5月9日 生活道具の本4:負けず嫌いの女王様

文字数 596文字

 いとこの女の子とチェスをした。

 彼女の持参したセットの駒は、人間の手そっくりだ。

 ルーク   → 握り拳
 ビショップ → 親指、人差し指、中指だけ立てる

「ポーンかルークか迷っている隙に、一勝を上げるわ!」

 気合で識別した。
 持ってきた本人のほうが惑わされ、集中できていない。

 僕のクイーンをひょいと奪う。

「初期のチェスにクイーンはなかったのよ。ヨーロッパに伝来して、王家の女性たちが遊んでいるうちに加わったんだって。
 つまり、このクイーンは、男の人にはふさわしくないってこと」

 駒落ち戦か。問題ない。
 申し訳ない気持ちからか、二枚のクイーンを活用してこない。

 サイコロが出てくる。

「チェスの起源・チャトランガは、振った(さい)の目に応じて、動かす駒を決めたそうよ。わたし達も原点回帰しましょう」

 どう動かすかは自分で決められる。運がすべてではない。
 運にも見放される。

「次は、いつも通りしようか」
「そ、そうね。奇をてらい過ぎて、実力の半分も出せてなかったものね!」

 涙目の女王様に、僕は微笑む。
 ナイトの如く(かしず)く。

 どうしたって、クイーンには勝てないのだから。

 チェスを口実に密会する中世の裕福な恋人たちのように、僕らは一日中チェスを指した。
 夕日が部屋を朱に染めていた。

【参考文献】
 エイミー・アザリート著、大間知知子訳『生活道具の文化誌 日用品から大型調度品まで』(株式会社原書房、2021)
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