〈物語ロード〉とは
文字数 1,242文字
中でもプロセラルム盆地の中央に存在する大都市キタカンは、一大産業であるゲンゴファクトリーが密集する地域だ。
ここでは、地球から流れ星にのせて運ばれてくる物語が欠かせない。物語が上質であり、知名度が高いものであればあるほどエネルギー量は大きくなる。
その際にできる時空の道を、〈物語ロード〉と呼ぶ。
確実に物語を運ぶため、月神様は薄く凝縮された特殊な大気を月の表面にかけた。こうすることで、遠くへ行けば行くほど物語(=音)が聞こえなくなるのを防げた。
その運営(システム)により、多くの月人(つきびと)たちが休む暇なくフルスピードでそれらの物語を読み解き、最終的に鉱物の月飯(げっぱん)を作り上げてゆく。それは月人たちの命の源であり、いまのところそれなくして生きることは不可能だ。
一部の特権階級のあいだでは、月で発掘できる甘味宝石が流行していたが、味覚を刺激はするものの、生命維持を期待できるものではなかった。
月人たちが自身で物語を生み出し、自給自足できれば話は早いのだが、月人たちの感性が乏しいためか、皮肉にも創造主である月神様が、初めから未来タイプのヒトを生み出してしまったためか、今のところ実現できていない。
こう考えると、地球---物語を作る地球人が滅びることがあれば、必要に迫って月人は創作家の育成に尽力するのかもしれないし、手っ取り早く別の惑星の衛星に鞍替えするのかもしれない。
やや横道にそれてしまったが、月人たちはどのようにして物語を読み解くのか?
実は、月人たちは地球に溢れている多くの言語を理解できない。
そこで活躍するのが、月神様が生み出した超翻訳ロボの存在だ。
見た目は黒猫を模しており、全長一メートルほどで地球の言葉を瞬時に翻訳できる。
中でも唯一心があり、月人と会話で意思の疎通がはかれるのはクーだけだった。他の黒猫型ロボとは異なり、地球に限らず惑星言語を月の言葉に翻訳するという入神の域に達した能力を持つ。
ところで、偉大な〈物語〉の創造主たちが亡くなると、〈物語〉はどうなってしまうのか? 残念ながら、よほどの強運でもないかぎり、そのかたちは少しずつ失われていく。
地球人には理解しがたいことかもしれないが、人々の記憶からも薄れていき、やがては消えてしまう。ただし、運良く月人に物語を掬いあげられると、地上へ〈物語の種〉を生み落としてくれる。
そのひとつが、日本國を代表する〈竹取物語〉だ。
しかしそれは作者不詳ではなかったか?
未来タイプのヒトである月人が優れているのは、星々の歴史や人間が生まれるよりもずっと前のことを彼らが把握していることだろう。
とは言え、月人とて全能ではない。
非常に稀なことではあるが、語り継がれるはずだった〈物語〉に異変が生じたことを、だいぶ後になって知ることもある。
今まさに、その稀なケースが起こっていた。