第40話 お隣さんと闇病み少女
文字数 4,838文字
その日、わたしは登校するなりとてつもなく恐ろしい物を発見してしまった。
いつもの様に蒼と一緒に朝食を取り、家を出て仲良く登校…するまでは良かったのだが…
途中何もないところで躓き、昇降口の僅かな段差に足を引っかけ躓きそうになり…
それはいつもの事なので、特に気にすることも無ければ驚くことも無い…
けど……
これはさすがに……
下駄箱の蓋…それを開けるなり目に入ったのは奥に打つ付けられた藁人形!!
いつ撮られたのか分からない、焦点の合わないわたしが映った写真が一枚。藁人形の中心に五寸釘で深々と打ち付けられていたのだ。
「…の、呪いの藁人形……」
「灯、落ち着け…」
朝一番の恐怖に震え固まるわたしとは正反対。蒼はいつもの様に冷静沈着な様子で諭す。
打ち付けられた藁人形…それをじっと見つめながら…
その顔は悩む名探偵さながらであった。
「…犯人は人形好きなのか…?」
「違うよ!!呪い好きなんだよ!!」
「…でも前も人形だったし…それにこれを見ろ。」
名探偵ならぬ迷探偵蒼の間抜け推理にツッコみを忘れず、わたしはそのお間抜け迷探偵の言葉の続きを黙って待った。
「……」
「………」
無言で打ち付けられた藁人形を引き抜き(意外と力持ち)、それを暫し無言で見つめ、わたしに見せる…
「…この作りは雑すぎる…」
「どうでもいいよ!!」
「いや…駄目だろ…。どうせ作るならもっと丁寧に作った方が良い…前の人形にしたってそうだ。ドレスの方は丁寧だったが本体があれじゃ…」
と、見た目も中身も男子高校生の迷探偵蒼君。藁人形を分解し、丁寧にそれはそれは綺麗に作り直し始めた…
な、なんだろう…この図?朝から昇降口で藁人形に駄目出しした挙句作り直してるって…。
「…こうするべきだろ。」
「どうせ釘打ち付けるんだから綺麗に作る必要ないよ!!」
「…しかし…一体誰がまたこんな陰険な事を……」
わたしのツッコミをさらりと無視し、蒼は再び考え込む…
五寸釘を打ち付けられたおかげで穴の開いてしまったわたしの写真(しかも顔面…)、そして綺麗に作り直された藁人形…
何か蒼が綺麗に作ったものだから、藁人形がどっかの伝統工芸品みたいに見えて来た…
そんなコントの様な迷探偵劇を繰り広げている間に、いつの間にかわたし達の周りに生徒達が集まって来てしまっていた。
朝、登校する生徒が必ず通る昇降口…そこで蒼が藁人形を作り直し考え込む……
通りすがりの生徒達の注目を集めるには十分すぎる条件が揃っている…
は、恥ずかしい…!!蒼はイケメンで隠れファンが多いから余計目立つんだよ!!
「…まさか犯人は…この藁人形を見て慌てふためく灯の姿を見て喜んでいるのか?」
「…そうだろうね…」
「…一体誰が…」
「堂々とは見に来ないだろうね…」
「…物陰か…なら…あの掃除用具入れの中か?」
「蒼ったら…そんなバレバレの場所から覗くわけないじゃん!わざわざ中に入ってまで…奈々ちゃんじゃあるまいし…」
今日の蒼は朝からよく喋り、行動的だな……
言っていることは馬鹿っぽいのが凄く残念だけど…
わたしの冷静なツッコミに耳を貸さず、蒼はツカツカと掃除用具入れまで歩いて行く…
あ~あ……これで誰もいなかったらかなり恥ずかしいな…
誰もいないと思うけど……
生徒達の視線を一身に浴びている事にも気づかず気にせず…蒼はそっと掃除用具入れの扉に手を伸ばした…
そして……
ギィィィ……
やたら錆び付いた不気味な嫌な音を立て開く…
「…蒼、何もなかったでしょ?ほ、ほら!!教室行こう?これ以上恥を晒さないで!!」
無言で立ち尽くす蒼の背中を見詰め、何とか腕を引っ張るがびくともしなかった…
何この迷探偵…!?掃除用具入れの何にそんな惹かれているの??
「…いた。」
「そうだよ!本当痛いから!!」
「そうじゃない…居るんだよ…」
「何が?」
「人が……」
「え?ええ!?」
慌てて蒼の背後から、掃除用具入れの中を覗き込むと…
そこには一人の女子生徒が体育座りで収まっていた。
学校指定のピンクのセーターに黒いロングストレート…目に掛かる程伸びた前髪…
こ、これは…まさか……!?
「トイレの花子さん!?」
「人だろ……」
「貞〇!?」
「いや、人だ…」
「…し、東雲先生!!先生呼ばないと!!」
「必要ない。人だから。落ち着け灯。」
彼女を取り巻く深い闇の負のオーラーにこの外見…そして薄ら暗い掃除用具入れ…
動揺恐怖し慌てふためくわたしとは正反対に、今度は蒼が冷静なツッコミを入れわたしを諭す…
その間も、その女子生徒は微動だにせず…何故かわたしを物凄い怖い形相で見つめていた…
こ…怖いよぉ……
助けて奈々ちゃん!!東雲先生!!
「…とりあえず…おい…」
「…!?」
蒼が屈みこみ、女子生徒を引っ張り出そうと手を伸ばすとようやく反応を見せた。
びくんと肩を震わせ、物凄い怖い形相で…今度は蒼を見つめていた…
こ、怖い…怖すぎる…!!
とりあえず何か言葉を…喋って!!
「……」
「ど、どうしたの蒼??」
「…葉月とかいないのか?なんか…ちょっと怖い(小声でぼそりと)…」
「き、気持ちは分かるけど!!」
さすがの蒼も恐怖を感じたらしい…
逞しい男前美少女、奈々ちゃんの姿を探し求める程…
「…花森さん、雛森君?どうしたの??」
そんな時だった。救いの女神が現れたのは…
ピンク色の学校指定のセーターに、サイドをピンクのリボンで結んだ黒髪美女…とってもいい子だと思われる花咲さん!!
不思議そうに首を傾げながら、わたしの背後から覗き込む…
「…七瀬さん??何してるの??」
「…!?」
「…どういう事??」
当然の疑問をわたしと蒼にぶつける花咲さんは、依然戸惑った表情を浮かべ首を傾げていた…
無理もない…だってわたしも聞きたいもん。
『何があったの??』って……
「…七瀬さん、とりあえず出て来なよ。そんなところにいたら制服汚れちゃうよ?」
「…あ、う……」
「ほら、早く早く。」
「ああ…うう……」
しゃ、喋った!?でも呻き声みたいに聞こえるのは何故!?
うう…やっぱり怖いよ……
わたしは無意識のうちに蒼のコートの袖を掴んでいた…
当然足はがくがくである…
そして蒼も…わたしを庇う様に立っているのが頼もしい…
花咲さん…なんで動じずにいられるの!?
凄すぎるよ……
「もしかして…何かに足が挟まって動けないの!?」
「…そうなのか?」
「大変!!雛森君!早く七瀬さんを引っ張り出してあげて!!」
「任せろ…」
何故そうなるの!?
花咲さん…しっかり者に見えて実は結構天然なのかな??
蒼もそうだし…
てか『任せろ』って…蒼……
「よし、待ってろ…じっとしてろよ…」
「ひっ!?」
ドカッ!!
「っつ……」
女子生徒…七瀬さんとやらは……
手を伸ばして来た蒼の顔面に向かって箒を叩きつけた…
固い柄の方を思いっきり……
直後周りから悲鳴(主に女子達)が上がった…
「…あ、ああ…いや…」
「…おい…いきなり何を…」
「い、いやぁ~~~~~!!」
ドカッ!!
七瀬さんは突然悲鳴を上げると、蒼を突き飛ばし物凄い速さで走り去っていってしまったのだった…
後に残るは……
突き飛ばされ尻餅をついた形で呆然とする蒼と…同じく呆然と佇むわたしと花咲さん…そして野次馬の生徒達だった。
い、一体なんだったの??あの子は??
「…七瀬さんどうしたんだろ…普段は大人しい子なのに…」
「…俺は何かしたのか?悲鳴をあげて逃げられた……」
心配そうな花咲さん…そしてあの反応がショックだったのか…ちょっと落ち込んでいる様子の蒼…
野次馬も徐々にばらけ、それでも三人そろって暫く呆然としていると…ようやく奈々ちゃんがやって来た。ついでに日向君も。
「…あんた達何してんの?」
「なんだ!?蒼!!どうした!?何があった!?」
「雛森君…ついに灯を持ち上げてぎっくり腰?若いのにあんた…」
いやいや奈々ちゃん……
そんな気の毒そうに蒼を見ないであげて…!!
「…ん?何これ??」
「スッゲー!!何かスッゲー黒い本!!」
「見りゃ分かるわよ馬鹿日向……」
奈々ちゃんがふと拾い上げたのは…
日向君の言った通り…真っ黒で怪しげな分厚い本だった。
黒塗りのハードカバーの表紙…そこに赤い文字で書かれたタイトルは…
「『これで貴方も魔法使い☆簡単お手軽呪いのおまじない全集!』……って何これ?」
「タイトル長くね?」
「それ関係ないし!てかこれ誰の……まさか!花咲さんあんた!?」
「る、瑠璃ちゃんがそんな事するかよ!!」
と、すかさず庇う日向君。
てか瑠璃ちゃんて…馴れ馴れしいな…
「ち、違うよ!私さっき来たばかりだし…ね?」
「う、うん!!花咲さんは無実だよ!!」
「ああ、花咲は無実だ……」
「じゃあ誰よ!!花咲さんしか怪しい奴いないじゃない!!」
『だから違うって!!』
奈々ちゃんの悪い癖はこう言った早とちりな暴走だ…
花咲さんに詰め寄り、今にもか弱い彼女の胸倉を掴みそうな勢いの奈々ちゃんを慌てて止めるとなんだか今更ながらどっと疲れが出て来た。
この呪いの本…さっきのあの子が……!?
で、でも人を見た目で判断するのは良くないし!そ、それに違う真犯人が落としていったのかもしれないし!!通りすがりの駒井さんとか!!
ああ…で、でも!!駒井さんはこんな手の込んだ面倒臭い事しそうにないし!!ああ、でも蒼に簡単に人を信用するなとも言われているし!!
ああ~~~!!も~~う~~!!
「…あいつじゃないか?」
「蒼!!奈々ちゃんみたいな早とちりはやめて!!」
「そ、そうだよ雛森君!!七瀬さん、確かにそう言う本好きだって話聞いたことあるけど!!」
「…それ、決定じゃないか?」
「雛森君そんな人だったの!?酷いよ!!」
「そうだよ!大体蒼は人を疑い過ぎだよ!!」
蒼の冷静な意見に猛反発するわたしと花咲さん……
奈々ちゃんは離れたところで呆れ、日向君は何故か興味津々で例の本を読んでいた…
「…あんた達ねぇ…そこまで証拠揃ってんなら決定だってば…灯はともかく…花咲さんも案外お人好しなのねぇ…」
「…葉月に同感だ。それに…これを見ろ…」
依然冷静な蒼は、掃除用具入れの中から鞄を取り出し中身を開いて見せた…
そこには…黒いドレスを着た見覚えのある呪いの人形と、藁と五寸釘の束が詰まっていた…
こ、怖い……!!何このカオスな鞄!?
「…あいつの忘れ物だ…これでも違うと言うのか?」
「げっ…何これ怖っ!?ていうか…な、何これ!?灯の写真じゃん!!」
「…やぶったり、顔が塗りつぶしてあるな…惨い事を…」
「てか…雛森君の写真もあるんだけど!?しかも大量よ!?」
「…いつの間に…何か寒気して来た…」
「そりゃそうでしょうよ……」
バサバサバサ……
奈々ちゃんが鞄をひっくり返すと…
カオスな呪い道具(?)と一緒に大量に出てくる蒼とわたしの隠し撮り写真達……
ただし…わたしの写真はびりびりに切り刻まれたり、顔を黒く塗りつぶしてあったりと…見るからに憎悪の塊の様な出来上がりになっている。
「…これ!!雛森君の入浴の…!!」
「え!?どこどこ!?」
「わ、私も見たい!!」
「…ははぁ…中々良い体してますなぁ…ふへへへ…」
「奈々ちゃんそれセクハラ!!」
「葉月さん顔がいやらしいよ!!」
食い付くわたしと花咲さんには見せず…奈々ちゃんは一人蒼の入浴写真を見つめでへへと笑う…
まるでそれはエロオヤジ……
奈々ちゃん本当…残念だな…美少女なのに!!
当然素早く蒼に没収され、残りの写真も彼によって処分された。
「…と、とにかく!犯人は分かった…あとはとっちめるだけよ!!」
気を取り直し…格好つける奈々ちゃん。
明後日の方へ人差し指をビシッと立て、犯人を捕まえようとするやんちゃ刑事の如く目を輝かせ意気込んでいる。
だ、大丈夫かなぁ……
いや、奈々ちゃんに任せていいのかな??
何か…七瀬さんの身の安全が心配……!!