1、老村
文字数 818文字
三百世帯ほどしかいない小さな村で、村役場を中心として少数の民家が集落をなしていた。
今やどこにでもあるはずのコンビニも皆無で、大型スーパーは百キロ以上も離れた場所にあるため、村人たちは村役場近くの万事屋(よろずや)や、月に数回訪れる販売車を利用した。
また交通の便も悪く、子どもは自転車やタクシーを利用することもあったが、前もって乗る時間帯をバス会社に告げるオンデマンドバスを利用する村人が増えてきた。
市場に流通できるほどの名産品は特になかったが、林業で生計を立てているものが多い。
天体ショーに適した場所だと雑誌に取り上げられてからは、年に一、二回、外の人たちで賑わうこともあったが一過性のイベント。
村は寂れてゆくばかりだと思われたが、五年前から三人の"薔薇の貴公子”の寄付によってカフェや待合所ができた。彼らが何者なのかという話は後で詳細に述べるとして。
それでも、しょせんセレブは気まぐれだ。
やがて、ここは国にも見捨てられてしまうだろう。
敢えてそれを口にしないだけで、村人たちの誰もがそんな一抹の不安を抱いて生活していた。
また、老村の人口減少の理由が不可解なのも村人たちの不安を煽っていた。
一般的には子供たちがみな都心部へ流れることが人口減の理由だが、奇妙なことに老村ではそもそも子供が生まれないのだ。
20代夫婦の不妊の原因を病院で調べてもらっても、夫婦ともに異常なしのケースが圧倒的に多かった。老村での生活が、遺伝子に何かしら悪影響を与えているのだろうか。医学的な証明はなされていない。
そんなある日、お産場所すらなかった老村に産婦人科ができた。
その朗報が飛び込んできたとき、村は一種の興奮状態となったが、ひとたび蓋を開けてみると一風変わった病院だった。命の誕生を見守る場所のはずが、雨風をしのぐ屋根が、なかったのだ。