7、スピネルの予感
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彼の独特な性格を表出したようなその部屋は、奇妙なコレクションを扱う博物館のような雰囲気を醸し出していた。
中でも、壁に一列に並ぶデスマスクは異様だった。
デスマスクとは、死者の顔を石膏や蝋で象ったものをいう。
ピエロのような星や涙が頬や目元に描かれたものから、目元がエスカルゴや薔薇でできた奇抜なものや、レーニン、トルストイなどの本格的なデスマスクまで様々だった。
兄弟や執事には、ここにあるデスマスクは模倣品だと話していたが、一部、本物の偉人のデスマスクも混じっているという。その入手ルートや時期については誰にも打ち明けていない。
膨大な古書のコレクションが納められた立派な本棚も存在感を持っていた。几帳面に言語に分けて並べられた古書。
この日は、日本國の古典を集めた上段で手が止まった。
一冊お目当ての古書を取り出すと、普段、椅子やベッドとして使っている特注品の棺に真っ赤なベルベットのマントを被せてその上に座した。
黒ウサギのドルークも手元に置くことを忘れない。
スピネルは、お気に入りのソルト水をコップ一杯分含んだ。
膝の上で古書を広げると深呼吸をした。
やがて、呪文の如く物語を唱えはじめた。
どのページも空白だった。
---違う。
さっきまで印字されていなかったはずの文字が、浮かび上がってきた。
普段は前髪で隠れている左目から電子音が聞こえた。同時に、左の眼光から注がれる赤い光が古書を照らしていた。
スピネルの詠唱じみた謎の朗読は、早朝まで続いた。