第20話 海と恋とお隣さん
文字数 5,861文字
そして聞こえる波の音…
キラキラ輝く砂浜…
夏の日差しの輝きに負けないくらい
キラッキラの笑顔を浮かべ、
はしゃぐリア充達(特にカップルとか)…
ああ、海…浜辺で青春を謳歌する人達…
海できゃきゃっと仲睦まじい恋人達…
そして聞こえる波の音…
海よ、わたしはあなたが…
大嫌いです…
花森灯心のポエムより。
「…り…灯!!」
「はっ!?こ、ここは…!?」
心の速攻ポエムを脳内披露していたらいつの間にか気が遠のいて眠っていたらしい。
突然奈々ちゃんに揺すり起こされ現実へと引き戻された。
バスを降り、歩くこと暫し…
現れました青き夏の青春の水辺!!海!!
あ~…帰りたい…
なんでこんな事になったんだっけ??
そうだ…元はと言えばいつもの様に遊び番長の日向君の発言から始まったんだっけ。海に行きたいって言うわたしにとって迷惑この上ない提案から。
わたしは昔から海と相性が悪かった。
そもそも破滅的な運動神経の無さと鈍くささのせいで(あとは努力の有無)泳げないし…
あれはそう…確か小学校へ上がる前の話…
灯ちゃんと海の物語始まり始まり~…
小さな灯ちゃんは初めての海を前に大はしゃぎ、お隣さんの蒼君はそんなハイテンションな灯ちゃんをこの時から冷静に眺めていました。
そして…いざ初海へ!!短い脚で海に向かって走る灯ちゃん、それを少し心配そうに見守る蒼君…
そして、悲劇は起きたのです…
小さな灯ちゃんに襲い掛かって来たのは急な高波でした…蒼君は大慌て(見た目は落ち着いていた)、灯ちゃん大パニック…
しかしこんな事で小さな灯ちゃんの海への好奇心は抑えられませんでした。めげずに今度は海の中へ…
あまりのハイテンションで忘れていたのでしょう…泳げないという事に。それでも足の着く限り、灯ちゃんは前へと進んで行ってしまいます。
蒼君はそんな彼女の様子を内心ハラハラしながら見守っていました…嫌な予感を感じながら…
そして数秒後…蒼君の嫌な予感は的中しました。灯ちゃんが溺れて波に流されているではありませんか!!
灯ちゃん本日二度目のパニック…すぐさま両親を呼んで助けに向かう蒼君…
しかし灯ちゃんの好奇心はまだ抑えられません。今度は慎重に再び海の中へ…
お隣さんの蒼君はもう気が気ではありません…もう嫌な予感しかしませんでした。
すると…またもややはり悲劇が起きたのです…
小さな灯ちゃんの可愛らしい脚に何かがチクリとしました…そう、海に住む透明な怪物さん…海月さんでした。
灯ちゃんまたもや大パニック…今度こそ大泣きです。それを冷静に宥めたのは勿論お隣さんの蒼君でした。
その日の出来事は小さな灯ちゃんの純粋無垢な心に深い傷をつけるには十分でした。
そして彼女は思ったのです。二度と海なんて行くもんか!!と…
こうしてわたしはめでたく海嫌いになった。
プールは好きだけど浮輪でぷかぷか浮かんでいるだけだし。泳げないから。
なので日向君が前々から『海に行こうぜ!』と張り切って提案する度どんなにハラハラした事か…嫌な予感しかしなかった。
そして本当に嫌な予感が的中。今に至るわけだ。
「…灯、お前浮輪があるからって油断するなよ?」
「…海には入らない…ずっと荷物番してるもん…」
と、折角買った水着を披露することなくパーカーを羽織り広げたレジャーシートに座る。
「灯~!!何やってんの!?早く泳ぎに行こうってば!!」
「そうだぜあかりん!だからそのパーカーを…ごふっ!!」
「…海でさっそくセクハラしてんじゃないわよ…変態が…」
ああ、この二人…海でもどこでも通常運行だな…
水着姿の眩しい奈々ちゃんに殴られ顔を踏まれる日向君…その顔がどこか幸せそうなのは何でだろう?
この二人…本当何とかならないのかな…わたしも人の事言えないけど…
「あ!美波ちゃんもスッゲー可愛いじゃん!!」
「お前はなんでも可愛いんだろ…水着姿の女の子見りゃ…」
「当たり前だろ!海だぞ!!そりゃ水着だろ!?」
「欲望丸出しだな…お前泳ぐ前に監視員さんに捕まるんじゃね?その方が良いような気もするけど…」
と、水城君にまで呆れられる日向君…。その後ろには遠慮がちに立つ美波ちゃんの姿もある。
「日向君、正直なのは良い事だけどそんなあからさまだと奈々絵ちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「え、ええ!?マジ!?」
「マジよ!日向君奈々絵ちゃんの事好きなんでしょ?奈々絵ちゃん凄く可愛いからナンパとかされて持ってかれちゃうかも…」
「ナ、ナンパ!?確かに…ななちんは凄く可愛い…ちょっと忘れかけてたけど見れば美少女なんだよ!格好良いとばかり思ってたぜ…くそっ!!」
「確かに奈々絵ちゃん凄く男前でもあるけど…ほら!日向君がいつまでもふらふらしてるから奈々絵ちゃん愛想尽かして泳ぎに行っちゃったじゃない!急いであと追わないと!!」
「お、おう!!待って姉さ~ん!!」
美波ちゃん…あの時よりも随分逞しくなったなぁ…元の性格に戻ったって言うか…
オロオロする日向君を叱咤して急き立てるその姿はまるでしっかり者のお姉さんのようだ。
けど日向君…姉さんって…まだそれ引きずってるの…?
「三島随分逞しいんだな。何か意外…」
「え、ええ!?私そんな風に見えた?」
「うん。葉月みたいだった。」
「な、奈々絵ちゃんみたい…?日向君に悪い事しちゃったかしら…暴走しないと良いけど…」
急にしゅんとなり恥じらいなんか見せ顔を赤くする姿もまた可愛い事で…。というか水城君と美波ちゃんて結構仲良さそうなんだよね…
水城君…実は美波ちゃん好きとか?つい最近までわたしが好きって言ってたくせに。なんか調子良いな…
どうでもいいけどさ…美波ちゃんは同性のわたしから見ても可愛くて凄く良い子だし。
「花森、お前何で座ってんの?折角海来たんだし泳ごうぜ?」
「そうよ、灯ちゃん!折角可愛い水着買ったんだから!!」
「マジ?どんなの?」
「水城君、日向君の事言えないわよ…はぁ…」
「悪い悪い!冗談だって!!雛森もそんな不審者見るような目で見るなよ…悪かったって…!!」
と、蒼を見上げると…確かに不信感100%の目をしていた…
さりげなくバスタオルなんか被せてくる辺りが特に…
「…お前灯に近づくな…」
「冗談だって言ってるだろ!!日向じゃあるまいし…」
「ま、まぁまぁ!!折角なんだし泳ごう?日向君と奈々絵ちゃん既に楽しんでるみたいだし…ね?」
楽しんでる…?あれは楽しんでるのかな…??
本気で泳ぎ始める日向君の後ろから喝を飛ばし罵りまくってる奈々ちゃん…そんな二人の姿が楽しそうに見えるのかな??
い、いや…あれはあれで楽しいのかも…
「…二人とも先に…俺はこれから灯の浮輪を膨らましてやらなきゃならないし…」
「ああ、花森それないと沈みそうだもんな!!」
「灯ちゃん…もしかして全く泳げないの?大丈夫?」
「…犬かきぐらいは出来る…はずだ…多分…」
犬かきって…確かにバタ足くらいは出来るけど…そんな不安げに見なくても…
少し心配そうにしながらも水城君と美波ちゃんも海へと向かい…わたしと蒼二人きりになった。
ああ、もう帰りたい…でもかき氷くらいは食べたいなぁ…
「……」
「な、何!?泳がないの?」
俯いて座っているわたしの隣に蒼が無言で座りドキッとした…。
だっていつもはほら!服着ているわけで…今は水着姿で…その、上半身は露わなわけだ。
日焼けはしない体質だって知っているから肌はどっちかと言うと白い方だけど…
ちらっと盗み見るように蒼へと目を向けると丁度むき出しの腕が足が…!!いや、夏だから半袖とか普通に着ているから腕は特に特別ってわけじゃないけど!!
陸上をしているからか…やっぱり足には程よく筋肉がついていてしっかりしている…腹筋とかも…
…って何そんなじろじろと見てるんだわたし!!これじゃあまるで変態じゃん!!けどすぐ近くに蒼がいて…しかも今わたしは彼が好きで…
好き!?わ、忘れそうになってた…!!わたし蒼が好きだったんだ!!
そ、そう思うと尚更心臓がバクバク言って…
「…あ、蒼!パーカー着て!!」
「ん?ああ…でも俺は別に日に焼ける体質じゃ…」
「いいから!!そ、それか泳いで来たら?折角海来たのに勿体ないよ?わたしは嫌いだし別にいいんだけど…」
そうだ…この胸の高鳴りをちょっとでも抑えるためにも是非ともパーカーを羽織ってもらわなければ…。妄想好きのわたしにはちょっと刺激が強すぎる…。
「…別に俺も好きじゃない…それにお前を一人にする訳にはいかないだろ…」
「別に一人でも平気だよ?寝てるかお城作ってるよ。」
「爺さんか子供かお前は…」
「じゃあ貝殻でも拾ってるよ。」
「駄目だ。それも危険だ…お前昔そうやって知らない場所まで行って戻れなくなっただろ…」
「あ~…なんかあったかも…懐かしいねぇ…」
「今でも絶対やりそうだ…」
「え?何をそんなに怖がってるの?蒼は本当心配性だなぁ…わたしなんてこんなんだし、奈々ちゃんや美波ちゃんみたいに特別可愛いわけじゃないしナンパなんてして来る変わり者いないって!」
「…何があるか分からないだろ…それが海の恐ろしさなんだ…あの時みたいに…」
「…ちょっと人の恐怖の記憶を呼び起こさせないでよ!今でもヤドカリに挟まれないかとかちょっと怖いんだから…」
「そんなこともあったな…」
「…わたし、今でも水族館の海月見るだけでゾッとするんだよ…あの透明なふわふわが…」
「…お前は本当にどこへ行っても目が離せない奴だな…必ず何か起きるんだよ…不幸な出来事的なことが…」
「…呪われてるのかなぁ…」
「あんな部活入るからだ…やっぱり俺も入部して…」
「やめて!!」
ああ、何だろう…このいつも通りのゆるふわな感じ…
これはこれで良いんだろうけど…
「ねぇ!あの人超イケメンじゃない!?」
「え!?マジどこ!?」
ああ、そしてほら。またこの展開ですよ…。
少し離れた場所からこちら…正確には蒼を見つけてキラキラした瞳で見つめるお姉様達…そして向こうも…あれは女子高生達か?
海の様にクールな蒼はやっぱりモテる…顔が良い奴はこれだから本当…
「…灯、水飲んどけ…」
「ああ…ありがとう。」
蒼は蒼でやっぱりそれらには気づかずいつも通りだし…。と言うか駅前でコンビニ寄ったのってそれ買うためだったんだ。
ここへ来る前、蒼が急にコンビニへ行きたいと言い出したので何かと思ったら…しかも2ℓペットボトルって…紙コップまで用意して…
ああ、やっぱりわたし蒼のどこが好きなんだろう…?そりゃ、助けてくれた時とか…ドキドキする事も沢山あったけど…
「なんだ?腹でも減ったか?」
「いや…面倒見良い子になったなぁって…」
「誰のせいだ…」
「まぁ、わたしのせいだよね…ははは…申し訳ない…」
「別に…謝ることはないだろ。こうやってお前と一緒にいる事は嫌いじゃないし…むしろ目を離したら…」
「…蒼は…もしわたしがしっかり者で奈々ちゃんみたいだったらどうしてた?今みたいに一緒にいて嫌じゃないって言える?」
「何だ急に…?」
一緒にいて嫌じゃないって言葉は嬉しい…でもそれって色々と面倒掛けるわたしだからって事にならない?もしわたしがちゃんとしていたら…
蒼の好きとわたしの好きは今は違う…
わたしの好きの意味が恋だとしたら蒼の好きの意味は友情…いや家族に近いと思うから。
「…葉月みたいなお前は想像出来ないからなんとも言えないけど…灯は灯だろ?それ以外の何者でもない…」
「そ、そうだけど…」
「…葉月も三島も嫌いじゃない。けど…俺はやっぱり隣にいるのは灯が良いんだよ…」
「それは色々と面倒をかけるから?」
「…別にそんなしょっちゅう面倒を掛けてるわけじゃ…いや、いつもか…でもそれ以外にもお前の良い所は沢山あるだろ?お前は気づいていないかもしれないけど、俺はお前のそう言う所沢山知ってるつもりだ。」
「…良いところって…」
「それは聞くな…回答に迷う…」
「それってはっきりしてないってことじゃ…」
「違う…どれを言ったら良いのか迷う…それだけだ。言っただろ、沢山知ってるって…」
「言いました…はい…」
何だか恥ずかしくなった。色々な意味で…。
わたしは何を言ってるんだろう…。これじゃあ本当面倒くさい女だよ…
今改めて聞かなくても蒼は前から同じような事を言ってくれていたのに…
それでも知りたくなって、聞きたくなってしまうのは我儘なのかな…それとも意地が悪いのか…
波音が聞こえ、はしゃぐ人々の声が聞こえる…
そうだ…わたし海に来てるんだ…
それなのにここまで来てこんな事言って…
でもこれではっきりしたのは…やっぱりわたしは…
「…わたしは蒼の事が好きだよ…」
そうだ…わたしは蒼の事がやっぱり好きなんだ。
そう思うと同時、言葉が無意識に口から出ていた…
ザザッ…
波の音が聞こえる…
生暖かい風が吹く…
人々がはしゃいで通り過ぎる…
隣には蒼はいつもの様に無表情に座っている…
分かっていた、こうなるだろうって…
蒼はいつだって蒼で、こんな言葉にも動揺したりしない…
けど、わたしの言葉に嘘はないのだ。
無意識に出た言葉…
けど、それは別にどうこうしたい訳じゃない。
ただ、そう言いたかっただけなのかもしれない…
「…俺も好きだ…灯の事が…」
ゆっくりとこちらに向けられた蒼の顔は相変わらず無表情だった…
そして声もいつもの様に淡々としていて…
波の音がする…
人が通り過ぎる…
そして…また風が二人の間を吹き抜けた…