4-1-4 ジャランデール大暴動

文字数 4,418文字

 ジャランデールのデモは収束する気配を見せず、それどころか惑星中に飛び火しつつある。
 最初、連邦通商局のジャランデール支部に押し寄せた群衆は、保安部隊に阻まれてしばらく睨み合いとなった。ところが両者が小康状態を保っている間に、より過激な集団が保安庁支部を襲撃している、という噂がまことしやかに囁かれる。後にこれは誤報だということがわかるのだが、浮き足だった保安部隊の一部が目の前の群衆の武力制圧に取りかかり、その様子がジャランデール中に報道されてしまった。結果、逆上した民衆たちによる抗議行動が、惑星規模で頻発している――
 ジェスター院のみならず、銀河系中に伝わるジャランデールの情報とは、以上のようなものであった。
 ジャランデールに乗り込んだ様々な報道機関がもたらす情報と、逆にジャランデール現地の人々が発信する情報とが錯綜し、その中から正誤を見分けることは極めて困難だった。特にジャランデールの外の人々にとっては、連絡船通信を通じてしか情報を受け取ることが出来ないため、事態の発生から知るまでのタイムラグが大きい。人々が不安にかられるのも無理はなかった。
「ミッダルトの報道関係者が、ジャランデールの暴徒らしき集団に襲撃されたらしい。遺体は酷い状態のまま、路上に放置されていたらしい」という噂がジェスター院の中を駆け巡ったのは、その頃である。
「らしい、らしいばかりであやふやな情報だってのに、なんでミッダルトってことだけはっきりわかってるんだ」
 端末棒のホログラム・スクリーンに目を通していたモートンは、その噂を聞くと眉根を寄せた顔を上げて、不愉快そうに尋ね返した。
「噂ってもんはそういうものさ。穴だらけのでっち上げだとしても、どこか一部に具体的な情報が入っていれば一気に信憑性が増す」
 ベッドに寝転んだままに両手の中でベープ管を弄びながら、シャレイドはどこか他人事のような態度でそう答える。
「それにほら、カナリーから聞いただろう。フランゼリカが行方不明だって」
「ああ、見かけたらジノに教えてやってくれって言ってたな。それが何か関係あるのか」
「彼女の身内が確か報道関係者なんだ。加えて彼女はミッダルトの生まれ育ちときた」
「まさか」
 端末棒に触れてホログラム・スクリーンを閉じると、モートンは真剣な表情をシャレイドに向けた。
「その被害者が、彼女の身内だってのか」
「そうじゃない。行方不明のフランゼリカ、彼女の身内は報道関係、そして今回のジャランデールの騒動。ここら辺の情報を繋ぎ合わせてちょっとばかり想像力を逞しくすれば、今聞かせたような噂話になるだろう。おまけにミッダルトって具体名を添えれば格好もつく」
 数学の公式でも解き明かすような口調で説明するシャレイドに、モートンが広い肩をすぼめてため息をつく。
「ろくなもんじゃないな」
「噂の発端の当人に悪意はなくとも、それを聞いた人がまた別の人にもっともらしく語って、そんなやり取りがねずみ算式に繰り返されて、あっという間に立派な未確認情報の出来上がりさ」
「そんなに落ち着いている場合か。だいたい、ジャランデールの状況が一番気に掛かっているのは、お前のはずだろう」
 デスクチェアに腰掛けていたモートンが、身を乗り出してシャレイドを質す。それに対してシャレイドは、のんびりとした手つきでベープ管を一口吸ってから、遠くを見つめるような目つきで返事した。
「気に掛かるっていうか、どちらかと言えば、親父や兄貴がこの騒動を引き起こしてるんじゃないか、そっちの方が心配だな」
「なんだそりゃ。お前の家族はそんな武闘派ばかりなのか」
 モートンは反応に困るといった顔で、シャレイドを見る。
「そういえばこの前の祝勝会の騒動のとき、お前も後ろからのパンチを紙一重で避けたりしていたな。あれは驚いたぞ。もしかしてラハーンディ家には、門外不出の武術が伝わるとかなんとか……」
「そんなわけあるか。勘だよ、勘。なんとなく、あいつがぶん殴ってくるような気がしたんだ」
 シャレイドはモートンの冗談を笑って否定したが、やがて笑みを収めるとぽつりと呟いた。
「親父も兄貴も、ブライム・ラハーンディの血を継ぐ者だからってことで担ぎ上げられたりしてないか、気になるのはそんなところだ」
 そう言うとシャレイドは口を丸く開けて、ふうっと大きな白煙を吐き出した。
 彼が使用するベープの煙は、通常のベープに比べると晴れるまでの時間がやや長い。それまでモートンはさして気にしなかったが、シャレイドが服用するオルタネイト薬液入りであるということを知ってからは、もしかするとその影響なのかもしれないと思っている。
 ようやく煙が四散した向こうでは、当のシャレイド以上に心配したモートンが、眉間に皺を寄せていた。
「なに、現地からはちょくちょく連絡船通信も届いているんだ。それを読む限りでは、まあ、大丈夫さ」
 シャレイドはことさら明るい調子で言い放って、話題を切り替えた。
「そんなことより、俺たちにはもっと大事なことがあるだろう。明日はもう決勝だぜ」
 シャレイドの言う通り、立方棋(クビカ)の決勝戦は明日の午後開催される予定だった。
 ここまでの対局は院内のカフェテリアを適当に陣取って会場としていたが、決勝戦だけは運営側がそれなりの箔をつけようとしたのか、院内の外れにある視聴覚用の小ホールで行われる。三百名の定員が満杯にはならないとしても、今まで以上の観客が詰めかけるだろうことは予想出来た。
 デスクチェアの背凭れに大きな背中を預けたモートンが、困り顔で頭を掻く。
「うちの研究室は、わざわざ明日の研究会を休みにして観戦に来るそうだ。これで負けたりしたら、導師に合わせる顔がない」
「そいつは責任重大だな。だからといって手加減は出来ないぜ」
 愉快そうに笑うシャレイドに、今度はモートンが水を向ける。
「お前のところも応援に来るんだろう。去年は勢揃いしてたよな」
「うちは三日前から開店休業状態だ」
 シャレイドの素っ気ない返事に、モートンは訝しげに尋ねた。
「どういう意味だ?」
「研究室の何人かが、俺と一緒に参加することを拒否したらしい。とりあえずは無期延期ってことになってる」
 絶句するモートンを見て、シャレイドは苦笑というにはやや自嘲混じりの表情を覗かせたが、それも一瞬のことだった。
「今をときめくジャランデール人と同席するのが、どうしても受けつけない奴もいるだろう」
「それは、いくらなんでも洒落じゃ済まされないぞ。どこのどいつだ、俺が直接文句を言ってやる」
「よせ、お前が出ても問題が拗れるだけだ。それにフランゼリカの噂じゃないが、もしかすると身内がジャランデールで被害に遭っているのかもしれない」
 憤りの余り顔を紅潮させるモートンを、シャレイドは冷静な口調で諭す。だがモートンには、シャレイドは諦観を抱くというよりも、現状に対して心底呆れ果てているかのように思えた。
「シャレイド……」
「そんなに頭に血を上らせたお前に勝っても、俺はちっとも面白くない。お前が俺のことを気遣ってくれるというなら、明日の決勝はベストを尽くすと誓ってくれ」
 そう訴えるシャレイドの顔にはいつもの皮肉めいた笑みはなく、黒い瞳の奥には真摯な想いが込められていた。友人の、滅多に見ることのない真剣な表情を前にして、モートンにももちろん異論はない。
「わかった、明日はお前に勝つことに全力を注ごう。約束する」
「よろしく頼むぜ」
 ベープ管を振ってそう答えるシャレイドが、いつの間にか見慣れた薄い笑みを浮かべているのを見て、モートンは心の内で安堵していた。

 翌日の小ホールは、文字通りの満席となった。席と席の間を貫く通路には立ち見客が溢れ、さらにホールの中になだれ込もうという人々を、運営の院生が押しとどめるという光景が見受けられる。
「まだ対局開始まで一時間以上あるというのに、えらいことになっているな」
 ホールの中に足を踏み入れて、中を見回したジノは驚きの声を上げた。
 ベスト8まで残った参加者には、関係者用の観客席が用意されている。そのためジノは余裕を持って会場にたどり着いたのだが、余りの混雑を前に入り口脇の通路で立ちすくんでいた。
「物見高い奴らが集まっただけさ」
 ジノの横に並んだアッカビーが、不機嫌そうに黒い顔を歪ませた。ジノの連れという立場で、彼も関係者席で観戦出来ることになっている。
「テネヴェ人がジャランデールの外縁星系人(コースター)を叩きのめすのを楽しみに、生観戦してみようって奴らが殺到してるんだろう」
 場内は人いきれで熱気がこもり、ジノもアッカビーも着ていたコートを小脇に抱えている。ひしめきあう人々を一瞥して、アッカビーが鼻を鳴らした。
「俺に言わせりゃモートン・ヂョウだって、あの外縁星系人(コースター)とつるんでる時点で同罪だけどな」
「同罪も何も、シャレイドはなんの罪も犯したわけじゃない」
 ジノが冷静に指摘するが、アッカビーは口を閉じようとはしなかった。
「あいつの罪は外縁星系人(コースター)であること、それで十分だ。あいつの故郷のジャランデールが今どんな有様か、知っているだろう?」
「ジャランデールの混乱が、シャレイドになんの関係があるんだ。あいつはその前からずっとこのジェスター院にいるんだぞ」
「関係あるさ。外縁星系人(コースター)って奴らは、開拓資金の名目で俺たち第一世代から大金を引き出しておいて、いざ期限を迎えても返済を拒否するような連中ばかりだ。その血を引いているあの野郎だけが無関係な振りなんて、許されてたまるか」
 口角から唾を飛び散らす勢いで、アッカビーが熱弁を振るう。友人の言葉を黙って聞いていたジノは、やがて目を逸らし、足元に視線を落とした。
「第一世代って言葉は、好きじゃない。連邦創設時からの加盟国であるということに、どれほどの価値があるっていうんだ」
「何を言ってるんだ、ジノ」
 ジノの言葉に、アッカビーは悲嘆混じりの声を上げた。
「俺もお前も、創設三十八カ国の出身じゃないか。俺はそのことを誇りに思っているし、こればかりは譲れないぜ」
「お前が第一世代を誇るのを、どうこう言うつもりはないよ」
 伏し目がちのジノの横顔に、ふわりとした金髪が流れかかって、アッカビーが彼の憂鬱げな表情に気がつくことはなかった。再びジノが顔を上げるとそこにはもう、整った口髭の下に唇が引き締められた、毅然とした表情があった。
「いい加減、この話はよそう。俺たちが余りここに居続けると、後の人たちの邪魔になる」
 そう言うとジノはアッカビーの返事を待たずに、人混みの合間を縫って関係者席のある会場の前列へと向かった。
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