4月15日 転生ペンギンは交尾したい1:お隣の妖精姉妹

文字数 1,854文字

 感情だけでは食べていけなかった当時の僕は、朝から晩まで必死に働いていた。

 上司にこびへつらい。
 土日も残業という奉仕活動に従事し。
 働く以外の選択肢を考える余裕がなかった。

 過労が祟ったのだろう。
 足を踏み外して階段から落下し、あっという間に帰らぬ人となった。

 転生した。

 目を覚ましてまずはじめに思ったのは、

「ヤりてぇ……」

 転生前唯一の後悔だった。

 ショーウィンドウに映った「白くふわふわなお腹とアイリングに縁どられた黒目」を見た瞬間、メスだヤらせろ! と飛びつく。
 ガラスにぶつかった。

 僕はアデリーペンギンになっていた。

 ミニスカートから伸びる脚線美にドキドキしていた自分が懐かしい。レンガ色の嘴を突っつきたい。毛繕いされて癒されたい。足と足の間を暴きたい。メスにモテてモテてモテまくってがんがん交尾する為には、巣材の石を集め有能さをアピールする必要があった。

 石探しの旅が始まる。

 感情が湧けば食事は不要だった。雨風は多少不快でも、耐水性、耐暑性、耐寒性完備の羽毛が護ってくれる。服を着なければならない人間が憐れに思えるほどだ。

 集めた石を保管すべく、シャッター街の部屋を無断で借りる。
 どうせ誰も気にしまい。

 僕はせっせと石を蓄えていく。
 アデリーペンギンのメスと出会える日を夢見て。

「ちゃんと掃除しないと、売れないものね」

 妖精の少女・豆の花が手回し粉砕機に僕の希望を詰め、ハンドルを回し始めた。アルミ合金製のギアとギアが石を内に押し込み、圧縮・粉砕していく。

「やめてくれ! や、やめて、やめてください!」
「どうかした?」

 がりがりと鳴り、さらさらと砂粒が降る。
 僕はフリッパーで豆の花を叩いたが、体が倍以上ある彼女には効果がなかった。

「賃貸契約結ぶ?」
「む、結ぶから、結びます! だからお願い……」
「店開いて、商店街の活気を取り戻す?」
「もちろんです! なんでもします! だから石だけは――」

 豆の花はハンドルから手を離し、僕は慌てて粉砕機から石を取り出した。

 彼女は約束してくれた。

「もしうまくいったら、仲間のもとに連れていってあげる」

 僕はくわっとアイリングを開く。

 交尾できる。
 人形相手に腰を振りまくった成果を見せつけられる。

 やってヤるぜ。

 僕は転生前に嗜んでいた寓話集や童話集、民話集を参考に、驚きを味わえる石ころを作り始めた。
 石ころ専門店「童貞」の開店だ。

 一年後にはもちろん「成鳥」に改名するとも。

「あ、良郎。わたしの店も締めといて~。ちょっとルニルニに遊びに……じゃなくて、視察してくるからさー」

 豆の花の自称姉・芥子の種がへらへらした顔で近づいてきた。

「自分の店でしょう。最後まで自分で面倒見てくださいよ」
「いいじゃん。どうせ誰も来ないんだし。時間になったらシャッター閉めるだけでいいからさー」

 豆の花は冷静沈着って感じで近寄りがたかったが、この姉は駄目過ぎて逆に近寄りたくない。
 とはいえ、商店街の活性化には、彼女の協力も不可欠なわけで……。

「人間や妖精用に作られた店のシャッターを下ろすのが、小柄なペンギンにとっていかに大変か、わかってもらえませんか?」
「できないわけじゃないんでしょ? ほら、あとでお駄賃上げるから」
「どうせ売れ残りの絵の具でしょう」
「ほんと可愛くないよね、見た目に反して! だからモテないんじゃない?」

 モ、テ……?
 僕の思考は一瞬にしてそれに支配される。

 石だけでは駄目なのか。仮に豆の花に連れていかれたとして、メスを持ち帰れなければ意味がない。種族違えども、メスのことはメスの方が詳しい。少なくとも僕より詳しい。

「えっと、かわいいほうがいいんですか?」
「そーそう。きょとんと首を傾げたり、フリッパーをばたばたさせたり」
「こんな感じ?」

 首を傾げてアイリングをぱちくりとし、フリッパーを振って胸を張る。

「いいよいいよぉ、次はうんと背伸びしてみよう」
「うううぅ」
「かわいい! 最高! フリッパーが器用なほうが何かと便利だから、試しにシャッターを閉めてみようか!」
「なるほど!」

 僕は早速フック棒を取り出した。

 芥子の種は大型感情ショッピングモールに出かけ、僕はかわいいポーズを洗練させる。閉店時間になると、絵の具屋の掃除をし、電気を消し、シャッターを閉めた。

 さあ、帰ってかわいい修業と新作の準備だ。

 芥子の種に言いくるめられていたと気づくまで、それから数週間は要した。

 僕は誓う。

 お隣の妖精姉妹を信ずるべからず。

 いつか絶対引っ越してやる。
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