第4話 お隣さんと朝のひと時
文字数 3,501文字
ベットの中で何度も寝返りを打ち、ごろごろだらだらして過ごしていたわたしの元にそれはいつもの様にやって来た。
トントン…
「灯、起きて…ないよな?絶対…」
と、これまたいつもの様に決めつけ静かに部屋のドアが開かれ、それは現れた。
「…何か用?」
布団を頭まで被ると、隙間からそれを覗き込み不機嫌そうに呟くわたし。
なんだかホラー映画のワンシーンみたいで不気味だけど、蒼は驚かずかといってツッコむこともせずただ無表情に近づいて来た。
別にわたしだってツッコミが欲しいとか期待してこんな行動をとったんじゃないけどさ。
一応ため息吐くくらいのリアクションくらい取ってくれたっていいじゃない!
「…どうした?具合悪いのか?」
「…別に…」
いつものわたしなら蒼が入って来た時点で『寝起きの乙女の部屋に入るなんて最低!!』とか非難の言葉を浴びせているところなんだけど。
新しいパターンに驚いているのか、蒼は遠慮がちに布団をめくり…
「な、何!?」
「具合が悪いなら熱でもあるんじゃないかと…お前良く体調崩すだろ。」
「どこも悪くないから!元気よ!元気!!」
「……」
「!?」
がばっと起き上がり拳を握ってガッツポーズを取って見せると、蒼は無言で額に手を当てて来た。
ひんやりとして気持ちが良い…
「じゃなくて!熱なんてないし!と、とにかく大丈夫だから…」
「…そうだな。なら早く支度しろ。」
「は?支度って…何かあったっけ?」
「店の手伝いに決まってるだろ。お前どうせ連休中暇なんだろ?ならおばさんを手伝うのが当たり前だろ。」
「うっ…そ、そりゃそうかもしれないけど…!わたしだってそんな暇なわけじゃ…」
「なんだ?予定あるのか?」
「まぁ…部活の課外調査みたいなもんが…」
「…お前あの怪しげな部に入ったのか?」
怪しげなフレーズを聞いた瞬間、蒼の表情が微かに険しくなり、ついでに声も低くなる。
うわぁ…警戒心100%って感じだな…。まぁ、気持ちは分かるけど…。
「あ、怪しげってただのミステリー研究部だよ?噂のミステリースポット巡ったり、廃墟に行ったりして写真撮ってレポート発表するどこにでもありそうな部活じゃん!」
「その内容からして胡散臭いだろ…。どうせ勧誘しに来た先輩がイケメンだったとかそんな理由で入部したんだろ?本当灯は単純だな…。」
「ち、違うもん!!そりゃ…ちょっとときめいたけど……。で、でも!あの人中身は凄く変で…」
「変?…お前何かされたのか?」
「されるわけないじゃん。あの人基本面白いことにしか興味ないし。蒼の方が気を付けた方がいいよ?なんか気になってるみたいだし…面白そうって。」
わたしの所属する部はミステリー研究部。内容は先ほど述べた様なことをする。その他は殆ど部室でお菓子食べてぐだぐだしてるけど。
部活のオリエンテーションの時、急に捕獲されたのが始まりだった。いや、あれは本当びっくりした。一緒にいた奈々ちゃんの正拳突きで助かったけど。
そして見てみれば…。まぁ、蒼の言った通りイケメンだった。ちょっと変わってはいたけど。それに部長はビスクドールみたいに美しい美女だった。蒼並みの表情の無さだけど。
部員は少ないけど、皆良い人そうだったことと青春の一ページを作るにはちょうど良いと考え軽い気持ちで入部してしまったわけだ。奈々ちゃんも一緒に。
で、その出来事を蒼にうっかり話したら『そんな怪しげな部に入部するなよ?』と釘を刺され、入部の件は黙っていたんだけど…ばれては仕方がない。
「でも皆良い人なんだよ?いつも美味しいお菓子くれるし、ちゃんと助けてくれるし…」
ちょっと変人揃いだけど…ということは伏せ、一応部員としてフォローはしておく。
「…お前それ、餌付けされてないか?」
「え?そ、そんなことないもん!!」
「…まぁ、入部したからにはしっかり励めよ。」
「勿論。それでね、明日雑木林でピクニックなんだ。」
「楽しそうだな…」
「うん!近くに綺麗な川が流れてて夏には蛍が集まるんだって!あ~…わたしもいつか素敵な王子様と一緒に見に行きたいなぁ!!」
「…で、その雑木林は過去に何があったところなんだ?自殺か殺人か?」
「え?さぁ?
「…お前、絶対お守りとか持って行った方がいいぞ?」
「そ、そうかな…」
「大体幽霊類のもの苦手なくせに何故入った…?葉月が一緒なら心配ないだろうけど…」
「うん!奈々ちゃんは本当心強いよ!!」
奈々ちゃんは好奇心旺盛だからそういう怪しい部にも興味津々で、いつも先頭で張り切って探索している。
「…ああ、なんか今から凄く心配になって来た…」
「奈々ちゃんが?」
「お前に決まってるだろ…。付いて行ってやろうか?」
「どこまで過保護なの?いいよ!ややこしくなるし。」
「けどこのままじゃ俺は心配で夜も眠れない…」
「たかが真昼の雑木林に行ってお弁当食べるだけだし心配無いって。今夜はゆっくり眠ってください。」
本当、いつも冷静沈着で幽霊なんて絶対信じないような雰囲気なのに。何この心配症?
「…俺も入部した方が良いのか?」
「なんでそうなるの!?」
「そうすれば心置きなくお前の監視が出来る。」
「監視とかやめてよ!厳しい頑固親父みたいだよ!?」
「気持ちは近い…」
「そうなの!?」
「冗談だ。」
「冗談に聞こえなかったよ?怖いなぁ…もう…」
本当いきなり嫌な冗談を言うのはやめて欲しい。蒼に無表情のままに頷かれたら誰だって信じる。
それにしても…。蒼、本当に付いて来そうだな。もしくは尾行して遠くから見守るとかしそう。本当過保護なお父さんみたいなんだから。
蒼だってわたしの心配ばっかしてないで青春の一つや二つすれば良いのに。せっかく陸上部の期待のエースなんだから。
そういや、陸上部って言えばマネジャーの女の子が凄く可愛いって評判だったよね。同じ一年で学年のアイドル的存在だって聞いたことがある。
会ったことないから顔も知らないけど、そんなに美少女なら同性でも一度拝んでおきたい。
「蒼って好きな人とかいるの?」
「は?何だいきなり?」
確かに、いきなり何を聞いてるんだろう?わたし。
でも学年のマドンナがマネージャーなら無表情で無関心な蒼でもさすがに気になるんじゃないか。そう思ったのだ。
蒼もイケメンだし、その子も蒼に気が合ったりして。そしたら美男美女の絵に描いたようなカップルになるな。
「…俺はお前で手一杯だからそんな余裕はない。」
「はぁ!?わたしを理由にしないでよね!」
「別にそんなつもりで言ったわけじゃない…。今はそんなことどうでも良いんだよ。興味ない。」
「え!?あ、蒼ってまさかホ…」
「そっちの気もない。何嬉しそうにしている?」
「え?そ、そんなことないよ!わたし腐女子じゃないもん!!」
ちょっと薔薇色の妄想しかけたけど…
「はぁ…勿体ないなぁ。せっかくイケメンでモテるんだから、それを利用して女の子侍らわせるくらいしないと!」
「お前は俺に何を求めてるんだ…」
「…なんだろ?」
「こっちが聞いてる…」
わたしの妄想癖に心底呆れたのか、蒼はため息を吐くとカーテンを開け、ついでに窓も開けた。
眩しい日差しと春の暖かな風…気持ちの良い朝だな。
「…俺はお前の面倒見てるのが一番合ってるんだよ。今はそれでいい…」
「こっちは迷惑なんだけど…」
「お前がそうでも仕方ないだろ。昔からずっとそうしてきたから今更改善出来ないって…」
「え~?努力しようよ!!」
「無理。」
そこをなんとかしようと説得したが蒼は頑なだった。
わたしの面倒を見るのが良いって…。それを言われたわたしはどうなるの?
年上ならまだしも同い年の幼馴染みに面と向かって真面目に言われるって。
でもまぁ、仕方ないか。急に口うるさくなくなる蒼も気持ちが悪いしね。今はこの関係が一番。
けど…もし蒼に好きな人が出来て付き合うことになったら、わたしはその時どう思うんだろう?
ちゃんと笑って祝福するのか…
それとも…