖の入った髪、右目下の泣きぼくろが少し色っぽいいかにも人の良さそうな爽やか少年だ。
彼はこの部の副部長の
「なんだ皆まったりしてたのか?仕方ないなぁ…」
と言いつつも笑顔で楽しそうだ。
ああ、今日もなんか癒されるこの笑顔…
そしてその後ろからやって来たのは金髪…といっても日向君みたいに馬鹿っぽく…いや染めていないナチュラルな感じの色合いにスカイブルーの綺麗な瞳をした赤渕眼鏡の美少年がひょっこり顔を出した。
「聞いてくださいよ!忍先輩着くなり速攻寝ようとしてるんですよ?折角の合宿なのに勿体無くないですか?」
彼はわたしと同じ一年の
こんな容姿に性格なので女の子にモテる…彼の周りにはいつも女子が絶えないくらいだ。すれ違っても彼がいると気づかないくらい。
「畳なら寝るだろ普通…てか咲、お前うるせーよ…」
「え~!!そんな顔しておじいちゃん発言しないで下さいよ~!!緋乃先輩、何とか言ってやって下さいって!!」
ああ…こうして並べてみると本当無駄に煌びやかな男子部員達…そして勿論女子部員も美女揃いだ。
なので我が部、ミステリー研究部は学校内でもちょっと有名だった。美男美女揃いの怪しい部活だと。部長を初め部員達が個性的過ぎるので入部の厳しい査定があるとか。
「…あ~あ…俺忍先輩の才能に憧れて入部したんだけどなぁ…」
「勝手に理想像固めてんじゃねーよ…うぜー…」
「まぁまぁ、慕われるのは良い事だろ。それより先生夕方には着くそうだよ?それまで自由に過ごして良いって話だけど…」
咲良君は忍先輩の芸術的才能に憧れてこの部へ入部したらしい。だからこうして真似して伊達眼鏡まで掛けているんだとか。
可哀想に…いざ入部して話してみたらこんな無気力ドS人間だったなんてさぞショックだっただろう。わたしもショックだった。
「そうね…なら各自自由時間にしましょう。夜は緋乃の提案を取り入れて雑木林で肝試しって事で良いかしら?」
「肝試し!?ひ、緋乃…何か視えたのか?」
「ふふ、どうでしょう?楽しみですわね、楓ちゃん?」
「立花…いい加減怖がるのやめなさい。男がみっともない…文月や葉月を見習いなさいよ…」
「俺そんな自由気ままにもなれないし、奈々ちゃんみたいに逞しくもなれないよ…な?花ちゃん?」
「え、ええ!?確かに…そうですね…は、はは…」
いきなり楓先輩話を振られたのでぼんやりしていたわたしは慌てて相槌を打って頷いた。
ああ…びっくりした…
「どうした?元気ないな?」
「え!?そ、そんな事は…は、はは…」
「あかりん肝試し怖いの?大丈夫だって!俺手繋いであげるからさ!」
立花先輩に顔を覗き込まれ、咲良君に手を握られ…イケメン好きのわたしとしてはとても美味しい状態だった。
普段のわたしならここで妄想の扉を開けているだろうが…
なんだろう…こうしていてもどこか物足りないような心の一部にぽっかりと穴が開いた虚しい感じは…いつも以上にぼんやりとして何かが全て流れていく…
咲良君が日向君と同じ呼び方をするから?確かに日向君の明るさはまた違って好きだけど…
疲れてるのかな…?いや、ここ最近よく寝てたし…一歩も外に出てないし…
「あ~…眠い…」
変わらずぼんやりと話を聞き流しながら、わたしはふと寝転んで早速昼寝しようとしている忍先輩へと目を向けた。
長身でスラリと伸びた手足…サラサラの黒髪…そして眼鏡を取ると分かる涼し気な瞳…
「あ?何?」
「い、いいえ!な、何でもないです!!」
「…そっか、お前俺の顔好きなんだっけ?そんで見惚れてた?」
「え、えっと…それは…」
さっきまで眠そうにしていた忍先輩の目が輝き出し、わたしは慌てて言い訳を考えた。
い、言えない…!!忍先輩の姿が蒼に一瞬重なったなんて!!死んでも言えない!!絶対合宿中からかわれていじられる!!
陸上部も同じ宿を使っているのだ…全てバレたら本当最悪だ。
「…そういやお前告白して振られたんだっけ?誰に告ったの?」
「は、はぁ!?なんで先輩に言わないといけないんですか?だ、大体振られたわけじゃ…」
「でもまともに取り合ってもらえなかったんだろ?じゃあ振られたも同然じゃん?で?誰?」
「し、しつこいですよ…先輩には関係ないじゃないですか…」
まるで獲物を見つけた猫の様に目を輝かせあたしに迫る忍先輩は悪魔そのものだった。
この人本当に…ここぞとばかり面白がって…!!傷ついた乙女の心を慰めようって優しい気持ちが全くないんだから!!
助けを求めようにも奈々ちゃん達は肝試しの話題で盛り上がり中だし…
「あ…わかった。お前といつも一緒にいる奴…黒髪の…やたらお前に過保護な…あいつだろ?」
「な、何故そこまで!?」
「…やっぱりな。俺勘は良いんだよなぁ…」
「はっ!?し、しまったつい!?」
「俺に隠し事しようなんざちーこのクセに生意気なんだよ。お前本当顔に出るのな?はは、だからお前は面白い…」
「い、言っておきますけど!!余計な事しないでくださいよ!お、怒りますからね?」
「お前が怒っても怖くねーし…俺日頃誰に怒られてると思ってんの?」
「しまった既に常人の怒りは無効化に!?う…と、とにかく!これ以上余計な事したら…」
忍先輩は不敵な笑みなんか浮かべわたしの一挙一動を見て反応を楽しんでいる…絶対…
だ、誰か気づいて!!このドS王子の横行に!!
「…雛森蒼だっけ?陸上部だったよな?」
「な、何考えてるんですか!?だ、駄目ですよ!!」
「…ちょっと一緒に練習見に行ってやろうぜ?」
「い、嫌です!!」
「そうかそうか…よし、行こうか…」
忍先輩はにこにこるんるん気分で立ち上がると、軽々と小柄なわたしを脇に抱え上げ歩き出した。
こ、この人普段何もしなければ力仕事もしないくせにこんな時だけ…!
まるでお手洗いに行くかの如く自然に部屋を出た忍先輩は誰にも怪しまれなかった…わたしの事にも皆気づかず…
先輩…一体何を考えて蒼の元にわたしを…!?