10、竹林での初戦
文字数 1,769文字
一方のサンドライトは、一見魔法の杖にも見える二メートルほどのステッキを執事アレキに渡した。竹林の奥地へ向かうには村長の許可が必要だったが、執事アレキが早々に手をまわしていた。
外に出ると、玄関先に馬車が控えていた。
ただでさえ静まり返った老村だが、深夜の町並みはより不気味な暗さをまとっていた。
ここ最近増加している侵入者を防ぐためか、昔はなかった有刺鉄線がびっしりと張り巡らされていた。幸い村長から許可が下りたことで、一部通り道ができていた。
竹林が鬱蒼と生えている敷地は、予想よりずっと広大だった。
四方八方どこを見渡しても、竹、竹、竹しかない。
土を、天を、無数の竹が突き刺しているように見えた。
先へ進めば進むほど闇は深くなっていく。
「おい、あれを見ろよ……」
しばらく進んだところでヒスイが声を上げた。
彼の指さす先に執事アレキが懐中電灯を向ける。そこには、頭蓋骨がいくつもの根元に転がっていた。
窓を開けて確認すると、死臭こそしないものの血の匂いがした。
すっかり口数が減ってしまった三人であったが、馬が何かに躓いたのか、大きくバランスを崩して転倒してしまった。
瞬発力のあるヒスイは、素早く馬車から飛び出して無傷だったが、サンドライトと執事アレキが軽傷を負った。
「大丈夫か、兄者」
強面のヒスイは、その顔に似合わず馬車と地面とのあいだに挟まって身動きが取れないサンドライトに優しく手を差し伸べた。
「すまない。しかし、馬が逃げてしまった」
自分の怪我よりも、馬を連れてきたことを本気で後悔する口ぶりだった。
「それより、急に冷えてきましたよ」
執事アレキもまたヒスイの手を借りて起き上がると、神妙に囁いた。
三人は背中を突き合わせながら、頭上、周囲、足元に目を見張る。
アレキが首にかけていた懐中時計の針が、まもなく零時を刻もうとしていた。
それまで晴れていた空から雷が落ちてきたかと思えば、ザーッと驟雨のような矢が頭上から降ってきた。
アレキは渡されたステッキでそれらを跳ね返すフリをしつつ、サンドライトの首を後ろからステッキの尖端でそっと突いた。
そのあいだサンドライトは、馬車の天井に乗せてある英国王室御用達フルトンのビニール傘を取り出して防御に徹した。むろんこの傘は、サンドライトの手によって防具用に改造してあった。
かたやヒスイは、自慢の腕力で二本の長剣を振り回しことごとく矢を弾き飛ばした。
ふと、あの女は現れた。
一瞬のことだったが、その声をヒスイはハッキリと耳にした。
「サンドライトを、おまえの手で殺せ」
身の毛がよだつほど冷ややかな声だった。
地面までべったりと漬かる漆黒な髪が、執事アレキとサンドライトの目を覆い隠したことで、ヒスイにしかその姿は確認できなかった。
―――私は死なない。もちろんヒスイ、可愛いおまえも死なせない! 死ぬのは……吸血姫ただひとりだ!
ヒスイは力強く両眼を閉じながら、
「うああああああ!」
と魂の声を上げた。
サンドライトの長い金色の髪が、バッサリと地面に落ちた。
竹林が、ザァァァァと左右に揺れはじめる。
頭上から月光が降り注いだことで、ヒスイの長剣が血でべったりと赤く染まっているのがわかった。
ヒスイが女の居場所を確認するよりも先に、地面に横たわったサンドライトの首を吸血姫は手荒に掴み、鋭い歯で血を吸いはじめた。
「兄者ぁぁぁぁぁぁ!」
逆上したヒスイは、うしろから吸血姫に斬りかかろうとしたが、金縛りにでもあったかのように手も足も硬直して自由がきかなかった。
いや、単なる金縛りではない。
地面の下から両耳を覆いたくなるほどの金切声とともに、無数に伸びた罪人どもの手がヒスイの足首を掴んでいたのだ。
ヒスイの右足、左足、下腹部、右腕、顔半分、頭部と、次々に罪人どもに集られ、周りが何も見えなくなった。
「俺は、こんな醜い女を見に来たんじゃねぇぇぇぇぇ!」
とヒスイの喚き声すら覆われてしまった。
全身を針で刺されたような痛みと、激しく締めつけられる息苦しさを感じたまま、ヒスイは意識を失った。