5-5 繋がりの向こう側

文字数 8,236文字

 窓の外にはいつしか大小様々な輝きに満たされた満天の星空が広がり、海面には静かにさざめくいくつもの波頭の陰が、星明かりの下で見え隠れしている。岬の端、崖下に打ちつける波の音そのものはさして大きくなかったが、邸内のカーロの耳にまで届くリズミカルな振動からは、広大な海に秘められた底知れぬ力強さを感じ取ることが出来た。
「僕が産まれる、何年か前の話だね」
 バルトロミゼール・デッソとスヴィ・ノマは惑星調査隊の訓練生期間中に結婚し、その翌々年にカーロが誕生した。ほかならぬ両親から、散々聞かされてきたことだ。そしてカーロが物心ついてから、彼の記憶の中で父母と共に、もしかしたらそれ以上に彼の側にいたのがジューンであった。
「ミゼールもスヴィも、宇宙ステーションに上がるときはだいたい、あなたを私に預けていったからね」
「今思い返せば、放任主義もいいとこだよ。いつも押しつけられて、ジューンは腹が立たなかったのか?」
「まさか。私は喜んで引き受けたし、むしろそれが三人にとって当然だったわ」
 三人の絆の在り方というものが、カーロには今ひとつ理解出来なかった。
 彼自身は十年以上前に妻を娶り、既に三人の子を成す父親でもある。スタージア人として極めて平均的な家庭を築いてきたつもりのカーロにとって、両親とジューンの関係は特殊なものにしか思えない。
「私は《繋がれし者》だからね。結婚も、子を成すこともない。そんな私を家族同然に受け入れてくれたミゼールとスヴィには、本当に感謝している」
《繋がれし者》は例外なく、子を持たない。必然的に成婚する者も少ない。多産を良しとするスタージアにあって、それは特異な方針であった。
 だが彼らがその方針を貫くのは、決して教条的な理由によるものではない。
 かつてジューンの元に預けられたカーロが気まぐれに、どうして結婚しないのかを尋ねたことがある。そのときの彼女は穏やかな、だが断固とした口調で答えたものだ。
「《繋がれし者》が成した子は、生まれながらにして《繋がって》しまうの。個性を育む前に様々な思念と《繋がって》育てば、その子自身の人格が、個体差が失われてしまう。もし《繋がれし者》がそんな子供ばかりに占められてしまったら、それはもはやヒトとは呼べないでしょう。単なる均質なヒト型タンパク質の群れと膨大な計算資源が結びつきあった、巨大な一個体に過ぎないわ」
 ジューンの言葉はところどころ難しくて、まだ幼かったカーロは完全には彼女の言うことが理解出来ない。ただ滔々と語るジューンの瞳には、彼女だけではない、《繋がれし者》全員の強い意志が映し出されているように見えた。
「それでは《オーグ》と変わらない。ひとつの星系に閉じこもり、《繋がり》故にその星系を離れることも出来ないまま成熟して、やがて長い停滞を迎えるだけ。《オーグ》は自らの過ちを取り返すため、私たちを宇宙に放ったの」
「《オーグ》は僕たちのご先祖を追い出した、悪い奴らじゃないの?」
 カーロはそれまで周囲から聞かされてきた《オーグ》の姿と、ジューンが語るそれとの違いに、戸惑いを隠せない。
「……私たちは《オーグ》から離れるべきだし、スタージアの人々は皆、宇宙に目を向けている」
 ジューンはカーロの問いにそのまま答えず、彼の褐色の頬を優しく撫でながら微笑みかけた。
「カーロ、あなたもきっと宇宙を目指すようになるわ。ミゼールとスヴィの子供だもの。いえ、あなただけじゃない。これからヒトはどんどん新しい星を見つけて、移り住んで、さらにまた新しい星を見つけ出していく。そうやって宇宙にヒトの種を播き続けていくのよ。《原始の民》と同じようにね……」
 宇宙にヒトの種を播き続ける――《原始の民》と同じように。
 カーロの記憶を掠めたジューンの一言が、彼の胸中をざわめかせる。喉の奥に引っ掛かった小骨のような違和感は、やがて脳裏で急速に存在感を増して、カーロを回想から現実へと引き戻した。
「もしかして、そういうことなのか……」
 窓ガラスの向こうの漆黒に目を向けたまま、カーロは我知らずそう呟いていた。
 バルコニーの向こうに一直線に伸びる、今は星空との区別も定かでない水平線すら雄大に思えるのに、自分たちは一足飛びに、あの星空の先に踏み出そうとしている。
《原始の民》がスタージアに入植してから、せいぜい百年余りしか経っていない。まだこの惑星には開拓すべき、未知の領域がいくらでも残っている。なのにどうして我々は、宇宙に飛び出そうとするのか。
 どうして父も母も、スタージアにとどまることなく、宇宙を目指したのか。
「我々が宇宙を目指すのは、あなたたち《繋がれし者》の仕業か、ジューン」
 外の景色からテーブルの向かいへと、カーロがゆっくりと視線を移動させる。
 その先で、ジューンはちょうど椅子から立ち上がろうというところだった。
 肩に掛けた黒いカーディガンの前を閉じ、白髪と黒髪が入り混じって銀色を織り成す、編み込まれた長い髪を揺らしながら、老女はおもむろに壁一面のガラス窓の前へと歩を進める。
「少し夜風に当たらない?」
 そう言うとジューンは窓を全開させて、バルコニーへと足を踏み出した。空調の効いた室内に屋外の空気が流れ込み、カーロの褐色の肌の上を冷気が通り過ぎていく。この季節はまだ夜風はひんやりとした温度をまとうが、ジューンは構わずにバルコニーの端まで歩み出て、両手を手摺りに乗せた。
「宇宙ステーションは、あそこね」
 そう言ってジューンが星空を指し示す指には、年相応に血管が浮き上がって見え、カーロは彼女が十分に年老いたのだということを今さらのように実感した。いくら表情や仕草が若々しく見えるとしても、ジューン・カーダは彼女なりの歴史を積み上げて今、彼の目の前にいる。
「いくらなんでも女性に対してその感想は、デリカシーに欠けるわね」
「また僕の思考に返事したな。デリカシーに欠けるのはお互い様だよ」
「細かいこと言わないの。開拓団が出発するまでのことなんだから、大目に見なさいな」
 カーロに言い返されて、手摺りを掴んだまま振り返っていたジューンは、悪びれずに微笑み返した。
《繋がれし者》の精神感応力は、極小質量宙域(ヴォイド)を超えた先には及ばない。それは、無人調査機を飛ばした段階で明らかになっている。《繋がれし者》も感知出来ない、遠い星空の向こうが存在することは、人々に大きな不安と同時にわずかな期待を抱かせた。これまで《繋がれし者》の庇護下にあることが当然だった人々にとって、《繋がれし者》の力の及ばない星で、自らの力だけを恃みに生き抜く生活――それは多くの危険と隣り合わせでありながら、極めて魅力的な誘惑であった。
「スタージアの人々は《原始の民》の開拓精神を、百年経っても忘れていない……そう考えるわけにはいかないかしら?」
 ジューンはそう言ったが、カーロが納得するはずがないということは、誰よりも彼女こそがわかっているはずだった。
「《原始の民》は、《オーグ》によってこの星系に送り込まれたんだろう。そう言ったのはあなたじゃないか、ジューン」
「そうだったかしらね」
「とぼけないでくれ」
 太い両眉の間に深い皺を浮かび上がらせて、ジューンを見つめるカーロの視線は厳しかった。
「《オーグ》は《原始の民》に未知の星の開拓を託し、そして今また《繋がれし者》は、我々にエルトランザへの入植を促そうとしている。僕も含めて、我々が宇宙に飛び出すことを欲するのは、あなたたちが精神感応的に干渉し続けた結果じゃないのか?」
 左手を手摺りに乗せたまま、カーロはジューンの横顔に問い続ける。
「それも突き詰めれば、ヒトの種を宇宙に散りばめようとする、《オーグ》の意思なんじゃないか? 僕たちの行動は、全て《オーグ》に操られ続けた結果なのだとしたら……」
「だとしたら?」
 すると首を捻ってカーロの顔を見返したジューンが、そう尋ね返した。
「エルトランザに行くのは中止にする? このスタージアで、文字通り地に足をつけた生活を営むことに専念するのかしら」
「それは……」
 問い詰めていたはずのカーロが、逆に言葉に詰まる。
 今さらエルトランザ行きを中止するという選択肢は、有り得ない。ここまで何十年とかけてきた準備や、関わってきた多くの人々の想いを考えても。そして何よりも彼自身、エルトランザの開拓のために今まで全てを注いできたのだ。
 それはエルトランザへ有人調査に向かった父ミゼールが、半死半生となりながら帰還したその日から、彼自身の生涯を賭けるべき目標であった。

「お前の母さんは、スヴィは、最後までお前のことを気にかけていた」
 医院のベッドの上で息も絶え絶えの父は、帰還の途上で命を絶った母の最期を、息子に語って聞かせた。
 エルトランザでの有意義な調査を終えて、意気揚々と帰路についた調査隊は、最後の恒星間航行を目前にしてトラブルに見舞われた。彼らの乗る宇宙船が、想定を遙かに上回る大量のデブリ群の直撃を喰らってしまったのだ。隊員の多くが負傷し、ことにミゼールは重量のある機器の下になってしまい、瀕死の重傷を負った。
 宇宙船そのものの被害も甚大だった。中でも最も深刻なのは、推進エンジンのひとつが暴走を始めたことである。放っておけばほかのエンジンにも累が及び、やがて宇宙船そのものが爆発しかねない。暴走する推進エンジンをユニットごと切り離すしかなかったが、操作系も故障して、船内からの作業は不可能な状態に陥っていた。
 ユニットの切り離しは船外活動(EVA)で対応するしかない。そして船外活動(EVA)のスペシャリストは、ミゼールとスヴィしかいなかったのである。
「岬の端で、私はあなたに命を救われた。今度は私が助ける番よ」
 苦痛に呻くミゼールの両手を握りながらそう告げて、スヴィは作業に向かった。ともすればエンジンに巻き込まれかねない極限の状況下で、彼女は冷静・的確かつ迅速に作業を進め、ユニットの切り離しは完遂される。
 だが切り離しの際の振動が、スヴィの立つ宇宙船表層も激しく揺らした。
 磁石靴や安全索も役に立たず、気がつけばスヴィは宇宙空間へと放り出されていた。
「ミゼール、ごめんなさい。カーロのことをお願い。私はあの子に、母親らしいことをろくにしてやれなかった。エルトランザの景色を一緒に見たかったのに。帰ってあなたの顔が見たかったのに。こんなお母さんでごめんね、カーロ」
 スヴィの姿は一瞬にして見失われてしまったが、通信だけは保たれていた。だが緊急対応で用意した船外活動(EVA)宇宙服の酸素容量は、残り三十分を切っている。高速で動く宇宙船の表面で作業していた彼女は、衝撃で弾き飛ばされてあらぬ方向へ、恐るべきスピードで宇宙空間を漂っているのだ。スヴィがもはや助からないことは、誰の目にも明らかだった。
「ごめんなさい、ジューン。あなたをエルトランザに迎えるはずだったのに、ごめんなさい。カーロをお願い、ジューン」
「スヴィ……スヴィ!」
 病床のミゼールには、両の目に涙を溢れさせながら、ただ彼女の名を呼び続けることしか出来ない。彼の呼び掛けに対して、スヴィもまたしきりに「ミゼール、ミゼール」と繰り返し答える。
 ふたりの絶望的な通信はやがて、息苦しそうになったスヴィからの「ミゼール、カーロ、ジューン、私の家族、みんな愛してるわ」という一言を残して途絶えた――
 父から母の最期の言葉を告げられて、カーロは泣くまいと歯を食いしばっていた。
 そのはずなのに気がつけば、大きく見開いた両目からはとめどもなく涙が溢れていた。
 慌てて両手で顔を拭っても、誰も笑ったり咎めたりする者はいない。カーロの隣りで共にミゼールの告白に耳を傾けていたジューンもまた、静かに涙を流していた。
「カーロ、俺ももう、長くはない」
 ミゼールの命もまた、尽きようとしていた。むしろいつ息絶えてもおかしくないという状態から辛うじて彼の命脈を保ってきたのは、残される息子に母の最期を伝えるため。そして父として最後の言葉を掛けるためという、執念のなせる業であった。
「俺もスヴィも、お前にエルトランザを見せてやりたかった。この宇宙には素晴らしい新天地がまだまだ星の数ほどある、そのことをお前に教えてやりたかった」
 時折り苦しそうに顔を歪めながら、それでもミゼールはカーロの顔をしっかり見つめて、言葉を紡ぐ。
「俺とスヴィは、自分たちで望んで宇宙を目指した。お前が俺たちと同じように宇宙を目指すかどうかはわからない。だけど誰に言われても、何をするにしても、最後に決めるのはお前自身だ。そのことを胸に刻んでおいてくれ」
「わかったよ、父さん」
 涙を止めることなく頷くカーロを見て、ミゼールの口元がわずかに綻ぶ。そして彼は次に、息子の隣りに立つジューンに視線を向けた。
「ジューン、カーロのことを頼む」
「……ええ」
「カーロが自分のことを自分で決められるよう、色々と教えてやってくれ。お前に任せられるなら、俺もスヴィも安心だ」
「カーロのことも、エルトランザのことも、後のことは引き受けたわ。心配しないで」
 真っ赤に目を腫らしたままのジューンに請け負われて、安堵した表情を見せたミゼールが息を引き取ったのは、それから三日後のことであった。

「《繋がれし者》の精神感応力も、なんの役にも立たなかった」
 星明かりが反射してゆらめく黒い海に、それ以上に暗い瞳を投げかけながら、ジューンが口にした言葉からは抑えきれない悔恨が滲み出ていた。
「ミゼールとスヴィをこの地上から見守って、何かあってもすぐ干渉出来るように。そのために博物院生になったというのに、肝心な場面で私は無力だった」
「ジューン……」
「《繋がれし者》の力なんて、所詮その程度なの。私たちは星系の外に力を及ぼすことも出来ず、それどころか飛び出すことも出来ない。この星に繋がれて、囚われているからこその《繋がれし者》なのよ」
 そう言ってジューンがわずかに視線を上げた先には、水平線のやや上、宇宙ステーションがあるはずの星空が広がっている。少女の頃にミゼールやスヴィと共に、この地から眺めたこの景色に包まれて晩年を過ごしたい。ジューンがこんな辺鄙な土地に屋敷を構えた理由に、カーロはようやく思い至った。
「母さんは多分、エルトランザにジューンを迎えるつもりでいたよ。エルトランザには四人で移り住もうって、よく言っていた」
 スヴィは幼いカーロを抱きかかえながら、新天地での夢一杯の生活をよく語って聞かせたものだった。そのことを告げられると、ジューンはやや苦い表情を浮かべて、面を伏せる。
「彼女には、私がこの星を離れられないってことを、最後まで打ち明けることは出来なかった。どうしても私に対する罪悪感みたいなものがあったからね。エルトランザに私を連れて行くっていう希望までは奪えなかったわ」
「父さんは知っていたのかい」
「ええ」
 そしてジューンは星空から視線を逸らし、ゆっくりと身体(からだ)ごとカーロに向き直った。
「ミゼールには全てを伝えてあったわ。私や《繋がれし者》がエルトランザに行けないことも、それに」
「それに?」
「私たちは《オーグ》がこの宇宙に散りばめた、ヒトという種のひとつであることも」
 それは先ほど、カーロがジューンを糾弾した内容そのものであった。
《オーグ》は《原始の民》を追放したのではない。この宇宙にヒトの可能性を花開かせるため、手を尽くして《原始の民》を送り出したのだ。やがてスタージアを発見し、入植を果たした《原始の民》は、今また《繋がれし者》としてヒトを宇宙に送りだそうとしている。
 そのことをミゼールが知っていたという事実は、カーロにとって青天の霹靂だった。
「父さんは、全て《オーグ》の思惑通りだということを知っていたのか。全てを知った上で、それでも宇宙を目指したのか」
 思わず額に手を当てて、カーロはよろめきながらバルコニーの手摺りに凭れかかった。
「カーロ、あなたの推察は概ねの真実を突いているわ。でも、まだあなたも知らないことがある」
 動揺するカーロに向かって、ジューンは努めて冷静な口調で語りかける。
「僕の知らないことだって? 知らないことばかりだよ」
「投げやりにならないで。あなたが知るべきは、《オーグ》が《原始の民》を送り出し、今また《繋がれし者》があなたたち開拓団を送り出そうとする、その理由よ」
 ジューンが口にした言葉は、カーロにとってはむしろ詮索の余地もないことに思えた。
「そんなのわかりきっている。《オーグ》の支配圏を拡大するため、それ以外に考えられない。《オーグ》はいずれ、我々という成果を収穫するつもりなんじゃないか」
「半分正解で、半分は外れね」
 ジューンは軽く頭を振りながら、ミゼールの言葉を採点してみせた。
「《オーグ》の力は、少なくとも今の時点では、私たちに届かないのよ。彼らの精神感応力もまた、星系を超えることはかなわない。それが出来るなら、私たちはとっくに彼らに支配されて、《オーグ》に《繋がって》いるわ」
「そんなこと、いくらでも誤魔化そうと思えば誤魔化せる。あなたたち《繋がれし者》が《オーグ》の支配下にないと、どうして言い切れる」
「私の精神感応力が星系を超えるなら、みすみすミゼールとスヴィを見殺しにしない」
 そう答えるジューンの瞳には、カーロが今日この屋敷を訪れて初めて見る、強い感情が込められていた。その迫力にカーロが気を呑まれている内に、ジューンはやや沈んだ面持ちとなって言葉を紡ぎ続ける。
「《原始の民》よりさらに遡って存在した古代人は、ヒトの《繋がり》を重視したわ。彼らは全てのヒトが《繋がれ》ば、いずれ争いのない平和が訪れるだろうと信じていた。やがてテクノロジーが恐るべき進化を遂げ、惑星上の住人全員を《繋ぐ》だけの高度な機械を手にした彼らは、ついに夢を叶えてしまった」
 ジューンが口にする《オーグ》の正体は、カーロの想像を遙かに超えていた。
「その星には何十億もの人々が暮らしていた。その全員が《繋がって》しまったのよ。信じられる?」
 信じられるわけがない。そもそもひとつの惑星に、何十億人もの人間がいるという状況が思い浮かべられない。あまつさえ、その全員が精神感応的に《繋がって》いる状態など――
「無理に決まっている。それだけの人口を支えるのに、どれだけの水、食糧、電力、あらゆる資源が必要なのか」
「そうよ。《繋がった》まま、それだけの人口を維持することが不可能なのは目に見えていた。だから彼らは極めて合理的な判断の下、人口を調節していったの。そんなこと普通なら出来るわけないけど、全員が《繋がって》いる彼らには苦ではなかった」
「自ら人口を減らしていったのか。人類の平和のために《繋がった》はずなのに、《繋がり》を保つために数を減らすなんて、本末転倒もいいところだ」
「でもその結果、彼らは平和と安定を手に入れた。彼らはそんな自分たちを、組織(organization)になぞらえて《オーグ》と呼ぶようになった」
 ジューンがそう告げるのとほとんど同時に、バルコニーの遙か下でひときわ大きな波音が響いた。いつの間にか手摺りに添えられていたジューンの右手が、欄干を握り締めている。
「彼らは決してひとつの惑星に止まり続けようとしたわけじゃない。むしろ積極的に星系を開発していったわ。恒星光から直接エネルギーを得る手段を開発し、亜光速の推進エンジンを駆ってほかの惑星からも資源を採掘して、星系をほとんど手中にした。だけど星系の外まで踏み出すことは出来なかった」
 その答えは、カーロにもわかっていた。
「通信の限界に達したんだな。直接通信の範囲は、一星系が精々だ」
 カーロの言葉に、ジューンが無言のまま頷く。
「《繋がり》の有効範囲は、同時双方向性が保たれる直接通信環境下に限られる。昔、あなたに教えてもらったことだ」
 神妙な顔のまま、カーロは呟くように嘆息した。
「それだけテクノロジーに優れていても、星系を超える通信技術を産み出すことは出来なかったのか」
「その代わりに――いえ、順序から言えば逆だけど、彼らが見つけたものがあるの」
 ジューンはカーロを見返す瞳にやにわに力を込めて、むしろこれからが本題だというように顔を上げた。
「彼らは極小質量宙域(ヴォイド)を発見し、そして恒星間航法を編み出したのよ」
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