第15話 ゲスい男のゲスい策
文字数 2,792文字
死ねばいいのにという最悪の悪口から、自重しろという正論まで――実に幅広い言葉責めを受けていた。
だからといって真に受ける人間ではなく、
「じゃぁ、気を取り直していきましょうか」
羽央はその一言で済まる。
そうして、二ゲーム目が開始された。
ほとんどが、先ほどと反対の脚を支点に添えている。
「これは……三ゲーム目がしんどいな」
早くも、相川が弱音を吐く。
「あらら、女装少年下がっちまったか」
敵の陣形は変わらぬ鶴翼であるものの、呼び込む餌が今回はいなかった。
「鶴翼に対するなら、魚鱗か鋒矢だが……」
ケンバトでは正面から攻略するのは難しい。勢いで倒したとしても、着地点を狙われたらおしまいである。
また先ほどの戦いを見る限り、向こうは消耗を避けている。
負けるつもりはないのだろうが、倒す気概も感じられない。
たぶん、先を見通しているのだろう。
キングさえ取られなければいくらでも逆転は可能だ。
反面、取られてしまえば是が非でも相手のキングを奪うしかなくなる。その展開――激戦を避ける為に羽央は見逃された。
あの状況下でそれができたのなら、下手な陽動に引っかかるとは思えない。
「どうする藍生。随分な策士みたいだぜ、あいつ」
「まったくだ。初戦は好き勝手に動きたかったのに、台無しにしてくれちゃってまぁ」
戦術相手に無策で挑めるほど、羽央は馬鹿でもなければ自信家でもなかった。
「こうなったら仕方ない、ちょいとゲスい作戦を取らせてもらおう」
「なにをする気だおまえ?」
「なにって、俺とマリーで女子を蹴散らす。女子相手なら、無双できそうだからな」
そうすれば、持ち場を離れて助けにくる――フラグをたてにくる男子がでてくるはず。
「本当にゲスっ! そんなのにマリーを巻き込むなよな?」
「他にできそうな奴がいないんだから、しょうがねぇだろ? これだから日本人は」
「おまえも日本人だろ」
「なにごとにも例外ありだ。んで、俺はその例外。異論はあるか?」
「……ねぇよ。日本人代表って言われるよりは腑に落ちる」
「んじゃ、それプラス」
「まだあんのか!」
もう一つの作戦は、とても女子には聞かせられなかった。
「……それでいけるか?」
「さぁ、こればっかりは俺にもわからん」
羽央の指示に従って、相川は自軍を男女に分けた。
というよりも、女子の耳を汚さぬよう避難させた。
「野郎どもに告ぐ――」
そうして、羽央はゲスい作戦を口にする。
「敵のクイーンだが……本当に男だと思うか?」
まず、一滴の油が垂らされた。
「おい、藍生……なにを言ってんだ?」
男子たちが騒めき立つ。
「いや、近くで見た限り……胸があるような気がするんだよなぁ」
徹頭徹尾、口からのでまかせである。
「それを確かめたいんだが……協力してくれないか?」
「ばっ! そんなのできるわけねぇだろ……」
あれほどのブーイングに晒されて平気なのはおまえくらいだと、男子たちは弱音を零す。
「いやいや、少し考えてみろ? もし、女だとしたら――どうなる?」
「どうって……おまえまさか!?」
「脅して、いろいろできるんじゃないか? まぁ、こっちから言い出さなくても、向こうからなんでもしますってお願いしてくるか」
にたり、と羽央は笑う。
何人乗るかはわからないが、生唾を呑みこんだ者が確かにいた。目つきが危ない者もいる。
「それじゃぁ、頼んだぞ。俺とマリーで敵陣を乱すから、その隙に突撃しろ」
現在、敵のクイーンは最奥――キングの隣に付いていた。
そちらに向かって突き進めば、敵は必ずキングの守りを優先するだろう。さすれば、クイーンの周囲は手薄になるはず。
「それじゃ時間も少ないし、急いでいくか!」
東堂は動かない敵を見て、不審に思う。
既に一分、こう着状態。審判の教師からはなにも言われていない。それ以前に、彼はフレーム越しでしかこちらを見ていなかった。
しかも、年齢に見合わない俊敏さであらゆる位置と角度から機械的なフラッシュ音を轟かせている。
「北川君、大丈夫?」
「うん……僕は平気、男だし。それより、南さんは?」
小学生ならいざ知らず、高校生にもなって女子を平気で蹴り倒すとは、さすがの東堂も驚かざるを得なかった。
自分も含め、他の男子は攻撃の手を緩めていたというのに……。
藍生羽央、相変わらずふざけた奴である。
「……動きだしたか」
羽央を先頭に据えた偃月陣。
鶴翼の反対――両翼を下げた形で向かってくる。
「どうします、東堂さん?」
北川の不安はもっともだろう。
なんせ、先頭は女子相手に跳び蹴りをかますゲス野郎だ。
「このまま包囲する。正面は防御重視、藍生羽央だけは絶対に抜かせるな」
羽央以外には、女子(北川も)は有効な盾――男子の気勢を殺すことができた。号令と共に、両翼が狭まれる。
このままいけば、うまく敵を呑みこむだろう。
東堂は徐々に速度を落とし、陣形から外れる。一歩置いて、俯瞰して見る。包囲は問題ない。が、羽央の姿が先頭から消えていた。
何処だ? と思った時にはもう遅い。
――フィールドを金切り声が引き裂いた。
一言で述べると、最低だった。
悲鳴をあげる女子に対して、笑いながら足を振り回す男が一人。
「おらおら! 怪我したくなったらケツ向けろ!」
寄るな、キモい、変態、死ね――キャーと罵られても、
「なら、優しく蹴ってやろうか――胸限定で!」
セクハラ発言。
そしてなによりも最低なのが、そういった状況を咎めることなく、追い回すようにシャッターを切っている男性教師がいることだろう。
「てめー! いい加減にしろよ!」
あまりの酷さに敵の陣形が乱れていく。
正義感の強い男子が羽央に向かうも、辿り着くことなく失速する。
キングの後ろには、常に異国のクイーンがかしずいていた。
なびく金髪ツインテール、薄いブルーの瞳、見慣れぬ民族衣装。マリーは立ち塞がるだけで、勇敢なる男の行進を止めてみせる。
「相川、ひなうー! キング取れるなら、取っていいぞ!」
想像よりも容易く敵の包囲を切り崩せたので、羽央は調子に乗って叫ぶ。
「あいよ!」
「ひなうー言うなっ!」
優が先陣を切り、相川が後ろに続く。彼女を止められる男は存在せず、いたとしても相川とのコンビネーションで瞬殺されていた。
優はあまりにあざとかった。
ただでさえ透けていたブラが汗をかくことで更に存在感を増し、男の目を奪う。黒のツインテールを揺らし、絶対領域に巣食った蝶のリボンをなびかせ、スカートの裾を翻す。
「相川、日向さん――クイーンは俺らに任せてくれ!」
追いついてきた馬面のナイトと男子二名が露払いを申し出る。
相川は理由がわかっているだけに曖昧に応じ、
「ほんとっ! ありがとう」
知らない優は愛想よく任せた。