4-5-2 融け合わぬ人々
文字数 5,361文字
シャレイドたちの乗る戦艦が恒星間航行を経てテネヴェ星系の極小質量宙域 に現れてから、既に隣接宙域で待機していた連邦の宇宙船が接舷するまで、一連の作業はスムーズに進められた。
宇宙船から乗り込んだ連邦側の人員は、ジノ・カプリ銀河連邦評議会議員にスタッフ一名を加えた、計二名。外縁星系 軍の士官に案内されて、スタッフと共に艦内の応接室に通されるまで、ジノは終始唇を引き結んだままであった。こぢんまりとして殺風景な室内で一人掛けのソファに腰掛けて待つ間も、その表情を崩すことはなかった。
彼の表情がようやく変化したのは、外縁星系 諸国連合側の代表が姿を見せた瞬間であった。
「シャレイド……!」
応接室のドアから現れたシャレイドは、ジェスター院にいた頃に比べればやや髪が伸び、表情にも年月相応の落ち着きが見受けられた。しかし赤銅色の肌に唇の片端が吊り上がった笑顔は、ジノの記憶にあるシャレイドのそれと寸分違うことはなかった。
「見違えたな、ジノ。頭髪に苦労が滲んでいるぞ」
会うなり遠慮の無い軽口を飛ばすところも、ジェスター院時代を彷彿とさせる。ソファから立ち上がったジノは、広々とした額に手を当てて苦笑を浮かべた。
「お陰様でこの髪型も板についてきたよ。それに比べると、十年以上経つってのにお前は変わらないな」
ふたりは笑顔で握手を交わしながら、だがシャレイドはジノの後ろに控える人影へと目を向けた。
「見た目が変わらないのは、俺だけじゃないみたいだな」
シャレイドがそう言うと、ジノは背後に目を向けた。
「ああ。俺の補助スタッフとして随行してもらったんだ」
ジノに促されて前に出た人影は、長身からダークブラウンの瞳でシャレイドの顔を見下ろした。
「……お前とも会えるとは思ってなかったよ、モートン」
モートンの顔を仰ぎ見るシャレイドの表情には、懐かしさだけではない、一言では言い尽くせないだろう感情が幾重にも交錯していた。そんな彼の顔を見て、モートンは穏やかな笑みを浮かべる。
「俺も、まさかこんな形で再会することになるとは思わなかった。久しぶりだな、シャレイド」
そう言って差し出されたモートンの大きな手に対して向けられるシャレイドの目が、まるで見咎めるかのように厳しいことに、ジノは気がついた。
だがそれもほんの一瞬のことで、すぐにシャレイドは旧友の手を取り、互いに何か言い出したそうな表情のまま肩を叩き合う。十年来の想いを抱えたまま、立場を違えてしまった親友同士の再会に相応しいそのやり取りに、ジノは先ほど感じた違和感などすぐ記憶の片隅に追いやってしまった。
「銀河連邦は、俺たちふたりで協議に臨ませてもらう」
モートンと並んで再びソファに腰を下ろしたジノは、小さな会議卓を挟んで向かいの席に着席したシャレイドにそう宣言した。相手が旧知のジノとモートンだからなのか、シャレイドは長い脚を行儀悪く組んで、随分とリラックスした姿勢のままジノの言葉に頷いてみせた。
「結構だ。外縁星系人 の代表は俺と、あともうひとり」
シャレイドに呼び出されてようやく室内に入ってきたのは、モートンにこそ及ばないものの大柄で、その代わりにたっぷりとした横幅の、丸々とした赤ら顔の男だった。
「外縁星系 軍の顧問を務めた、このモズが同席する」
「カプリ議員と、ヂョウ主任ですね。お初にお目にかかる、モズと申します」
大きく丸い目が印象的な大男は、ジノとモートンに向かって人好きのする笑顔で挨拶すると、そのままシャレイドの隣りに腰を下ろした。
「この部屋の会話は、外部に漏れることはない。といっても外縁星系 軍の戦艦の中だから、信じられるものでもないだろうが」
「いや、お前の言うことだ。信じるよ」
ジノの返事に、シャレイドは形の良い眉を右の一本だけぴくりと震わせた。
「そんなに簡単に信用されると、拍子抜けだな」
「俺たちが今こうして顔を突き合わせているのは、散々盤外戦をやり尽くした結果だろう。この期に及んでお前が何か小細工するとは思っていないさ」
卓上に乗せた両手を軽く組んで、ジノはグレーの瞳を真っ直ぐにシャレイドの顔に向けた。
「今さら誰に聞かれて困る話をするつもりもない。さあ、協議を始めよう」
銀河連邦と外縁星系 諸国の休戦・和平を目的とした準備協議は、まず外縁星系人 が要求を突きつけるところから始まった。
ひとつ、銀河連邦軍及び連邦保安庁の、トゥーランからの撤収。
ひとつ、第一世代の、外縁星系人 に対する官民を問わない債権の放棄。
ひとつ、外縁星系 各国で現に構築中の自治体制の追認。
ひとつ、外縁星系 各国の、銀河連邦における地位の保全。
ジェネバと外縁星系 各国の代表が取りまとめた四箇条の要求を、シャレイドが行儀の悪い姿勢のままに淡々と読み上げる。その間、ジノもモートンもただ黙ってその言葉に聞き入っていた。
「……以上の要求が認められない限り、外縁星系 諸国連合は銀河連邦との休戦に応じるつもりはない」
そこまで厳かな口調を装っていたシャレイドは、要求を全て口にし終えたころで、不意に苦笑めいた笑みを浮かべた。
「だ、そうだ」
「だそうだって、なんだよ」
まるで他人事のような物言いをするシャレイドに、モズが驚いたように声を上げる。
「ジェネバからしっかり言い含められてきたことじゃないか」
「だからとりあえず伝えはしただろう。でもな、ジノがこのまんま額面通り受け入れられるわけ無いんだよ」
いきなり交渉相手のふたりが仲違いを始めるのを見せつけられて、ジノはジノで面食らったまま、瞼をしばたたかせていた。
「お前がそれを言い出すのか、シャレイド」
「俺はこの面子で、鬱陶しい駆け引きするつもりはないんだ」
シャレイドは両手を広げていかにもおどけた表情で、室内の空気が少しでも堅苦しくなることを拒んでいるようだった。
「これまで俺たちは相手の顔もろくに見ないまま、互いに闇雲に拳を振るってきた。こうしてようやく面と向かい合うことが出来たんだ。せめて真正直に話し合う、そのつもりで俺はここにいる」
「その態度はどう見ても茶化しているようにしか見えないが」
ふう、と大きく息を吐き出して、ジノは少しばかり肩の力を抜くことにした。
「ジェスター院時代のお前と変わらないのは認めよう」
「だろう? そういうわけでジノ、外縁星系人 の四箇条の要求に対して、忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
眉根を下げて困り顔のモズを気にかけることなく、シャレイドはソファの背凭れから上半身を起こしてジノの顔を見る。十年ぶりに見る、その人を食ったような表情に懐かしさすら覚えながら、ジノは金色の口髭の下でおもむろに口を開いた。
「ひとつ確認させて欲しい点がある」
「なんなりと」
「最後の要求、銀河連邦における地位の保全とは、具体的にどんな内容を想定している?」
ジノに問われて、シャレイドの赤銅色の顔ににやりとした笑みが浮かぶ。その質問は、彼が待ち望んでいたものだったのだろう。
「モズ、お答えして差し上げろ」
「俺が?」
シャレイドに無言のまま目で促されて、モズは戸惑いを隠せないながらもジノの顔に向き合った。
「外縁星系 諸国は決して銀河連邦からの離反を望んではおりません。連邦加盟国であれば当然享受出来る、域内の航宙及び通商の自由を、今後も保証されることを求めます」
モズの畏まった回答に最初に反応したのは、それまで三人の会話に口を挟まず微動だにしなかったモートンであった。彼は切れ長の目の奥のダークブラウンの瞳を、まず正面のモズの丸い顔に投げかけて、次いで斜向かいのソファにふんぞり返るシャレイドへと向ける。
「シャレイド、それでいいのか」
抑揚の効いた、落ち着いた声でかつての友に向けられたモートンの言葉は、問いというよりは確認に近かった。対するシャレイドは笑みを崩さないまま、無言で首肯する。
ふたりの顔を均等に眺めながら、ジノは外縁星系人 が求めるものの本質が理解出来たような気がした。
「同じ連邦の枠組の中で、第一世代と外縁星系人 を公式に区別する。要約するとそんなところか」
「そう、それだよ、ジノ。上手いことまとめるな」
ソファに沈めていた上半身を起こし、膝を打って褒めそやす。シャレイドの芝居がかった仕草は鼻につくが、この男の場合はこうした振る舞いの方がかえって自然なのだと、ジノは思い出す。
わずかに身体を揺すってから、ジノもまたシャレイドに問い質した。
「常任委員会や連邦評議会そのものに口を挟むつもりはない、と。そう受け取っていいんだな」
「ない、ない。外縁星系人 は今後の立て直しで手一杯だよ。わざわざ打って出るような余力は無いんだ」
ジノの懸念を打ち消すかのように、シャレイドは己の顔の前で手のひらを左右させる。そして組んでいた脚を解くと、さらに身を乗り出した。
「それにこう言っちゃなんだが、外縁星系人 は常任委員会や連邦評議会に期待していない。中央で力を持つことに魅力を感じてないのさ」
「現役の評議会議員と安全保障局員を前にして、その言い草はどうなんだ」
「言っただろう、今日は真正直に話し合うつもりだって」
そう言って片目をつむるシャレイドを見て、ジノは大袈裟に肩を竦めた。
「お前とこうして話していると、公式な態度を取っているつもりの自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるな」
「無礼講のつもりでもいいんだぜ」
「いくらなんでも、そういうわけにいくか」
とはいえもう少し砕けた態度を取っても良いのかもしれない。本音を言えばジノも、シャレイドを前にしていつまでも肩肘を張り続けるのは、本意ではない。
会議卓の上で組み合わせていた両手から指を一本一本解きながら、ジノは心持ち顔を前に突き出した。
「先ほどの四箇条の内、トゥーランからの軍と保安庁の撤収、これは了解だ」
スタージア星系の戦い以降、トゥーランの抵抗勢力の活動は勢いを増している。今は和平交渉中でお互いに動きを潜めているが、交渉の結果次第では再び戦火が拡大しかねない状況である。もはや外縁星系人 をねじ伏せる力を残していない連邦軍も保安庁も、早々に引き上げて体制を整えるために再編したいところであった。
「だが債権放棄と各国の自治体制の追認、これはそのまま認めるのは難しい。特に外縁星系 諸国が連邦に残留し続けたいというのであれば、連邦の現行法から外れた行為として認められることはないだろう」
ジノの言葉に、モズの赤ら顔が怒りでわずかに歪む。
「そいつはないんじゃないですかね、カプリ議員。それじゃあこの争いの前と何も変わらないってことですよ」
「モズ、そういきり立つな」
シャレイドの制止を受けて、モズは口をつぐんだ。不服そうな彼の顔を横目で認めながら、シャレイドはジノに先を促した。
「それで終わりじゃないんだろう?」
長い睫毛の下に覗く黒い瞳には、ジノの回答にも全く焦る気配がない。それとも信頼し切っていると言うべきかもしれない。
きっと納得出来る回答を得られるに違いないという確信。敵と味方が一堂に会して、ぎりぎりの条件を詰める剣呑なはずのこの場にはそぐわない、無邪気な思い込み。
およそ和平交渉の準備協議に臨む人物が、交渉相手に見せる顔ではない。
「外縁星系人 の理解を得られれば、の話だが」
そう前置きしてから、ジノはシャレイドが期待しているであろう言葉を口にした。
「四箇条の要求を満たしうるアイデアはある」
するとシャレイドは満足そうに目を細めて、会議卓に頬杖をつきながらジノの顔を覗き込む。いかにも礼を失した態度だが、ジノは今さら咎めるつもりはなかった。
「想定内ってことか、さすがだね。是非そのアイデアをお聞かせ願いたい」
これから告げる内容を聞いて、シャレイドはなおその態度を保つことが出来るのか。ジノはあえて刺激的な表現で切り出してみることにした。
「外縁星系 諸国を、銀河連邦直轄の自治領とする。これが我々の考え得る最良の解決案だ」
それからしばしの間、沈黙が室内を支配した。
シャレイドの顔色に変化はない。代わりに目まぐるしく表情を変えたのは、隣りのモズであった。最初に丸い目を大きく見開き、やがて眉間に急激に皺を寄せ、最後に赤ら顔がどす黒く染める。
「そんな案は到底受け入れられません」
その場で席を立たなかっただけ、まだ自制が効いていると言えるだろう。モズは卓上に乗せた右手を力の限り握り締めながら、大きな目でジノの顔を睨みつけている。だがジノは怯むことなく、その詳細を語り始める。
「まず銀河連邦に新たに外縁星系開発局を設ける。無論ほかの四局長同様、常任委員兼任だ。そして外縁星系開発局が任命する自治領総督が、外縁星系 諸国を治める形になるだろう」
「だから有り得ないと言って……」
「なるほど。そして総督にはジェネバ・ンゼマを任命するというわけだな。外縁星系開発局長は、差し詰め自治領代表の評議会議員が兼任する、といったところか?」
いよいよ腰を浮かしかけたモズは、シャレイドのその言葉によって動きを止めた。
「ジェネバが? 総督?」
「つまり連邦の体裁を保ちつつ、外縁星系 諸国の自治体制を認めるってことさ」
モズの怪訝な顔に向かって、シャレイドはそう言って唇の片端を吊り上げてみせた。
宇宙船から乗り込んだ連邦側の人員は、ジノ・カプリ銀河連邦評議会議員にスタッフ一名を加えた、計二名。
彼の表情がようやく変化したのは、
「シャレイド……!」
応接室のドアから現れたシャレイドは、ジェスター院にいた頃に比べればやや髪が伸び、表情にも年月相応の落ち着きが見受けられた。しかし赤銅色の肌に唇の片端が吊り上がった笑顔は、ジノの記憶にあるシャレイドのそれと寸分違うことはなかった。
「見違えたな、ジノ。頭髪に苦労が滲んでいるぞ」
会うなり遠慮の無い軽口を飛ばすところも、ジェスター院時代を彷彿とさせる。ソファから立ち上がったジノは、広々とした額に手を当てて苦笑を浮かべた。
「お陰様でこの髪型も板についてきたよ。それに比べると、十年以上経つってのにお前は変わらないな」
ふたりは笑顔で握手を交わしながら、だがシャレイドはジノの後ろに控える人影へと目を向けた。
「見た目が変わらないのは、俺だけじゃないみたいだな」
シャレイドがそう言うと、ジノは背後に目を向けた。
「ああ。俺の補助スタッフとして随行してもらったんだ」
ジノに促されて前に出た人影は、長身からダークブラウンの瞳でシャレイドの顔を見下ろした。
「……お前とも会えるとは思ってなかったよ、モートン」
モートンの顔を仰ぎ見るシャレイドの表情には、懐かしさだけではない、一言では言い尽くせないだろう感情が幾重にも交錯していた。そんな彼の顔を見て、モートンは穏やかな笑みを浮かべる。
「俺も、まさかこんな形で再会することになるとは思わなかった。久しぶりだな、シャレイド」
そう言って差し出されたモートンの大きな手に対して向けられるシャレイドの目が、まるで見咎めるかのように厳しいことに、ジノは気がついた。
だがそれもほんの一瞬のことで、すぐにシャレイドは旧友の手を取り、互いに何か言い出したそうな表情のまま肩を叩き合う。十年来の想いを抱えたまま、立場を違えてしまった親友同士の再会に相応しいそのやり取りに、ジノは先ほど感じた違和感などすぐ記憶の片隅に追いやってしまった。
「銀河連邦は、俺たちふたりで協議に臨ませてもらう」
モートンと並んで再びソファに腰を下ろしたジノは、小さな会議卓を挟んで向かいの席に着席したシャレイドにそう宣言した。相手が旧知のジノとモートンだからなのか、シャレイドは長い脚を行儀悪く組んで、随分とリラックスした姿勢のままジノの言葉に頷いてみせた。
「結構だ。
シャレイドに呼び出されてようやく室内に入ってきたのは、モートンにこそ及ばないものの大柄で、その代わりにたっぷりとした横幅の、丸々とした赤ら顔の男だった。
「
「カプリ議員と、ヂョウ主任ですね。お初にお目にかかる、モズと申します」
大きく丸い目が印象的な大男は、ジノとモートンに向かって人好きのする笑顔で挨拶すると、そのままシャレイドの隣りに腰を下ろした。
「この部屋の会話は、外部に漏れることはない。といっても
「いや、お前の言うことだ。信じるよ」
ジノの返事に、シャレイドは形の良い眉を右の一本だけぴくりと震わせた。
「そんなに簡単に信用されると、拍子抜けだな」
「俺たちが今こうして顔を突き合わせているのは、散々盤外戦をやり尽くした結果だろう。この期に及んでお前が何か小細工するとは思っていないさ」
卓上に乗せた両手を軽く組んで、ジノはグレーの瞳を真っ直ぐにシャレイドの顔に向けた。
「今さら誰に聞かれて困る話をするつもりもない。さあ、協議を始めよう」
銀河連邦と
ひとつ、銀河連邦軍及び連邦保安庁の、トゥーランからの撤収。
ひとつ、第一世代の、
ひとつ、
ひとつ、
ジェネバと
「……以上の要求が認められない限り、
そこまで厳かな口調を装っていたシャレイドは、要求を全て口にし終えたころで、不意に苦笑めいた笑みを浮かべた。
「だ、そうだ」
「だそうだって、なんだよ」
まるで他人事のような物言いをするシャレイドに、モズが驚いたように声を上げる。
「ジェネバからしっかり言い含められてきたことじゃないか」
「だからとりあえず伝えはしただろう。でもな、ジノがこのまんま額面通り受け入れられるわけ無いんだよ」
いきなり交渉相手のふたりが仲違いを始めるのを見せつけられて、ジノはジノで面食らったまま、瞼をしばたたかせていた。
「お前がそれを言い出すのか、シャレイド」
「俺はこの面子で、鬱陶しい駆け引きするつもりはないんだ」
シャレイドは両手を広げていかにもおどけた表情で、室内の空気が少しでも堅苦しくなることを拒んでいるようだった。
「これまで俺たちは相手の顔もろくに見ないまま、互いに闇雲に拳を振るってきた。こうしてようやく面と向かい合うことが出来たんだ。せめて真正直に話し合う、そのつもりで俺はここにいる」
「その態度はどう見ても茶化しているようにしか見えないが」
ふう、と大きく息を吐き出して、ジノは少しばかり肩の力を抜くことにした。
「ジェスター院時代のお前と変わらないのは認めよう」
「だろう? そういうわけでジノ、
眉根を下げて困り顔のモズを気にかけることなく、シャレイドはソファの背凭れから上半身を起こしてジノの顔を見る。十年ぶりに見る、その人を食ったような表情に懐かしさすら覚えながら、ジノは金色の口髭の下でおもむろに口を開いた。
「ひとつ確認させて欲しい点がある」
「なんなりと」
「最後の要求、銀河連邦における地位の保全とは、具体的にどんな内容を想定している?」
ジノに問われて、シャレイドの赤銅色の顔ににやりとした笑みが浮かぶ。その質問は、彼が待ち望んでいたものだったのだろう。
「モズ、お答えして差し上げろ」
「俺が?」
シャレイドに無言のまま目で促されて、モズは戸惑いを隠せないながらもジノの顔に向き合った。
「
モズの畏まった回答に最初に反応したのは、それまで三人の会話に口を挟まず微動だにしなかったモートンであった。彼は切れ長の目の奥のダークブラウンの瞳を、まず正面のモズの丸い顔に投げかけて、次いで斜向かいのソファにふんぞり返るシャレイドへと向ける。
「シャレイド、それでいいのか」
抑揚の効いた、落ち着いた声でかつての友に向けられたモートンの言葉は、問いというよりは確認に近かった。対するシャレイドは笑みを崩さないまま、無言で首肯する。
ふたりの顔を均等に眺めながら、ジノは
「同じ連邦の枠組の中で、第一世代と
「そう、それだよ、ジノ。上手いことまとめるな」
ソファに沈めていた上半身を起こし、膝を打って褒めそやす。シャレイドの芝居がかった仕草は鼻につくが、この男の場合はこうした振る舞いの方がかえって自然なのだと、ジノは思い出す。
わずかに身体を揺すってから、ジノもまたシャレイドに問い質した。
「常任委員会や連邦評議会そのものに口を挟むつもりはない、と。そう受け取っていいんだな」
「ない、ない。
ジノの懸念を打ち消すかのように、シャレイドは己の顔の前で手のひらを左右させる。そして組んでいた脚を解くと、さらに身を乗り出した。
「それにこう言っちゃなんだが、
「現役の評議会議員と安全保障局員を前にして、その言い草はどうなんだ」
「言っただろう、今日は真正直に話し合うつもりだって」
そう言って片目をつむるシャレイドを見て、ジノは大袈裟に肩を竦めた。
「お前とこうして話していると、公式な態度を取っているつもりの自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるな」
「無礼講のつもりでもいいんだぜ」
「いくらなんでも、そういうわけにいくか」
とはいえもう少し砕けた態度を取っても良いのかもしれない。本音を言えばジノも、シャレイドを前にしていつまでも肩肘を張り続けるのは、本意ではない。
会議卓の上で組み合わせていた両手から指を一本一本解きながら、ジノは心持ち顔を前に突き出した。
「先ほどの四箇条の内、トゥーランからの軍と保安庁の撤収、これは了解だ」
スタージア星系の戦い以降、トゥーランの抵抗勢力の活動は勢いを増している。今は和平交渉中でお互いに動きを潜めているが、交渉の結果次第では再び戦火が拡大しかねない状況である。もはや
「だが債権放棄と各国の自治体制の追認、これはそのまま認めるのは難しい。特に
ジノの言葉に、モズの赤ら顔が怒りでわずかに歪む。
「そいつはないんじゃないですかね、カプリ議員。それじゃあこの争いの前と何も変わらないってことですよ」
「モズ、そういきり立つな」
シャレイドの制止を受けて、モズは口をつぐんだ。不服そうな彼の顔を横目で認めながら、シャレイドはジノに先を促した。
「それで終わりじゃないんだろう?」
長い睫毛の下に覗く黒い瞳には、ジノの回答にも全く焦る気配がない。それとも信頼し切っていると言うべきかもしれない。
きっと納得出来る回答を得られるに違いないという確信。敵と味方が一堂に会して、ぎりぎりの条件を詰める剣呑なはずのこの場にはそぐわない、無邪気な思い込み。
およそ和平交渉の準備協議に臨む人物が、交渉相手に見せる顔ではない。
「
そう前置きしてから、ジノはシャレイドが期待しているであろう言葉を口にした。
「四箇条の要求を満たしうるアイデアはある」
するとシャレイドは満足そうに目を細めて、会議卓に頬杖をつきながらジノの顔を覗き込む。いかにも礼を失した態度だが、ジノは今さら咎めるつもりはなかった。
「想定内ってことか、さすがだね。是非そのアイデアをお聞かせ願いたい」
これから告げる内容を聞いて、シャレイドはなおその態度を保つことが出来るのか。ジノはあえて刺激的な表現で切り出してみることにした。
「
それからしばしの間、沈黙が室内を支配した。
シャレイドの顔色に変化はない。代わりに目まぐるしく表情を変えたのは、隣りのモズであった。最初に丸い目を大きく見開き、やがて眉間に急激に皺を寄せ、最後に赤ら顔がどす黒く染める。
「そんな案は到底受け入れられません」
その場で席を立たなかっただけ、まだ自制が効いていると言えるだろう。モズは卓上に乗せた右手を力の限り握り締めながら、大きな目でジノの顔を睨みつけている。だがジノは怯むことなく、その詳細を語り始める。
「まず銀河連邦に新たに外縁星系開発局を設ける。無論ほかの四局長同様、常任委員兼任だ。そして外縁星系開発局が任命する自治領総督が、
「だから有り得ないと言って……」
「なるほど。そして総督にはジェネバ・ンゼマを任命するというわけだな。外縁星系開発局長は、差し詰め自治領代表の評議会議員が兼任する、といったところか?」
いよいよ腰を浮かしかけたモズは、シャレイドのその言葉によって動きを止めた。
「ジェネバが? 総督?」
「つまり連邦の体裁を保ちつつ、
モズの怪訝な顔に向かって、シャレイドはそう言って唇の片端を吊り上げてみせた。