11、地下室の拷問

文字数 1,696文字

 それより一時間前のこと。
 洋館の地下では、スピネルが老夫婦を尋問していた。
 「この部屋はね、悪名高きネベロングがお仕置き部屋として使っていた場所らしいよ。ちょっと、エロティックだよね」
 スピネルは、自分の声が反響する地下室で、両手を広げながら楽しそうに言った。
 「ところで……どうして、僕の跡をつけてきたのかな?」
 竹取物語の古書を左手で広げながら、縄で繋がれた老夫婦のまわりを歩きながら尋ねた。
 翁はぐったりと真っ青な顔でうなだれているが、媼はスピネルを睨みつけている。
 「多分、この古書だよね? 物語の力が、キミたちをそうさせるんだ。なんだか、ロマンティックだよね。ところでね、僕は気づいてしまったんだ」
 パタンと古書を閉じると、スピネルは銀色の髪からのぞかせる片方の赤い瞳を光らせた。
 「間近に控えている金星食。それも、新月に金星が隠れるのは二百七十年に一回なんだよね。ということはだよ? 二百七十年前にさかのぼると、同じ状況に陥った人が、何かしら未来に大切なメッセージを残していると思うんだよ! なかなか面白い展開だよねっ」
 翁はスピネルの語りにただただ怯えていたが、媼の顔からは焦燥している様子がうかがえた。
 「老村の人々の話によるとね、半年前に消えてなくなった若い夫婦と、キミたちの容姿が
そっくりなんだって。つまり、キミたちの力を借りれば、二百七十年前にタイムスリップも
可能なのかなーて……んーまぁ飛躍しすぎかもしれないけど、僕の直感は当たるからね」
 スピネルは二人の前に置いた丸椅子に座った。
 「ずっとね、不思議だったんだぁ。先代から守られているこの古書の最後のページが鍵穴のかたちでくり貫かれているんだけど、何を意味するかわからなくてっ。でも、単純に考えたらさ、鍵穴なんだから、ここにはめる鍵を探すべきだよね?」
 それまで大きな声で独り言でも口にしていただけのスピネルが、獲物を狙うハイエナの如く老夫婦を凝視した。
 「縄で縛ったりしちゃって、ごめんねぇ。これからは、キミたちが主役だよ!」
 スピネルは満面の笑みを浮かべた後、老夫婦の眼前で古書の最後のページを広げて見せた。
 直後、そのページから、凄まじい勢いで天井につくほど高い光の柱が飛び出てきた。老夫婦は白目になって気を半分失っていた。
 「凄い、凄いよキミたちは!」
 口角を吊り上げて不気味な笑い方をするスピネルもまた、古書の中で渦巻く風に引っ張られ、上半身だけ本の中に吸い込まれる状態になった。

 長く、長くのびた二本の竹の先で、月が丸く大きく輝いている。
 誰の手か見えない。
 誰の声かもわからない。
 そしてまた、映像は地上に根を張る二本の竹に戻される。
 金色の竹と黒光りした竹。
 それらの周りには、黒い言霊が無数に浮遊している。
 ひとつ、またひとつと、黒光りされた竹に吸収されていく。
 猛然たる勢いで黒光りした竹はみるみると成長していくが、金色の竹は痩せて小さくしぼんでゆく。
 ザーッとノイズのような音がして、黒い波が流れ込んできたと思った矢先……。
 黒光りした竹を、金星のような圧倒的な存在が破滅させた。

 そこで映像は一方的に途絶え、スピネルの意識は古書の中から現実へと引き戻された。
 古書に半分、吸収されていた頭部が解放された反動で、スピネルは壁のほうまで吹き飛ばされた。その勢いで背中を強打したが、興奮のあまりすぐに立ち上がった。
 「本もここまでいくと、芸術だよ! 時空と古書との融合なんて、誰が予測しただろうか!」
 しかし、単純に凄まじい映像美に魅せられたことに興奮しているわけではなかった。
 ついに、〈黒い輝夜姫〉を封じる一手を見出したのだ。
 地下室の窓から流れ星が落ちるのが見えた。
 「すでに死んでいる星たちが僕を導いてくれるなんて、まったくいじらしいよね」
 古書を閉じたとたん、気絶していた老夫婦は目を覚ましたが、スピネルの悪魔のような不気味な微笑みで得体のしれぬ恐怖に駆られ、しばらくはガタガタと身を震わせていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

サンドライト


薔薇の貴公子の長男。

28歳。眉目秀麗。

美食家。ナルシスト。戦略家。

読書とピアノが趣味。

スピネルの星読みの才能に

嫉妬しているが、実は

いちばん兄弟想い。


スピネル


薔薇の貴公子の次男。

25歳。碧眼(左眼は義眼)。

天真爛漫。時に狂暴。

読書とマスク蒐集が趣味。

重度の紫外線アレルギー。

星読みが得意。

ヒスイ


薔薇の貴公子の三男。

23歳。小麦肌で強靭な肉体。

酒豪で好色。単純で熱血。

だが、根は優しい。

二刀剣法と語学が得意。


アレキ


薔薇の貴公子の執事。

三兄弟を見守り、時に助けるが、

どうやらもう一つの顔があるようで…。

ネベロング


270年前、突如老村に現れた異国人。

絶大なカリスマ性で村を牽引するが、ある時を境に人が変わったようになり、

〈吸血姫〉と恐れられた。


クリス


薔薇の貴公子の祖先。

老村にて暴君となったネベロングを処刑する。

村長


老村の村長。

愛犬のムーンを溺愛している。

求心力はあまりない。

白い輝夜姫


黒い輝夜姫に生気を吸われてしまう。

黒い輝夜姫


古の吸血姫伝説を彷彿とさせる存在。

人の生気を吸い取り、老村を恐怖に陥れる。


葬除人(そうじにん)


〈物語〉の進行を阻害する存在を葬るため、月から派遣される存在。

シュシュ・ハンサ


ヒスイの恋人、レニーの命を奪った通り魔。

南の島の少数民族ヘナ族の出身。

死刑執行直前まで常軌を逸した発言を繰り返していた。

鶴乃


〈ハブパーク〉の案内人。

通称〈顔のない女〉。

サンドライトと時間を共にするうちに……。

未月(みづき)


月楼館の最年長の月遊女。

十歳年下の麗月を妹のように思っている。

麗月(れいづき)


未月の妹分。

とある理由で月楼館の月遊女となった。

月神様の寵愛を受けるが……。

ツクヨミ


月神様の側近・参謀。

時折過去に想いを馳せるようだが、その来歴は誰にも知られていない。

月神様


〈物語ロード〉の創始者であり月の絶対存在。

穏と怒の顔を持ち、ひとたび怒らせると月には大きな災害が起こる。

エトランジュ


月楼館の上級月面師。

怪しげなマスクをしている。

その正体は、スピネル。

カマル

【大鮫男】


かつての月の五卿相〈ムーンファイブ〉の一人。

〈物語ロード〉の監視・指導の初代責任者。

伝説上の怪魚〈オオイカヅチザメ〉の兜を被っており、上半身は裸。

支配欲が強く、直情的なためいつもサルに馬鹿にされる。

サル

【出っ歯】


かつての月の五卿相〈ムーンファイブ〉の一人。

人材の育成と、罪人の処遇を決める司法官を兼務。

中年で出っ歯。

他者を認めようとしない皮肉屋。

チャンドラマー

【乙女坊主】


かつての月の五卿相〈ムーンファイブ〉の一人。

月の警備兵たちの最高指揮官。

会議では月神様の一挙手一投足に見とれていて使い物にならない。

クー


月の五卿相〈ムーンファイブ〉の一人。

月神様が生み出した黒猫型超翻訳ロボ。

地球に限らず惑星言語を月の言葉に翻訳することができる。

語尾は「じゃじゃあ」。

Drアイ


月の五卿相〈ムーンファイブ〉の一人。

月神様が生み出した白猫型超医療ロボ。

月で一番の名医。

好物は宝石キャンディ・脳味噌。

語尾は「ニャウ」。

月獣セレーネ


月神様により月を追放され、〈鳥かご座〉に拘束されている。

死人の脳味噌を食しエネルギー源とする。

アマル


現在の〈物語ロード〉の監視・指導の責任者。

〈オオイカヅチザメ〉の兜は継承しているが、半裸ではない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み