第26話 お隣さんと新学期
文字数 3,372文字
『わたしも…』
夏休みの合宿中でそれは突然訪れた…
そしてはっきりと蒼はわたしの事が好きだと言ってくれた。
わたしもそれに釣られるように…
あの時の蒼の優しい顔も仕草も何もかも夢みたいな出来事だったけど、それは現実で…
ああ、ついに両想いに…!ただのお隣さんから彼氏に…!!
「こ、告白されたぁ!?あんたいつの間に…!!」
新学期が始まり、わたしは遅くなった幸せ報告を早速奈々ちゃんにしていた。
あの合宿の後蒼は変わらず部活とかで忙しかったし、わたしはわたしでずっと夢の中の住人の様なふわふわとした感じで現実味がなかったし…
「い、いやぁ…綺麗に収まるもんなんだねぇ…へ、へへへ…」
「何よぉ~!あんた幸せ丸出しで!!このこのぉ~!!」
「い、いひゃいよ奈々ひゃん(痛いよ奈々ちゃん)!もぉ~!へ、へへへ…」
「顔にやけっぱなしだよぉ?ほれほれ…」
「く、くすぐったいよぉ~!奈々ちゃんったら!!」
幸せ過ぎて浮かれまくっているわたしを奈々ちゃんもニヤニヤしながらくすぐったりほっぺを抓ったり突いたり…
ああ、なんか今更ながら幸せの実感が湧いて来た気がする!もっと早くに奈々ちゃんに報告するべきだったな。
「で?どこ行ったの!?」
「え?何が?」
「デートよ!デート!!やっと両想いになったんだから!」
「え?デート??」
「も~!灯ったら恍けちゃってぇ~!!折角付き合ってんだからさぁ!!」
「…え?付き合う??」
「え?何でそこで首傾げるの??」
奈々ちゃんの問いにわたしは首を傾げたまま固まった…
つ、付き合う…?確かに告白されたしした。そして隣にいてくれとも言われた…
けど…付き合うとはお互い何も言っていない…いや、両想いって所でお付き合いするって事は自然と成立されているんだよね??
でも…あれ??そういや合宿後の蒼の態度っていつもと変わらなかった様な…。そしてわたしも…。
確かにほぼ毎日会っていた。夕飯を食べに来たり、宿題教えてもらったり、花屋手伝ってくれたりと…
ん?でもこれって…何も変わってないんじゃ…。いつも通りっていうか…
あ、あれ??わたし蒼と二人きりになっても何もなかったし…デートのお誘いも無ければしてもいないじゃん!?
「…付き合ってからも変わらない日々を送ってたって感じね…」
「う、うん…。ど、どうしよう奈々ちゃん!?わたしそんな事全く考えてなかったよ!?夏休みを無駄に…」
「…ドンマイ。」
「普通に過ごしてた…内心そりゃあ浮かれまくってたけど!どうしよう…わたしこんな時の為に少女漫画やら乙女ゲーやらやり込んで読み込んで脳内妄想してたのに!そ、それが全て無駄に…」
「…灯の妄想は趣味でしょ…妄想と現実は違うのよ?」
「…どうしようどうしようどうしよう!!わたしが何かしないと前と変わらないままだよ…絶対!!蒼ってそんな事考えるような奴じゃないし!で、デートとか…そんなの…」
そうだ…絶対そうだ。蒼はあんな性格だから乙女心なんて物全く分かってないと思う。
付き合ってるならさ…夏休みなら…一緒に花火見たり近所の夏祭りに浴衣来て手繋いで出かけたりさ…目くるめくときめきイベントが満載だったはずじゃ…!?
「な、なんて勿体ないことを…」
「はぁ~…本当灯も雛森君もそう言う所鈍いよねぇ…何でもっと早くあたしに話してくれなかったかなぁ…」
「ご、ごめん…」
「まぁ…始まったばかりだし…これから楽しめばいいじゃない!雛森君気長そうだから時間はたっぷりあるんだし!!」
「…そ、そうだよねぇ!あ、あはは!!」
「なんならあたしも協力してあげるし!」
「ダブルデートとか!?」
「目を輝かせて何言ってんのよ…あたし彼氏なんていないし…」
「日向君がいるじゃん!!」
「なんでそこであの馬鹿が出てくんのよ…まだ暑いって言うのにあんな奴傍にいたら余計暑苦しくなるし…」
良いカップルだと思うのになぁ…二人…
そう思ったが奈々ちゃんの暑苦しそうな表情を見ると何も言えなくなってしまった。
「あ~、もう!灯があんな奴の話するからあたしまで蒸し暑くなって来たじゃない…あ~、暑い暑い!!」
「奈々ちゃん…日向君の事本当どう思ってるの?」
「ただの煩い人型ロボ?」
「だから!そこはせめて生き物にしてあげて!!」
「じゃあやたら人懐こいわんことか?ちぎれんばかりに尻尾振ってきゃんきゃん吠えまくる子犬みたいな…いや、あいつ背高いから大型犬か…」
「日向君は大型犬って感じじゃないよ…大きくならない無邪気な子犬だよ…」
「あ~、確かに!大型犬っていったら…なんか雛森君の方が合ってるよね。」
「…中型じゃないかな?シェパード辺り…大型犬ってもっとこう大らかで頼もしさと優しさが溢れてるような…水城君とか?」
「ああ、確かにあいつは大型犬だね。レトリバーとか…」
「あ~!うんうん!!」
と、何故かいつの間にか犬の話で盛り上がり始めるわたしと奈々ちゃん…
そんな時だった。タイミング良く噂の二人が現れたのは…
「なになに!?なんの話してたの!?」
と、目をキラキラさせて割り込んで来たのは日向君だ。
おお…本当に尻尾をちぎれんばかりに振って懐いている子犬に見える…。無邪気と言うか…
「やっぱあんたは人懐こい子犬だね…」
「え?ななちん子犬拾ったの!?」
「いや、懐かれて鬱陶しいっていうか…黄色い毛並みした馬鹿丸出しの能天気なわんこに…」
奈々ちゃん、それ日向君の事だよね?
本人を目の前にして何てこと…。それが奈々ちゃんだけど。
「…猫も良いぞ…」
「あ~!!にゃんこは可愛いよなぁ~!!あの気まぐれでツンデレなところがまた…!!」
「で、あんたはそんな女の子に翻弄されたいと…」
「されて~!!ってな、何言わすんだよななちん!?」
「夏…お前朝からノリ良いな…」
「ノリと調子の良さが取り柄だもんね、あんた…」
「そうそう!俺それだけで生きてるからな!!ってななちん!?」
ああ、この二人…本当いつ見ても通常運転で安心するな…
奈々ちゃんに縋りついて何か抗議している日向君を見ていると、まるでご主人様に構って欲しいわんこの様だ…それか、つれな飼い猫に翻弄される飼い主とか…
そんな様子を見て、ふと二人のやり取りをいつもの様に冷静(無表情)に見守る蒼へと目を向ける…
ああ、こいつもいつもと変わらぬ通常運転…今日も涼し気で何を考えているのか全く分からない…
「…どうした?」
「べ、別に…」
「なんだ?具合でも悪いのか?」
「だ、大丈夫…」
ああ、本当にいつも通り…。心配してくれるのは嬉しいけどさ…もっとこう笑いかけるとかさ…
いや、そんな事蒼には無理か…
「…無理するなよ?」
「し、してないよ…」
「ならいいけどな…」
ふと顔を覗き込まれたかと思うと頭に重みを感じる…
蒼の手がわたしの頭の上にそっと置かれていた…
こ、これって…撫でられてるのかな?頭。
見上げるといつもの涼し気な瞳でわたしを見つめていた。にこりともせず無表情に…
ああ、これが蒼だ…うん…仕方ないか…
「…蒼ってあかりんの頭撫でるの好きだよなぁ…」
「ああ、そう言われると…そうかも…」
「確かにあかりんって小さいし撫でたくなるよなぁ!俺も撫でちゃおう!」
「…それは駄目だ。」
「え!?な、何で!?あ!?ま、まさか…『俺の灯には指一本触れさせねぇぜ!』って奴!?」
「…なんだそれは…まぁ、間違ってはいないけど…」
「マ、マジ!?あかりん独り占めズルいぞ!!そしたら俺だって…俺だってななちん独り占めに…ごふっ!?」
と、ここでお約束。奈々ちゃんの右ストレートが日向君の顎に見事に決まった。
「…お前、本当に懲りない奴だな…」
呆れつつも蒼は日向君の手をがっしり掴んでガードしてくれていた。
独り占めか…蒼なりの独占欲って奴なのかな?これって??
まぁ、なら仕方ないか…悪い気はしないし…
むしろ嬉しいと思ってしまう…
何だろう…このほんわかと心が温かくなるような嬉しい幸せな気持ち…
駄目だ…何かにやけそう…
まだ頭の上に置かれた蒼の手の温かさを感じながら、わたしは改めて幸せを実感してしまった。
前と何も変わらないのかもしれない…
けど…この何気ない仕草が今のわたしにとって凄く嬉しくてにやけそうになるくらい幸せなのだ。
わたし達はまだ始まったばかりだ…