13、決起集会
文字数 2,444文字
老村の人々は真昼間から村役場前に集まっていた。
早朝から繰り返された村長による村内放送。
そこで詳細が語られなくとも、連日の怪事件にまつわる話が語られるのだろうと、誰もが安易に予測できた。
開口一番、村長は人ならざる者に殺された愛犬への哀悼の意を表した。
「私が長年愛してやまなかった秋田犬の、ムーンが…ムーンが…亡き妻の代わりにいつも私のそばに寄り添っていて……うぅぅ、それなのに、うぅう」
村長の悲痛の叫びに、正直面食らってしまう者もいれば、どうしたらいいかわからず顔を伏せる者もいた。
「ああ、私の立場で取り乱して、本当に、本当に申し訳ない……。だが、悲しんでばかりもいられない。そこで、この村の救世主となるであろう〈薔薇の貴公子〉お三方の協力を得て、竹林に潜む難敵に立ち向かいたいと思っている」
スピネルの調査で、化け物の正体が黒い輝夜姫だという事実は、混乱を招く恐れがあり伏せられた。その代わり、どうすれば敵に致命的なダメージを与えられるかについてはスピネルの口から伝えられた。
紺のシルクジャケットに、オフホワイトの中性的なボータイのシャツを着て。抜けるような白い肌を覗かせたショートパンツと紺のハイソックスという出で立ちでスピネルは現れた。
年齢不詳の妖しさを放つスピネルが壇上に登場すると、その場は色めき立った。
「僕は、新月が好きなんだよね。新月の日は、心の奥底から情熱が沸き上がってくるんだっ。でもね、そういった衝動に駆られるのは、どうも僕だけじゃないみたいっ」
その独特の語り口に、村人たちは虜になって耳を傾ける。
「悪魔が本格的に覚醒する前にね、黒光りした竹を見つけなければならない。それも、絶対に日が暮れる前に、ね。なぜって? 夜になると、黒い竹は闇と同化してしまうんだって。そうなると、肉眼で見つけるのは至難の業でしょ?」
小首を傾げながらスピネルは右目を細めた。
「二百七十年前、僕らの祖先、クリスが吸血姫を処刑したのは知っているよね? 計算すると、当時の吸血姫、ネベロングが狂気に取り憑かれて村に災厄をもたらした年に、東の空に昇ったばかりの金星が、やはり新月によって隠されたんだ。闇に取り憑かれた彼女はまさに悪魔のようだったというね。そんな彼女を、クリスは何の対策もなしに封じることができたと思う? 僕もようやく、わかったんだよ。クリスがその女を封じた方法をね。……みんなも、やっぱり知りたい?」
村人たちは動揺を隠せなかった。
村で吸血姫伝説について知らない者はいなかった。
老村の歴史について詳細に親から子へ伝えられるのは、この村の慣習となっていた。
「老村ってね、とても不思議な場所なんだよ。どこにいても空は繋がっているから、同じものを見ようと思えば見れるでしょ? でもね、老村からしか見えない空もあるんだ。僕たちには到底理解できない空が、時折、顔を見せるんだよ。〈物語の種〉を降らす、空が、ね」
おそらく、スピネルの空想的な話をまともに理解できる者はこの場にいないだろう。
それにもかかわらず、ただ怯えるだけだった村人たちの士気が上がりはじめた。
「話が逸れてしまったね。吸血姫を封じる方法。それはね…んー、本当なら僕の口から話したいのだけど、実は紫外線アレルギーなんだよね。だから、あとはヒスイに任せることにするね」
肝心のところでスピネルは、村人たちの前から消え去ってしまった。
しかも、僅かな時間も無駄にしたくないのか、素早く馬車に乗ると、丘の上の洋館へ瞬時に帰っていった。
すれ違いざま、ヒスイは見逃さなかった。
いつも天真爛漫なスピネルだったが、目の前を通り過ぎたとき、いつも前髪で覆われている左眼がギラギラと燃え滾っていたことを。
小麦色の肉厚な手に渡ったマイクは、今にも握り潰れそうに見えた。
代わってヒスイが壇上に上った。
素肌の上から直接羽織った、十kgはある黒いコートがさらに彼の存在感を高めている。
「歴史を振り返ってみても、老村は、しばしば深刻な危機に直面してきた。父方の祖先は、日々脅かされていた老村の民を悪名高きネベロングの支配から解き放った英雄である! いや、真の英雄とは老村のために老村で生きる、この場に集まった諸君らのことである! 我らの前に、邪悪な存在が新たに立ちはだかった今、我々は団結しなければならない! この村の輝かしい未来のために!」
ヒスイの声は、拡声器なしでも丘の上まで十二分に届きそうなボリュームだった。
「いざ、黒い竹を刈りにいこうではないか! 皆で、今世紀最大の悪を封じようではないか!」
高らかに振りかざされた拳の動きを真似て、村人たちは威勢よく片手をあげた。
「諸君らの命は私が預かろう! またここで、諸君らと勝利の美酒に酔いしれる日を楽しみにしている! 皆の者、すぐさま竹林へと向かうのだー!」
村役場周辺の熱気は最高潮に達した。
ヒスイが降壇すると、執事アレキが歩み寄ってくるなり小刻みに拍手してきた。
「お見事です」
「サンドライトの演説文がな」
ヒスイは自嘲気味に言った。
アレキのサンドライト贔屓は、こんなところにも表れていた。
「姿を消しておいて、こんなものはちゃんと用意しておくんだからまったく兄者は……」
太くてゴツイ龍の衣で作られたグローブを右手にはめながらため息交じりに言った。
「ヒスイ様、そろそろ……」
「ああ。しっかし、サンドライトは生きてるんだろうな?」
「もちろんでございます。坊ちゃんの光が消えてしまうときは、世界全体も消滅するときでございます」
ヒスイは執事アレキの大袈裟な発言に呵々(かか)と笑った。
「それはそうと、ヒスイ様の愛馬が到着いたしました。どうか、ご武運をお祈り申し上げます」
ヒスイが跨ると、毛艶の良い黒い馬が竹林の方向に嘶いた。