第1話 わたしとお隣さん
文字数 4,348文字
受験とは戦いであると思い知った。これがまた二年後くらいにあるかと考えるとまた胃が痛くなりそうだから今は考えない。
それよりも…せっかく胃まで壊して花の女子高生になったんだ。今度こそ青春しないと損だ!!
新しい制服に身を包み、いつもより念入りに身支度をして鏡の前で笑顔の練習。
よし!完璧だ!!今度こそ少女漫画のようなドキドキわくわくの学園生活を満喫しないと!!
本当はセーラー服に憧れていたけど、ブレザーなのは我慢我慢。赤いリボンは中々可愛いし!
気合を入れ、新しい生活に胸を膨らませ部屋を出たあの時…
あれはなんだったんだろう?たかが高校生、学校が新しくなったくらいでわたしは何を色々と妄想を膨らませ期待していたんだろう?
高校生になって一カ月…あまり変わらない平凡な日常を送りながら、あの時の気持ちに凄く嫌悪する。それが今のわたしだった。
「はぁ~…どっかにイケメンが転がってないかなぁ…」
五月、ゴールデンウィーク前日の朝。登校するなりそんな痛い言葉を呟いてみる。
小柄で貧相な体系なうえに地味、賢くなければ運動が得意というわけでもない。むしろ苦手で鈍くさい。よく何もないところで躓くほど。
そんな見た目も中身も冴えない女子高生であるわたしはこれといった特技もなく、主張もなくただ流れるままに日々を過ごしている。それはもう地味に適当に。
その癖妄想力だけはあるらしく。自分の実生活とは程遠いドキドキときめきだらけの少女漫画を読んでは胸をときめかせ、『いつかわたしにも素敵な王子様が!!』と夢を見ている。
けど、実際そんな都合の良い王子様なんて現れるはずもない。現にクラスの男子達なんて中学生の延長みたいなものだ。永遠に中二病患ってろって感じのなんて幼稚でくだらないことか。
「レアキャラゲットしたんだけど!凄くね!?」
「今月の表紙ゆなたんだ!マジやばい!!」
口を開けばやれゲームだのやれアイドルだの…そりゃ気持ちは分かるけど。わたしだってイケメンアイドルなんかテレビで観れば大はしゃぎだし。
「何?またメルヘンワールドに行っちゃってるの?灯?」
スマホ片手に集まり騒いでいる男子達を冷めた気持ちで眺めていると、突然肩を強く叩かれたのでわたしは椅子ごとひっくり返るくらいびっくりした。
見上げれば、呆れ顔で見下ろす美少女が一人。色白で華奢な身体に綺麗な黒髪ツインテールにぱっつん前髪。まるでアニメの美少女キャラクターを等身大にしたように可愛らしい。
「奈々ちゃん!び、びっくりしたぁ…」
「いや、びっくりしたのこっちだから!いきなり椅子ごとひっくり返んなって…」
『ほら立ちな』と顔に似合わず男前な仕草で手を貸す彼女は
入学当時席が近かったこと、彼女の人見知りしないサバサバした性格のせいもありすぐに打ち解け仲良くなった友達。
初めて見たときはなんて美少女なんだろうって思ったけど、今は可愛いというより格好良いと思っている。本当中身は男前で頼もしいから。
「奈々ちゃんは本当イケメンだね~…」
「まあね!灯は相変わらず脳内お花畑だけど…」
「そんなメルヘンな脳内してないよ。はぁ、奈々ちゃんが男だったらなぁ…絶対イケメンの頼れる王子様なのに。」
「…あんたまだそんなこと言ってんの?てかさ、イケメンの頼れる王子様ならちゃんといるじゃん?」
「え!?どこに!?」
「あんたの隣に。てか、今真後ろ?」
「背後霊類なの!?」
「いや、ちゃんとした生身の人間だって。あたし霊感とか全くないし!!」
冷静にわたしの後ろを指さし指摘する奈々ちゃん。振り返ると…。そこには確かにイケメンが立っていた。絵に描いたようなイケメンが。
スラリとした長身にサラサラの黒髪、切れ長の涼し気な瞳。地味な紺のブレザーも彼が着れば立派に見えるからなんだか納得がいかない。
そんな完璧なクールビューティーなイケメンは、頭を摩るわたしを無言無表情で見下ろしていた。如何せん、あっちは長身でこっちは小柄だから。
「あんたが椅子ごと倒れたの見てすっ飛んできたよ…」
「……」
「なんか言いなって!無言で小柄の灯見下ろすのやめてあげて!!」
相変わらず無言無表情の彼は何を思う。恐らくいつものわたしの鈍くささに呆れているんだろうけど。
わたしと同じく中々可愛い名前をしている彼は、今無表情にわたしを見下ろしているが、別に見下して馬鹿にしているわけでも怒っているわけでもない。
常に冷静無表情なのが蒼。滅多なことでも動揺しない鉄の心臓の持ち主。なのかただ単に何も考えていないぼーっとした奴なのかもしれない。
それは十三年間お隣さんでほぼ一緒に時を過ごしたわたしですら未だに謎だ。何を考えているのかすら分からなくなるくらいだ。
「雛森君!この夢見がちなメルヘン娘なんとかしないと!!やばいってマジで!」
「…俺にどうしろと?」
「幼馴染みとして心配じゃないの?このままじゃこの子一生お嫁さんにいけないよ?『王子様がいつか迎えに来てくれるのぉ~♡』って夢見ながら年だけくっていくのよ?」
「…それは…そうなのか?灯?」
「見てて気づかないの!?」
「灯は昔からこんな感じだし…」
「…ま、まぁ…だろうね。想像出来るし。」
自分で言うのも悲しいけど、わたしは昔からこんな感じでぼんやりしている夢見がちなうっかりさんだ。
昔、近所で子供を狙った変質者が徘徊していると噂になった時、わたしはうっかり一人で下校し、案の定変質者のターゲットとなって連れさられそうになった…らしい。
いや、当時わたしは普通にお菓子を恵んでくれた親切なおじさんだと思っていたから自覚がなかった。
そんなわたしの後を走って追って来た蒼が救出し、事無きを得たということが多々ある…
その他にもうっかり躓いて車に跳ねられそうになったり、うっかり崖から足を滑らせそうにになったり…ことある度に救われてきた。彼に。
そのせいかわたしはこんな感じでぼんやりしているが、蒼は年の割に落ち着きがあり過ぎるしっかり者の少年へと成長を遂げた。
そして…わたしに対してかなりの過保護になった。今じゃもうただの幼馴染みというよりは保護者みたいな感じだし。
今もわたしが驚いて椅子ごと倒れたことにいち早く気づき、駆け付けてきたのだろう。絶対そうだ。
奈々ちゃんに何か煩く言われながらも冷静にわたしの頭の様子を見ているし。怪我でもしていないのかと。
「蒼、大丈夫だから…わたしの頭が石なの知ってるでしょ?」
「それとこれとは違う。確かにお前の頭突きは凄いけど…打ち所が悪かったらどうする。」
「少し頭が悪くなるだけだって…」
「これ以上馬鹿になってどうする?」
「うっ…た、確かに嫌だ…」
冷静な蒼の突っ込みに、わたしは何も言い返せなくなった。
こいつ…昔から無駄に顔だけ良いってだけじゃなくて、頭もついでに運動神経も良かったんだっけ。何から何まで完璧ってつくづく嫌な奴だ。
「…雛森君て本当お父さんだね。灯の。」
「俺はお前と同い年だ。」
「いや、例えだって。クソ真面目な頑固親父って感じ?いや…それとも寡黙なお父さん?どっちにしろ、灯の半分は雛森君の優しさで出来てるのね。」
奈々ちゃん…そんなわたしをどっかの鎮痛剤みたいに例えなくても…
友人の言葉になんだか複雑な気分になった…
「お~す!蒼!ついでに奈々ちんとあかりんも!!」
三人で他愛のない会話をして過ごしていると、金髪ピアスのど派手な少年がとびきり元気に登場した。
蒼と同じくらい長身だけど、この見た目に真っ赤なフード付きのパーカーといった制服の着崩し方…いかにも『不良でチャライ男』といった感じだが、釣り目気味の瞳は中々愛嬌がある。
「あんた相変わらず馴れ馴れしいわね。つか髪色変えた?」
「あ!わかっちゃった!?明日っからゴールデンウィークだしさぁ!」
「浮かれすぎだろ!まぁ…赤より大分マシだけどね。」
奈々ちゃんから突っ込まれ、嬉しそうに笑うこのど派手な少年は蒼の友達の
性格は蒼と正反対でお調子者の女好きな単純直情型。人懐こくお人好しなので憎めない良い奴。本当考えていることが分かりやすい。
「あかりん相変わらずちっせ~な!俺の鞄に入るんじゃね?」
「いや、それはさすがに無いから!!というか…日向君の鞄なんでいつもそんな大きいの?何が入っているの?」
「昼飯に決まってんだろ?俺すぐ腹減るからさぁ!」
「昼飯って…その鞄の大半が!?」
「うん。お袋が張り切って作ってくれんだよなぁ、『蒼君にもたべさせてあげて!!』ってさぁ!お袋蒼に惚れてんだよ!」
「…ああ、顔だけは良いからなぁ…」
「うん。こいつあんま喋んねーし笑わねーし。女子もなんでこんな奴好きになるか、俺わかんねぇもん。」
やっぱり…大らかな日向君でも分からないか。蒼のモテっぷりは。
わたしも蒼の
顔
は好きだ。だってやっぱり恰好良い。イケメン好きのわたしが好きにならないはずがない。けど…十三年も一緒にいれば綺麗な顔も見慣れるからときめかなくなるし、性格がこんなんだから恋愛対象として鼻から見ていない。
良く『灯はイケメンの幼馴染みがいて羨ましい~!!』とか言われるけど、優越感なんて全く感じない。むしろ戸惑っている。
本当女子ってなんでこんな何考えてるのか分からない奴にあんなにもときめくことが出来るのか…
「何だ?」
「いや…よく見ればイケメンだなぁって思っただけ。」
「なんだ気持ち悪い…」
「だよね…ははは…」
そんなやり取りもいつものこと。
つまりわたしと蒼、お互いの間に恋愛感情なんて全くないわけだ。
それはきっとこれからも変わらない…そう思っている…