第17話 お隣さんが好きです
文字数 4,583文字
「全くだぜ…」
一仕事終えた奈々ちゃんと日向君は涼しい顔して伸びた不良達を見下ろしキメ台詞なんか呟いていた。
「…あんた達、怪我したくないならさっさと失せな!」
きゃーきゃー逃げまどい呆気にとられていた駒井さんの取り巻き女子達に一喝…本当どこまでも逞しい奈々ちゃんだ。
奈々ちゃんの迫力に気圧され、あっという間に彼女達は駒井さんを見捨て走り去って行ってしまった。伸びた不良達をその場に残して…
「さすがななちん…恰好良い!!俺の惚れた女だけあるぜ!!」
「ひ、ひっつくな変態!!あんたもぶっ飛ばすよ!!」
「姉さんそれは勘弁っす!!でも怪我してるから支えさせてください…」
と、いつものやり取りを交わしている二人を見るとまたほっとする…
「駒井!あんたよくも灯におかしなことしてくれたね?卑怯な手使って抑え込もうとするなんてダサいやり方いつまでもしてんじゃないよ!うぜーんだよ!!」
「あ、姉さんお言葉使いが乱暴っす!!」
「…と、いけないいけない…あんた昔からそう言う所全然変わってないね?そんなに自分の思い通りにしたいわけ?そんなに自分一番でいたいわけ?馬鹿じゃないの!?人貶めて何が楽しいのよ!!」
立ち尽くす駒井さんに、足を引きずりながらも詰め寄り思いの丈をぶつける奈々ちゃんを、今度は日向君も止めはしなかった。多分殴ろうとしても止めなかっただろう。今度ばかりは。
蒼も警戒しているのか、珍しく険しい目つきで駒井さんを見ている…わたしの肩をしっかりと抱き寄せたまま…
「…は、はぁ?何言ってんのぉ?杏奈誘われただけだもん…ね、ねぇ?みなみちゃん?ただふざけてただけだよねぇ?」
「…はぁ!?寝ぼけた事言ってんじゃないわよ!!ちょっとあんた!!駒井の言ってる事は本当なの?」
と、奈々ちゃんはしゃがみ込み…三島さんではなく手近に転がっていた不良を叩き起こし真相を確かめた。
いやぁ…本当逞しいな…奈々ちゃん。イケメンなんだから。
「…ん?ひ、ひぃ!?」
「変な悲鳴あげてんじゃないわよ。男のくせに情けないわね…」
「す、すみません姉さん!!お、俺ら駒井に誘われただけです!!む、無実なんです!!」
「か弱い乙女襲おうとして何が無実なのよ!またぶっ飛ばされたいの?この☆※△(とても表現出来ないお言葉)が!!」
「す、すみませんすみません!!何でもしますから許してください!!」
さすがの不良達も奈々ちゃんの迫力と逞しさに感服したのか…揃って土下座し謝罪しまくっていた。プライドも何もかも捨てたかの様に…
しかし奈々ちゃん…本当凄いな…
「…蒼?」
急に蒼が手を放し静かに立ち上がったのでわたしは不安になった。
見上げた蒼は…険しい表情のまま真っすぐ姿勢良く歩き出す…
駒井さんには目もくれず、素通りして不良達の前まで来て立ち止まる…
どうしたんだろう…?ま、まさか殴るの!?あの蒼が人を!?
「…本当に灯に何もしていないのか?」
「ひっ!?し、してないです!!」
「ゆ、指一本触れてないです!!」
蒼は背中を向けていたので、その時蒼がどんな顔をしていたのかは分からなかった…が、彼らの怯え様からとんでもなく恐ろしい物だったのは違いない。
殴りはしなかったけど…見下ろす感じ…しかも蒼は長身だから迫力もある。それにあの険しい目…
あんな怖い目をした蒼も初めて見た…よっぽど怒っているのか…
「…駒井、お前が全て仕組んでたのか?灯を襲わせようとした事も…ここ数日間の嫌がらせも…全部お前がやったんだな?」
駒井さんを振り返りもせず、蒼はただ前を向いたまま淡々と…いやいつもより若干低い声でそう言った。何か脅す様な、問い詰める様な…そんな険しい感情が込められている声で。
「あ、杏奈はただ雛森君が困ってるって思ったから!!」
「…困る?」
「そ、そうよ!こんな鈍臭い幼馴染みに振り回されて付きまとわれて迷惑してるんでしょ!?だから杏奈が救ってあげようって思って…」
「俺は一度もそんな事言った覚えはない…」
「で、でも!杏奈には分かるもん!!こんな冴えない女ずっと傍にいたら迷惑するに決まってる!!雛森君は優しいから迷惑だって言えなかったんでしょ!?本当は杏奈みたいな可愛い女の子と一緒にいたいんでしょ!?」
「…思うだけなら勝手だ…けど、気に入らないという一方的な理由で灯にこういう事をするのは間違っているだろ。勝手な妄想の押し付けは迷惑だ…」
「で、でも!!雛森君その女に騙されてるんだよ!!か弱いふりして面倒かけて注意引こうとしてるの分からないの!?」
「灯はそんな器用な人間じゃない…お前とは違う。」
「で、でも!!」
「…俺が灯の隣にいるのは俺がそう望んでいるからだ。俺が灯を守りたいと思っているから…それだけだ。迷惑だと思ったことは一度もない。」
蒼は特別な意味でそう言ったわけではないだろう…ただ思っていることをそのまま口に出して伝えているだけだ。
けど…この台詞って…なんか…凄く大事にされていると、愛されていると錯覚してしまいそうなくらい惚れ惚れしてしまう。
蒼の声はいつもの様にまた淡々として冷静だけど…それでも熱い感情がそこには籠っていて真っすぐなんだ。
「…今度灯に同じような事をしたら俺はお前を許さない。」
「な、何よ!!杏奈が折角解放してあげようって頑張ったのに…いいわよ!!幼馴染みってだけでそこまでするの正直引くし!キモイし!!」
「お前にどう思われようが関係ない事だ…」
「…も、もういいわよ!!あんたよりいい男杏奈沢山知ってるんだから!!」
顔を真っ赤にして全身を震わせながらそう叫ぶと、駒井さんは蒼の肩に思い切りぶつかり走り去って行ってしまったのだ…
怒りで全身を震わせている…のかもしれないけど…
駒井さん…ちょっと泣きそうだった?いや、まさか…
駒井さんも去り、不良達も大人しくなり…再びその場は静寂に包まれた…
そう言えば雨、上がってる…月明りが綺麗な夜だ…
「灯~!!あんたは本当心配掛けて!!」
「うわっ!な、奈々ちゃん!!」
しんとした空気を打ち破ったのはやっぱり奈々ちゃん。久しぶりに再会した母親の如くわたしをきつく抱きしめるとそのまま頭を撫でまくってきた。
「でもどうして奈々ちゃんここに?熱で休んでたんじゃ…」
「灯のピンチに寝てられないってーの!!日向の馬鹿から馬鹿みたいな声で連絡来てね…ここまで運ばせたってわけ!」
「なるほど…奈々ちゃん恰好良かった…」
「当たり前でしょ!あたしを誰だと思ってんの!?」
「うん、さすが奈々ちゃんだね!頼もしい!!」
得意げに胸を張る可愛くも逞しい奈々ちゃんの姿を見ると安心して元気が出てくる。その後ろで底抜けに明るい笑顔を浮かべる日向君も同じく…
その隣には蒼もいつのまにかいて、いつもの無表情。何の感情も感じられないクールフェイス…それを見ても安心してしまうわたしは本当に恋に落ちてしまったのだろうか?
あの台詞やあの時抱きしめられた時の感覚や余韻がまだ残っていて、安心しながらも胸は高鳴りっぱなしで…
「…あ、あの…」
「三島さん!ごめん、すっかり忘れてた…」
のほほんと和んでいると三島さんから遠慮がちに声を掛けられ、わたしは彼女の存在を今更ながら思い出したのだ。
「何この可愛い子!?あかりんの友達!?」
「…み、三島美波です。」
「みなみちゃんね!スッゲー綺麗な髪してんな!!」
と、さすが日向君…。さっそく赤毛の美女、三島さんにグイグイせまり…
まぁ、当然奈々ちゃんに張っ倒された。
はぁ、なんかようやくいつもの風景って感じだ…
「三島さんはなんでここにいるの?」
「み、三島さんはわたしを助けようとしてくれて…ね!それで一緒に閉じ込められちゃったの!!」
「…ふ~ん…ま、いいわ。そう言う事にしておく。で?なんで灯を助けようとしたの?」
「…奈々ちゃん…あのね、三島さんは駒井さんに虐められてて…」
ことの成り行きを全て知っているかのような奈々ちゃんの物言いに、わたしは仕方なく三島さんの話をした。
駒井さんに髪を切られて虐められていた事…脅されて仕方なくわたしを閉じ込めてしまった事、放っておけず助けに来てくれたことも…
「…ひでぇ…」
「本当!駒井って最悪!!」
案の定の二人の反応と蒼の無反応…。三島さんは恥ずかしそうに俯き、被っていたウィッグを握りしめ…
「…私、明日からこの髪で行こうと思う…もう駒井さんに負けたくはないから…」
「うん、良いと思うよ!わたし三島さんの髪好きだもん。」
「中々良い根性してんじゃない!あたしに出来る事あったら協力するよ!」
「俺も俺も!!みなみちゃんの髪の色スッゲーカッコいいよな!!隠してたら勿体ねーって!!」
「…まぁ、そうだな…頑張れ…」
いつの間にか三島さんもわたし達四人の中に溶け込み、なんだか嬉しそうだ。
良かった…。きっとこれからが辛いけど、わたしも協力して助けないと。奈々ちゃん達もいれば心強いし。
こうして、色々あった夜はまた過ぎていく…今夜はやけに賑やかに…でも穏やかに…
そしてまた朝がいつも通りやって来るのだ。
*****
「灯、起きて…ないよな…」
と、いつもの台詞を呟き部屋をノックし入って来るお隣さん…
しかしわたしは…
「おはよう!蒼!!」
「起きてたのか…」
「いやぁ~!!早起きっていいね!!」
「お前やけに朝からテンション高いな…」
と、いつもと違うパターンに少しだけ驚き、それを見てわたしは少しだけ満足そうに笑った。
わたしは蒼が好きだ…
だから、これからは迂闊に寝起き姿を見せたりなんかしないんだ。
「…リボンもちゃんと結んで寝癖もついてない…」
「わたしだって女の子だもん。身だしなみはきちんとしないとね?」
「…そうだけど…なんか…」
綺麗に結ばれたリボンに綺麗に整えられた髪…いつもと違うわたしの姿を見て蒼はまた驚いたのだろう。じっとわたしを見て固まっていた。
ふふ、そうやって変化する幼馴染みを見て驚くがいいわ!これはまだまだ序の口なんだから!!
いつもこっちが驚かされてドキドキさせられているんだから。たまにはわたしだって仕返ししないと。
「…なんか寂しいな…」
「え?」
「…いや、いつもリボン結び直して寝癖直してっていうのが俺の習慣だったから…お前もう少しぽやぽやしてていいぞ?」
「は、はぁ!?何言ってんの!?」
「俺が隣にいられる間は俺がしてやる…その方が落ち着くし…」
「なんで!?もう!馬鹿な事言ってないで行くよ!!」
はぁ…またドキドキさせられた…
なんでこいつはこう無意識にわたしのキュンツボを突いてくるんだろう?
これも惚れた弱みって奴なんだろうか??