Interlude2

文字数 2,762文字

 反連邦組織を外縁星系(コースト)に封じ込めるため、第一世代加盟国と外縁星系(コースト)諸国とを結びつける極小質量宙域(ヴォイド)近辺には、それぞれに銀河連邦軍が展開していた。該当する極小質量宙域(ヴォイド)の数は二十以上に及ぶため、配備された部隊のひとつひとつは小規模だったが、それでもテロ組織の活動程度に対応するには十分すぎる戦力である。
 だが、相手が外縁星系(コースト)の各国が所有する軍事力となれば、話は変わる。
 銀河連邦軍はあくまで連邦全域を防衛するための軍事力であり、これとは別に加盟各国も独自の軍事力を備えている。ひとつひとつは連邦軍全体と比べれば微々たるレベルだが、極小質量宙域(ヴォイド)近辺に展開する部隊程度では、さすがに太刀打ち出来るものではない。
 しかも非連邦の国家組織やテロ・海賊行為等に従事する犯罪組織ならともかく、相手は曲がりなりにも連邦の正式な加盟国である。その加盟国が複数揃って、中央に対して公然と叛旗を翻すという、銀河連邦史上初めての事態を迎えて、連邦軍が躊躇してしまったのは否めなかった。
 結果、初動の遅れた軍が到着する前に、外縁星系(コースト)諸国の政府による保安庁各支部の接収は全て完了してしまっていた。そこに至るまでに流血が流れたか否かの違いはあるにせよ、だ。
外縁星系(コースト)諸国の一斉蜂起とは、よくもまあ画策出来たものだ」
 広々とした博物院長室の空中に映し出された、巨大なホログラム映像の天球図の中で、外縁星系(コースト)諸国と連邦軍の一連の動向が再現される。その一部始終を見届けて、アンゼロ・ソルナレスは思わずそう呟いた。
 外縁星系(コースト)諸国は互いに連絡を取ろうにも、移動新法によって行動は厳しく規制されていたはずだ。どのようにしてタイミング良く行動を起こすことを可能にしたのか、興味を抱かずにはいられない。
(反連邦組織ばかりが注目されていたけど)
(まさか政府が自ら行動を起こすとは、驚いたね)
(切欠そのものは明らかだ。先日の連邦評議会でジェネバ・ンゼマが提案した、特別対策本部の解消が否決されたためだ)
(あれでいよいよ外縁星系(コースト)諸国も、中央に対抗する腹を決めたわけね)
(約束事そのものは至ってシンプル。ジェネバ・ンゼマのジャランデール帰国当日を決行日とすること、各国政府が保安庁各支部を接収すること)
(だが協調して実施するためには、事前に各国間の緊密な連絡が必要だよ)
外縁星系(コースト)諸国の政府は、どうやって互いに連絡を取り合ったんだろうね)
(地下に潜伏する反連邦組織どころじゃない、厳しい監視がついていたはずなのに)
 今回の外縁星系(コースト)諸国の一斉蜂起は、《スタージアン》に連なる思念たちも予想外の出来事であった。その意図は推察出来るにせよ、手段について見当もつかないことが、彼らを興奮させている。
「もしかしたら、私たちも知らない連絡手段があるのかもしれないよ」
 空中に浮かぶ真っ黒な球体を眺めながら、ソルナレスが口にしたその言葉は、思念の群れの中にさらなる驚きと期待感を醸成する。
(だとしたらどのような手段か、是非知りたいね!)
(もしかして、極小質量宙域(ヴォイド)を超越した通信手段が、秘かに確立されていたとか?)
(いやいや、さすがにそれなら、我々の耳にもなんらか情報が入っていても良さそうなものだ。期待しすぎると、後で肩透かしを食らうぞ)
 一層ざわめきを増す思念たちの交信をよそに、ソルナレスは天球図に向かって右手の人差し指を立てて、その指先を細かく左右上下に動かしていた。天球図はその都度特定の星系・宙域を拡大して、現時点で収集された情報を落とし込んだ星間情勢の詳細図を映し出す。
外縁星系(コースト)諸国は、極小質量宙域(ヴォイド)を監視する航宙局の宇宙ステーションまで、押収を始めている」
 連邦航宙局の主たる業務は、連邦域内の航宙及び通信の自由の確保にある。各星系間を結ぶ極小質量宙域(ヴォイド)近辺には航宙局管轄の宇宙ステーションが配備されており、監視対象宙域にデブリなどの予定外の質量の流入を阻止したり、往来する宇宙船の運行管理、また連絡船通信の基地として、様々な役割を果たしている。
 複数の惑星国家を繋ぐ、銀河連邦の根幹を成すのが航宙局だが、外縁星系(コースト)国家たちはその領分にまで手を伸ばそうとしているのだ。
外縁星系(コースト)国家間の極小質量宙域(ヴォイド)だけでなく、第一世代加盟国と接する極小質量宙域(ヴォイド)の宇宙ステーションも、対象にしているね)
(今回の騒動で連邦軍は分散させていた戦力を集結させたが、その際に連邦軍が引き上げた極小質量宙域(ヴォイド)ばかりを狙っている)
(これは明らかに計算ずくの行動だ)
(でも航宙局の宇宙ステーションまで手中に収めるとなると、連邦からの離脱の意志ありと取られても仕方がないわよ)
 銀河連邦の情勢は急速な変化を見せている。強大な精神感応力を持つ《スタージアン》であっても、将来を予言することは出来ない。ただ数千万人分の思念が知恵を結集して、独力よりは確度が高いであろう、予測を導き出すことは可能だ。その予測を代表して言葉にしたのは、ソルナレスであった。
外縁星系(コースト)各国が連邦を離脱するかどうかはわからないけど、第一世代と一戦を交えることになるのは、間違いないだろう」
 そう口にしたソルナレスの唇には、我知らず笑みが滲み出していた。
「戦況がどちらに転ぶかはわからないが、劣勢に陥った側が我々の権威を頼ってくる可能性はある。いよいよ《オーグ》を封じる算段が見えてきた、と言えるのではないか」
 ソルナレスの言葉に頷きながら、数多の思念が口々に語り出すのは、《スタージアン》にとって最大の関心事についてであった。
(出来るだけ派手な、大規模な衝突を期待したいね)
(まだまだ条件を満たすには程遠いわよ)
(なに、空振りに終わったとしたら、次のプランに取りかかれば良いだけさ)
(そういうこと。今の我々は条件が整った場合に、機会を逃さないことこそ肝要よ)
「大丈夫だよ、多分なんとかなる」
 そう言うとソルナレスは腰掛けていた椅子を回転させて、天球図に背を向けて立ち上がった。柔和な顔立ちには穏やかだが、自信に満ちた表情が浮かんでいる。
《スタージアン》がこの状況を最大限に利用するには、まだ満たすべき条件がいくつもある。にも関わらず、なんの根拠も示せないというのに確信出来る、そのことを表現する言葉は、彼が《スタージアン》であろうがなかろうがひとつしかなった。
「私の勘が、そう告げているんだ」
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