第11話 わたしの不幸と嵐の予感?
文字数 9,739文字
昨日も雨、今日も雨・・・
わたしは勿論、お隣さんもかなり参っていた。
「雨だね・・・」
「ああ・・・雨だな・・・」
朝、いつもの様に一緒に朝食を取り家を出るとまずそう呟き合って傘を開くのがこの季節の日課になりつつあった。
雨が嫌いなわたしと雨が苦手な蒼。2人にとってこの梅雨という季節はまさに大敵。それだけは気が合い分かち合える。
「あ~!やっぱり髪の毛広がってる・・・!!」
「頭が痛い・・・」
毛先だけ少し癖毛のわたしは湿気により髪の毛が広がり、湿気により頭痛を引き起こす蒼は雨のせいで朝からこめかみを抑えている。
二人していつもにも増してテンション低く電車に乗りげんなりしていた。朝から最悪だ。
「いいな、蒼。サラサラストレートで。寝癖もあんま付かないし・・・」
「剛毛なだけだ。俺はお前の方が羨ましい・・・」
「意地になって頭痛薬飲まないから!」
「薬は嫌いだ・・・」
と、いつもと同じように他愛のないさして盛り上がらない会話をしながら登校。これもいつものことだ。
「あ~あ!傘でも買って気分転換しようかなぁ~。」
「すぐ忘れてくるからやめた方が良いぞ。」
「だからってビニール傘は嫌だよ。可愛くないし!皆結構持ってくるから間違えて持って行かれちゃうし・・・」
「分かりやすいように名前書いてやっただろ?」
「あんなの恥ずかし過ぎて使えないよ!!」
「何が不満だ?あんなに分かりやすいのに・・・」
と、これまたいつもの無神経天然っぷりを披露する蒼。
冗談じゃない。飾り気のないビニール傘にでかでかと達筆に『花森灯』なんて書かれた傘!恥じさらして歩いているのと同じだ!!
しかし書いた本人に悪意は全く無く。むしろ良かれと思ってやったのだから。
蒼ってたまに天然かって思う行動するからやっぱりよく分からない。この顔で天然って。
「ほら、鞄濡れるぞ。」
「だ、大丈夫だよ。」
「髪、濡れるぞ。」
「大丈夫だって!!」
そして朝から甲斐甲斐しく世話を焼くこの様子。
蒼ってわたしの事十三年前からずっと成長していない子供だと思っているんじゃないだろうか?
この間は何かちょっと・・・本当にちょっとだけドキッとしたのに。
『・・・俺が灯の心配をするのも面倒を見るのも全部俺が好きでやっていることだ。灯が幼馴染みだからとかそんなんじゃない・・・』
あの台詞。まぁ、特別な意味はなくそのまんまの意味なんだろうけど・・・
けどあの日からちょっとだけわたしは変だ。
蒼の何気ない行動や言動でドキッとしたりすることが多く、気づいたら目で追っていたり・・・
これってもしかしてストーカーの予備軍なんじゃ!?
いや、一日の大半を一緒に過ごしているお隣さんにストーカーって!これ以上蒼の何を知れっていうの?意味ないじゃん!!
「はぁ・・・傘、持って行かれないといいけど・・・」
「普通の傘なら問題ないだろ?」
「蒼の傘ビニールだけど・・・」
「柄にガムテープ付けておいた。問題ない。」
「いいの!?男子高生がガムテープ付いた傘で!?」
「俺は別に・・・」
「はぁ~。やめよう?もう!ちょっと貸して!!こんなのは・・・えいっ!!」
ベリベリベリ・・・
「あ・・・」
「なんで布タイプなの!?うわぁ~・・・ベタベタして気持ち悪い!!」
「お前が勝手に剥がしたんだろ。ちょっと貸せ。」
ゴシゴシ・・・
柄に残ったガムテープの粘着部分を丁寧に擦り落とすと、蒼は素直に傘をわたしに渡した。
凄い!まるでガムテープなんか付いていなかったかのように綺麗になってる!?さすが几帳面!
「で?新しい印は?」
「え?ああ、うん・・・。考えてなかったんだけど・・・」
「やっぱり・・・」
「で、でも!!代理としてこれ付けておこうよ!!」
「?」
勝手に剥がした手前、わたしは何か代用品を傘に括り付けなくてはと慌てて鞄からある物を外し柄に括り付けた。
蒼が不思議そうに眺めるそれは・・・。今流行りのゆるキャラ『うさねこ』のキーホルダーである。猫がうさぎの着ぐるみ着てゆるい顔をしている物だけど。
しかもわたしの趣味だから色はピンクの着ぐるみに真っ白な猫の組み合わせだ。
これを付けるだけで・・・まぁ、不思議!!ちょっとだけ女子力が!!
「・・・ごめん。ふざけ過ぎた。」
「いや、これ・・・。結構可愛いな。」
蒼は興味深そうにそれを持つ・・・
ピャ~・・・
ちなみに腹部をちょっと押すと間抜けな音が出る仕組みになっている。
「ま、まあいいや。気に入ってくれたなら。」
まぁ、彼女と色違いにとかで持っている男子も少なくないみたいだし。
わたしももう一個色違いの物が・・・
・・・ってこれってお揃い!?蒼と!?
「なるほど・・・着ぐるみは着脱可能なのか・・・」
「やめてあげて!!」
興味深そうにそれをいじっているのでわたしは慌てて止めた。着ぐるみなかったらただのゆるい猫になってしまう。
「お前ら本当仲良いのな。」
傘立ての前でそんなやり取りをしていると、現れたのは水城君。やっぱり爽やかで恰好良い。
・・・が。彼は朝からびしょ濡れであった。
「どうした?転んだのか?」
「いや。電車の中で寝てたら傘盗られてた。」
蒼が差し出したタオルを受け取り、水城君はさして腹を立てた様子も無く笑顔で頭なんか掻いて明るい。
なんてポジティブな。わたしならショックで学校休んじゃうよ。
水城君と言えば、あの告白以来よく教室へ遊びに来ている。初めはわたしに会いに来ているのかなぁ・・・なんてちょっと思ったりもしたけどどうやら違うみたいだ。
勢いとは言え一度告白された身としてそれは少し残念なような。安心したような。複雑な気持ち。まぁ、告白を断ったのはわたしなんだけど。
水城君は蒼とは良い友達でいたいと言っていた、そしてわたしとも。蒼も初めは警戒していたが(わたしを守る番犬の如く)、彼に悪意が無い事を察知すると徐々に警戒態勢を解除し今はもう受け入れている様子だ。
「・・・花森、お前何か困ってる事とかない?」
「え?また?特にないけど?」
「そっか。なら良いんだけど・・・」
と、これもいつもの事。蒼に聞こえないようそっとわたしに囁く水城君。いつも決まった台詞で。
何なんだろう?水城君、あれ以来なんかわたしの身を案じているような気がするんだけど・・・気のせいかな?
あれが生まれて初めての告白だったし、そのせいで自意識過剰になっているのかな。
「やっぱり水城君はあんたに気があるのよ。」
奈々ちゃんに相談してみると速攻そんな返事が返って来た。
人差し指をわたしの目の前に突き付け自信ありげに胸を張って。
「う~ん・・・違うと思うけど。わたし断ったし。」
「だからってすぐ諦められる訳ないじゃない!水城君はまだ灯の事が好きなのよ!!でも、灯は雛森君が好きでそんな雛森君も灯が好きで・・・」
「ちょ、ちょっと待って!なんでわたしが蒼を好きで蒼もわたしを好きな事になってるの!?奈々ちゃん変な妄想やめてよ!」
「あんたじゃあるまいし妄想なんかする訳ないでしょ。あたしはあくまで憶測よ。ま、聞きなさい。話を続けると・・・そんな両想いの二人を見て思うわけよ。『俺の入り込む隙なんかないぜ。でもこの灯への想いは捨てきれない!!』ってね・・・」
「奈々ちゃんそれ完全に妄想だよ。」
「そして健気にこう想うのよ!」
駄目だ。奈々ちゃんの暴走妄想は誰にも止められない!とりあえず黙って聞いておこう。
「そう・・・彼は想うの。『せめて傍にいて見守ることが出来ればいい・・・』ってね!どうよ!?こういうのあんた好きでしょ!?」
「そりゃ、まぁ・・・。健気な片想い男子の見守りパターンは好きだけど。現実的に考えるとそれってある意味ストーカーじゃ・・・」
「メルヘン妄想娘が何言ってんの!!まぁ、聞きなって!話は終わってないのよ。」
「まだ続くの!?」
「そして彼は気づくのよ『俺、あいつの事本気で好きなんだ』ってね。わかる?何気なく気になって告白した女子に本気で惚れてしまう男心が!」
「奈々ちゃん落ち着こう?」
熱が入って来たのか、奈々ちゃんは椅子に片足を乗せポーズを取り始めたので慌てて止めた。
「それもないと思うけどなぁ・・・」
広がる毛先を抑えながら、熱く妄想を語る奈々ちゃんとは正反対に冷めた気持ちで窓の外を見た。
相変わらず雨が降っている。これはまた一日中雨か。やまないんだろうな。
*****
「灯、大丈夫か?」
「蒼・・・」
朝から体育でこの日は男女合同でドッチボール。最悪だった。
体育館で散々ボールに怯えながら逃げまくり、しかし鈍くささのせいで避けそこね顔面直撃!そして鼻血。そして現れる蒼。勿論保健室へ連行された。
女子としての尊厳を失ってしまった気がして、なんだか遣る瀬無い気持ちで一杯だった。あと恥ずかしさで。
「だ、大丈夫だよ、もう!蒼戻っていいよ。」
「駄目だ。こら、無理して動こうとするな。じっとしてろ。」
「うぐっ・・・!!」
この乙女の恥じらう気持ちが分からない幼馴染みは、逃げ出そうとするわたしを無理やり座らせ鼻をぎゅっと抓んだのだった。
「上を向かないでちょっと下を向け。喉に血が流れて気持ち悪くなるから・・・」
「でも上向いて安静にしてた方が良いんじゃ・・・」
「それだと危ない。小鼻を抓んで俯いて考える人のポーズが一番良いらしいぞ。」
「本当かなぁ・・・?」
というか何故鼻血の止め方について詳しいのか・・・??
しかし、蒼のアドバイスは的確であった。しばらくその考える人のポーズで小鼻を抓んで安静にしていると本当に止まったから。
「なんでそんなに詳しいの?助かったけど。」
「部活でよく鼻血出す奴がいるんだ。夏とか・・・」
「ああ・・・」
確かに日向君は血の気が多そうだ。世話を焼く蒼の姿が目に浮かぶ。
「・・・お前、今朝水城と何を話してたんだ?」
「え?何?」
「こっそり何か話してただろ?」
「ああ、あれ?気づいてたんだ。」
こっそり水城君に囁かれた台詞。別に大したことではない。
「ただ、何か困ったことないかって・・・。何かいつも聞いてくるんだけど・・・わたしそんなに困ってるように見えるのかな?」
「困ってる?困ってるのか?」
「いや、だから無いからそう見えるのかって蒼に聞いてるんだよ。最近やたらと聞いてくるんだよね。なんでだろ?」
「さぁ・・・?なんでだろうな・・・」
「やっぱ蒼にも分からないか。じゃあ水城君にも分かるはずないよね・・・」
「そうだな・・・」
と、お互い考え込み暫し沈黙する。
「まぁ、そんな訳だから。わたしは何も困ってないって蒼からも言っておいてよ。」
「ああ、わかった。けど、水城は何故そこまでしてお前を気にかけるんだろうな・・・」
「だから分かんないって!本当なんでだろう・・・?」
お互いまた沈黙し首を傾げていると、チャイムが鳴った。授業が終わったらしい。
「とりあえず着替えてくる。蒼もそうしなよ、次生物室だよ?」
「ああ、そうだな。」
と、何気ない会話をしお互い更衣室へ向かい・・・
「はぁ~。なんか頭がくらくらする・・・。鼻血のせいかな・・・」
既に誰もいなくなった更衣室で一人呟き着替えているとあることに気づいた。
ん?上履き・・・。確かここに置いておいたはずなんだけど・・・
体育館では上履きではなく体育館履きに履き替える。なので上履きは一度脱いで下駄箱へ置いておくんだけど。
「ないなぁ・・・」
下駄箱は空だった。ほかの生徒は既に着替えを済ませ教室へ帰ってしまったから当然なんだけど。
「誰か間違えて履いて行ったのかな?」
良くありそうなことだ。傘と同じで上履きなんてどれも似たような物だ。サイズが同じなら気にしない人もいるだろう。
この時、わたしは特に気にせず体育館履きのまま教室へと戻った。
しかし・・・
「え?誰も間違えてない?」
「うん、確認したけど誰も間違えて履いていった子いないみたいよ?灯上履きに名前書いてあるし、間違っても気づくはずだし・・・」
奈々ちゃんの協力を得てクラスの子に確認を取ってもらったが該当する人はいなかった。つまりわたしの上履きは初めからなかったという事で・・・
「駒井か!?」
「奈々ちゃん早とちりは駄目だよ!!」
「だっておかしいじゃない!急に灯の上履きだけなくなるなんて!!このクラスにそういうことする子いないし!!」
確かに奈々ちゃんの言う通りだ。わたしのクラスは男子も女子も関係なく仲が良い珍しい平和なクラスだった。女子も良い子達ばかりだ。
蒼ファンはいるけど、あからさまにわたしを目の敵にする子もいない。
「灯大丈夫?」
「うちらもう一度確認してみるよ!」
なんて揃って心配してくれている。たかがわたしの上履きで。なんか申し訳ないなぁ。
「大丈夫だよ!体育館履きあるし!!今の所困ってないから!」
「あかり~ん!俺らもちょっと確認してみる?」
と、男子代表で名乗り出たのは日向君。
「いや、さすがに男子の方に交じっていることは・・・」
「確かに・・・。花森って足もちっさいしなぁ。」
「さすがに俺らには履けないよなぁ?」
なんて男子まで巻き込んでクラス中ちょっとした騒ぎになった。
ああ・・・なんかますます申し訳ない!!
「結局見つからなかったわね。」
「うん。でもさして困ったことではないし・・・」
上履き探しをしながらあっという間にお昼休み。わたしの上履きはやはり見つからず、間違って履いたという生徒もいないらしい。
当然ちょっとは嫌な気もするし、気持ちが悪いけど。
「まさか水城君が!?」
「なんでそこでまた水城君が出てくるの!?そんな事するような人じゃないよ!多分。」
「そうよねぇ・・・。じゃあやっぱり駒井が隠したのよ!!」
「駒井さんどうやって隠すの?体育の授業中に隠されたって事は駒井さんも授業中でしょ!?も~!奈々ちゃん変な妄想し過ぎだよ!」
「灯は呑気過ぎる!!駒井なら仮病使って授業抜け出すなんて簡単に出来るわ!あのぶりっこきっと『先生ぇ~、あのぉ、ちょっとお腹が痛くってぇ~』なんて上目使いして・・・」
「妄想が細かいよ!それに奈々ちゃんが思うほど駒井さん嫌な人じゃないような気がするけどなぁ・・・」
「甘い!あんたを油断させておいて・・・」
ガシャンッ!!
『キャッ!?』
奈々ちゃんの妄想がヒートアップして来た直後だった。近くの窓ガラスが割れたのは・・・
思わず二人揃って短い悲鳴を上げついでに手まで握り合って固まった。
わたしの席は窓際の後ろの席(小さいから不便だけど)。その真横の窓ガラスが割れたって・・・本当に偶然?
「灯!大丈夫か!?」
「う、うん。というかどこから来たの蒼?」
さすがと言うか。すぐさま現れ安否を確認する蒼の姿を見て、なんだか少しだけ恐ろしくなった。
蒼のわたしに関する危機察知能力が本人より優れているって。しかも日に日にレベルが上がっているし。
「・・・石か。誰かが投げたのか?」
わたしの机に転がる石を拾い上げ、割れた窓ガラスから注意深く辺りを覗き込む蒼。騒然とする教室内。暫くして先生までやって来てその一件は少しだけ大事になった。
窓の向かい側。向こうには渡り廊下がある。故意に石を投げたとしたらそこからだろうと蒼は話していたけど。
わざとって・・・その場合やっぱりわたしを狙って?
まさか・・・
段ボールで応急処置された窓ガラスを見ながら、この瞬間初めて恐怖を感じた。自分が何者かに狙われているかもしれないとそう考えてしまってから。
「とりあえず怪我人はでなかったから良かったが・・・花森、お前何か心当たりはないのか?」
放課後、わたしはさっそく職員室へ呼び出され担任から事情聴取みたいな事をされていた。
とはいうのも・・・。我が身に降りかかる不幸はあの後も続いたからだ。昼休みから今まで事あるごとに。
まずは昼食、お弁当が消えていた。ついでにペンケースも。机と椅子は無事だったけど。そして休憩時、トイレへ行ったら鍵が開かなくなり、移動時に何故かわたしの前に投げ出されたバナナの皮で転倒…ゴミ捨てに行こうと中庭を横切ったら上から石膏が落下等々。
「さすがに可笑しいだろ?お前の身の回りでのみ立て続けに不幸が起きるなんて。一日に何度も。あと、お前上履きも無くなったんだってな?虐められているのか?」
「え!?そんなことは!!」
「花森は大人しい方だし、あまり主張しない性格だからな。ついでに鈍くさいし。それでも雛森や葉月が色々面倒見てくれて先生安心してたんだが・・・」
「安心してくれて良いかと」
「お前は見ていてハラハラするが、周りの人間の優しさに包まれているからな。虐めとかそんな心配はないと思っていたんだが・・・」
「ありません!今日のは多分たまたまかと・・・」
「そんな訳ないだろ?とにかく。何かあったら先生にちゃんと言いなさい。言いにくかったら雛森や葉月にでも言えば何とかしてくれるから。多分!」
凄い信頼だなぁ。先生・・・。
心当たり・・・そう聞かれても自分で思い当たることが無ければ対処のしようも無い。奈々ちゃんは駒井さんの仕業だって言っていたけど、証拠も何も無いのに疑うのは良くない。
「灯!大丈夫だった!!」
教室へ戻ると、奈々ちゃんだけでなく他の女子生徒達もわたしの帰りを待っていてくれたらしい。一斉に立ち上がるとわたしの周りに駆け寄ってきてくれた。
そうだ、心当たりって。わたしのクラスは珍しく皆仲良しでこれと言って嫌な人間もいないのだ。特に女子においては。男子とはあまり接点がないから良くわからないって点もあるけど全体的に平和なクラスなのだ。
「それにしても一体誰があんな事したんだか!!」
「本当!超陰険だよねぇ~!!」
「けどうちのクラスにあんな事する奴いないよね?」
女子に囲まれ心配され少し戸惑っているとふと視線を感じそっちへ目を向ける・・・
蒼がわたしをじっと見つめていた。
相変わらず無表情で何を考えているのか分からない目をしているけど・・・
あれはあれで心配してるんだろうか?
窓ガラス事件からぴったりわたしに張り付いていたし。そりゃもう番犬かSPかってくらいに。トイレにまで付いて来そうな勢いだったし。
過保護もここまで来るとちょっと引くよねって普段なら思うところなんだけど、さすがに今回ばかりは少しだけ心強かった。恐怖心と危機感は僅かながらだがあるのだ。一応。
「とにかく、今日は皆で一緒に帰ろう!!」
「そうそう!何かあったらうちらが灯を守るからさ!!」
と、奈々ちゃんみたいな頼もしい事を言ってくれるクラスメイト達。本当にわたしは人の優しさで生かされているんだな。
「あ、あの…雛森君も一緒に帰るんだよね?」
「マジ!?そうならうちこれから毎日灯と帰ろうかな~!!」
あれ?えっと・・・わたしを心配してくれているんだよね??皆?
黙って待っている蒼を遠慮がちに見ながら小声ではしゃぐ女子達を見て、ちょっとだけ首を傾げたくなった。
けっ!これだから顔だけ無駄に良い奴は・・・!
「え!?窓ガラス割れたのか!?」
「うん・・・」
翌朝、登校時偶然出会った水城君に昨日の事を話すとさすがに驚いていた。
当然だけど・・・。
「花森怪我とかしなかったか?お前鈍臭そうだから・・・」
「大丈夫だった・・・。わたしそんなに鈍そうに見えるかなぁ?」
「体育時間の時偶然見ちゃったんだよ・・・ハードル走でハードル全部に躓いて倒して行くお前の姿。」
「ええ!?あ、あの醜態を見ていたの!?恥ずかしい!」
「うん・・・。初めはスゲー鈍臭い奴だなって笑ってたんだけど、徐々に笑えなくなった。なんかこいつ大丈夫かってハラハラしてさぁ・・・」
恥ずかしい!あんな場面を目撃されていたなんて。
無言で隣を歩く蒼はそんな話を聞いても表情一つ変えない。呆れているのか、いつもの事だと聞き流しているのか。
「・・・うわっ!」
「・・・」
「おっと・・・!?」
「・・・」
こんな話をしている最中にもわたしは何度も躓きそうになり、無言で蒼に助けられるという・・・
「・・・お前、雛森いないと生きていけないんじゃねーの?」
「はぁ!?な、なんでそんな・・・」
色々と蒼に世話を焼かれているわたしを見て、水城君は何か不安を感じたのか真面目な顔をしてしみじみとそんな事を呟いた。
「雛森がいなかったら、お前何もなくても生傷絶えなさそうだし・・・」
「た、確かにそうかもしれないけど!!」
「前に雛森がああ言ったのも何か分かる気する。俺が雛森でも多分放っておけないよ。うん。」
「水城君まで何を言うの!?や、やめてよ!わたしそんなに重症的なドジじゃないよ!!た、多分!!」
「いや、ドジだよ。結構重症的な。」
「蒼まで深く頷かないでよ!!」
「あはは!やっぱお前ら面白いわ!!」
「水城君はちょっと黙ってて!!」
「やっぱ花森って放っておけないんだよな。なぁ、雛森。お前が花森の世話に疲れたら俺こいつ貰っても良い?やっぱり俺こいつ好きかも。」
ピタリッ・・・
水城君のこのとんでもない発言に足を止めたのは・・・。わたしではなく意外にも蒼であった。こんな事言われても涼しい顔してスタスタ先を行きそうなものなのに。
「お前には無理だ。」
「やってみないと分かんないだろ?俺も結構世話好きだし、お前だって嫌になる事だってあるだろ?疲れるだろ?ただ幼馴染みってだけでそんな甲斐甲斐しく面倒見なくてもさぁ!」
「疲れる事はある・・・けど、嫌だと思ったことは一度もない。言ったはずだ、好きでやっていると・・・だから軽々しくそういう事を言われるのは不愉快だ。大体お前に俺や灯の何が分かる?何も知らないくせにただの興味本位で灯を混乱させるような事を言うな。」
「俺だって別に今は興味本位なだけじゃ・・・っておい!!」
「お前に灯は渡さない。それだけは言っておく・・・」
水城君の言葉を最後まで聞かず、蒼はわたしの腕を掴んでそのまま歩き出したのだった。
わたしの意見など聞かずにそのまま真っすぐ・・・。
いつもなら抗議等して抵抗したいところだった。わたしの気持ちはどうでも良いのかと。一応わたしに関することだし。
けど…あんなにはっきりと不快感を露わに物事を口にするのも、こんなに強く腕を掴んでくるのも全てが初めてで、驚いてしまったのだ。
まるでわたしの知っている蒼じゃないみたい・・・。ちょっと怖くて、それにちょっとドキドキする。
それにあの言葉・・・
『お前に灯は渡さない』
確かにそう言った。それってどういう意味でそう言ったの?
強くしっかりと腕を握られたまま、わたしはただ黙って蒼に引っ張られて行った・・・