4-2-4 秘密会合

文字数 4,429文字

「今の連邦保安庁のやり方は、恐怖政治そのものだ」
 その言葉は囁くような小声だったが、口調には怒りがありありと滲んでいた。応じる声もまた、相応の不満を匂わせている
「連邦全域でのテロ事件が減少傾向なのは認めよう。だが代わりに銃器を吊した保安部隊が街中に蔓延(はびこ)って、市民は皆びくびくしながら毎日を過ごしている」
「経済不安も深刻よ。移動新法の適用がより厳格になって、ヒトだけじゃなく物流も滞り始めている。来年度の税収への影響は避けられないって、うちの行政府は早くも青ざめてるわ」
 エクセランネ区の地下――つまりセランネ湾に浮かぶメガフロートの分厚い基盤の中に設けられたラウンジで、深刻な顔を突き合わせているのは、銀河連邦加盟各国代表の評議会議員たちだ。居並ぶ人々の面々は老若男女とバラエティに富んでいるが、全員に共通するのは大なり小なり不安を抱えた表情だった。ここに居るのは皆、現状の連邦の在り方に疑問を呈する人々たちばかりである。
 新米の評議会議員であるジノは、この会合に誘われて初めて顔を出したところだった。今の連邦の状況が好ましくないという想いは、そもそも彼が評議会議員を志した動機のひとつである。評議会の中で同志を集めるためにも意気揚々と臨んだジノは、だがいささか失望していた。
 確かに現状に納得しない議員は多いらしい。今日の会合の出席者は、全部で十七人。多数派というには心許ないが、かといって無視出来ない程度の数ではある。やりようによっては評議会で意見を通すことも可能だろう。
 しかし列席者たちの間からは不満の数々は飛び出すものの、対案を口にする者は皆無だった。いずれもお互いに嘆き合い、慰め合い、だがそれ以上の行動を起こそうとはしない。不満を抱くのは自分だけではない、同じような状況がほかにもあるということを確かめ合うだけなのだ。彼らのやり取りを聞かされるにつけ、ジノはストレスが溜まるばかりだった。
 それ以上に、彼にとっては納得のいかない点がある。
「なぜここに、外縁星系(コースト)代表の評議会議員がひとりもいないのですか?」
 それまで口を挟むのを控えていた若い議員が最初に口にした一言は、その場のほかの面々の口を一斉につぐませた。
「第一世代と呼ばれる我々以上に、現状に不満を抱いているのは誰よりもまず、外縁星系人(コースター)たちです。ここに居る人々に加えて、外縁星系(コースト)代表議員たち十名以上を合わせれば、評議会でも十分な勢力を築くことが出来るのではないでしょうか」
「カプリ議員、あなたの言うことはわからないでもない」
 ジノの言葉に反応したのは、会合の取りまとめ役と目されている初老の女性議員、ヘレ・キュンターである。
「でもその言葉を口にするのは、少々迂闊すぎる」
 真っ直ぐに背筋を伸ばした女性議員は、上品な顔立ちをジノに向けると諭すように口を開いた。
「ここにいる人々は、保安庁の締めつけに不満を抱くと同時に、外縁星系人(コースター)のテロに悩まされた人々であることを忘れてはいけない。彼らと手を組むには、まだまだ乗り越えなければいけないハードルがいくつもあるの」
「お言葉ですが、キュンター議員」
 ジノは心持ち半身を乗り出しながら、キュンターの眼差しを覗き込む。
外縁星系人(コースター)のテロ犯たちが引き起こした惨禍は、私としても悲嘆に堪えない。ですが外縁星系(コースト)で暮らす人々たち全てがテロに関わっているわけではない。むしろテロに巻き込まれながらも第一世代からは犯罪者同然に見做される、一番の被害者ともいえるのは彼らです。現状をどうにかするのであれば、彼らと共に手を携えるのが一番の近道ではありませんか」
 信念に満ちたジノの言葉に、列席者の中で頷く者はいない。白々とした視線に晒されながら、ジノが重ねて口を開こうとした矢先、キュンターが冷や水のように声を浴びせる。
「あなたの言うことは正論のように聞こえるけど、感情というものを軽視しすぎている。第一世代と外縁星系人(コースター)、両者の間のしこりは一朝一夕で解消出来るものではない。そこを無視して理想を並べ立てても、賛同は得られないよ」
 キュンターの言葉遣いは丁寧だったが、これ以上の発言を窘める強い意志が感じられる。彼女の言葉以上に列席者たちからの無言のプレッシャーを感じて、ジノも神妙な顔で引き下がった。
「……仰る通りです。いささか逸りすぎました。若気の至りと聞き流して頂ければ有り難い」
「カプリ議員はまだ若い。評議会の作法というものを身につけるまでは、しばらく諸先輩方の振る舞いを見て学ぶべきだろう」
 育ちの良さが窺える穏やかな笑みに裏打ちされているのは、他者を従えることに躊躇のない、絶対的な強者としての生き様だ。ヘレ・キュンターはローベンダール代表の評議会議員であると同時に、銀河連邦でも名だたる大企業グループのオーナー一族に名を連ねている。彼女がこの会合の顔役を担うのは、彼女個人の力量以外にも相応の理由があった。いかにジノが評議会議員になったばかりの身とはいえ、彼もその程度のことはわきまえている。
 結局その後ジノは積極的に口を開くことは一度もなく、もちろんその場で建設的な意見がまとまることもなく、(いたずら)に無聊を囲うだけの会合が解散したのは夜半も過ぎてからのことであった。
 会合を終えたジノはほかの面々と早々に別れると、メガフロートの分厚い基盤の中を縦横に走る地下通路を、しばらくひとりで歩いていた。時刻が時刻なだけに、軒を連ねるはずの店舗や住居の明かりも乏しく、通路を照らし出すのは天井に灯る青白い照明と、車道を行き交うオートライドの眩いヘッドライトの明かりばかりだ。深夜にも関わらずこうしてひとりで歩いていられるのは、保安庁の警備が強化されたおかげだというのは皮肉である。
 ラウンジを出て二ブロック分を歩いた先の角を、左に曲がる。そこから十メートル先に、まだ明かりを灯す店舗があった。こぢんまりとした飲食店らしい店のドアを押し開けて、無人の店内のカウンター上のモニタに何やら告げると、奥の床におもむろにぽっかりと穴が開いてさらに地下へと続く階段が現れる。そのまま階段を降ったジノが降り立った先は、上階に比べれば薄暗いものの、思いの外開けた空間――地下通路だった。
 ジノが先ほどまで歩いていたメガフロートの地下一層は、地上に勝るとも劣らない広々とした通路と街並みが整備されている。そのさらに下の地下二層は、貨物の運搬などを主目的とした殺風景な構造だ。申し訳程度の照明の下に照らし出されて、ジノの目に入ったのは二台の自動一輪(モトホイール)と、その横で腕組みをして立つ女性の姿だった。
「その顔だと、会合での成果は芳しくなかったようだね」
 年の頃はジノよりもやや上、三十代半ばほどだろうか。頭頂部で鮮やかな緑の布に束ねられたちりちりの黒い髪の毛が、彼女の後頭部に傘のように被さって見える。褐色の肌と活力に満ちた大きな黒い瞳が印象的な女性は、ジノの顔を見るとそう言って白い歯を見せた。
「だから言ったろう? あんなの顔を出すのも時間の無駄だって。所詮はキュンターが派閥作りのために、与しやすそうな連中を募っただけの集まりだよ」
「そうですね。あなたの言う通りだった」
 ジノは肩を竦めながら、彼女の言葉に頷いた。
「それにしても、この待ち合わせ場所はどうにかならなかったんですか。人目を忍ぶにしてもほどがある」
「お気に召さなかったかい。せめて秘密めいた雰囲気でも楽しんでもらおうと思ったんだけど。この街じゃ隅から隅まで監視されまくっているから、どのみち気休め程度にしかならないけどね」
 そう言うと褐色の肌の女性は、自動一輪(モトホイール)のひとつをジノに向けて押しやった。ジノが両手で受け止める間に、彼女は早くももう一台の自動一輪(モトホイール)のサドルに跨がっている。
「ここじゃさすがに落ち着かないから、もう少し移動するよ。自動一輪(モトホイール)は乗れるだろう?」
「オートライドを使わないのも、追跡対策ですか」
「効果のほどは微妙だけどね。何もしないよりはましだよ」
 手渡された自動一輪(モトホイール)の操縦レバーを手にして何度か握ったり動かしたりしながら、ジノは女性の顔に探るような視線を向ける。
「ンゼマ議員。あなたが彼の知人でなければ、こんな怪しげな誘いには乗りませんでしたよ」
「ジェネバでいいよ。私も、あんたのことはジノと呼ぶから。シャレイドもそう呼んでたし、そっちの方が馴染みがある」
 いつでも走り出せるという具合に操縦レバーを握り締めながら、ジェネバ・ンゼマはそう言って人好きのする笑顔を見せた。
「あらかじめ言っておきますが、私は外縁星系(コースト)の主張を鵜呑みにするつもりはありません」
 ジェネバの笑顔に促されて、自動一輪(モトホイール)に跨がりながらジノが口にした言葉は、むしろ自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
「ただ、今の連邦のやり方も承服出来ない。殴り合うばかりじゃお互いに疲弊するばかりだ。暴力を排し、討論を重ねて、双方が納得出来る落としどころをお互いに見出す。外縁星系人(コースター)も第一世代も、それぐらいの知恵と良識はあるだろうと信じているだけです」
「今どきお花畑と言われても仕方ない、理想論に思えるけどね」
「理想論かもしれませんが、これは私ひとりの意見じゃない。少なくとも、ゴタンの人々はそんな私を連邦評議会議員に選出しています。決して、外縁星系人(コースター)を力でねじ伏せようという人ばかりではないことは、わかって欲しい」
「なるほど、あいつがあんたに声をかけろと言った理由が、わかる気がする」
 ジノの台詞に耳を傾けていたジェネバは笑顔のまま、二度三度と頷いてみせた。
「私に声をかけたのは、シャレイドの薦めなんですか?」
「シャレイドが言うには、ジノ・カプリは馬鹿正直で裏表がないから、その分信用出来るという話だったよ」
「その言いぐさは、いかにも彼らしい」
 苦笑するジノに、ジェネバは大きな口を開いて笑いかけた。
「あいつが人を褒めること自体滅多にないことなんだから、自慢していいよ。さあ、そろそろ場所を変えよう。私たちの仲間がお待ちかねだ」
 ジェネバが先導する形で、二台の自動一輪(モトホイール)が深夜の地下二層通路を駆け抜けてゆく。人気のない真夜中の通路を、微かなモーター音と共に自動一輪(モトホイール)たちが疾走しても、誰も気にかける者はいない。だが人の目がない貨物搬送用の空間にも、所々に設置された警備システムや音もなく空中で待機する警備用ドローンたちの監視カメラが、二台の行方を確実に捉えていた。

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