第31話 賭けの代償

文字数 1,957文字

 頬を流れる汗を拭う間もなく、敵は攻撃を仕掛けてくる。
 
 暑い、休ませてくれ、もう限界だと少年は心の中で叫ぶも、
「がんばれっ!」
 現実の声にかき消されてしまう。

 ――渡部高志(わたべたかし)は孤軍奮闘していた。

 四回戦、A―3 対 J-1、フィールドは中庭を含む第三校舎。
 メイン戦場となる中庭では学ランに赤いタスキを額に巻いたキング――渡部がたった一人で敵の侵攻を食い止めていた。
 
 なにも、この場にいるのは彼一人ではない。
 
 ただ、戦闘員は彼一人きり――他の仲間は全員女子だった。それも華奢で大人しそうな、とても手伝えとは言えない女のコたち。
 これもあの男の差し金に違いないと、渡部は奥歯を噛み鳴らす。賭けに負けたとはいえ、あんまりではないか、やり口が汚すぎると。

「フレッフレッ高志!」
「ファイト!」
「頑張れ渡部君!」
 
 ケンバト中、羽央の指揮下に入るだけと高を括っていたらこの様だ。
 どんな命令を下されても適当に負ければいい、一点の価値しかないのだから誰も気に留めない。
 そう思っていたら、キングの座を押し付けられてしまった。
 クラスの勝敗に関わるとなると、簡単に諦めるわけにはいかない。責められるのは嫌だ。当然の心理である。
 それ以上に、渡部は慰めや同情を受けるのが耐えられなかった。
 
 だから、必死になって踏み止まる。
 
 キングを押し付けられただけでも、彼女たちは声をかけてきたのだ。だとすれば、負けた時もしかり――きっとドンマイ、と慰めの声を投げられる。
 
 ――こんな自分なんかに!



 渡部が意地を見せている間、羽央は底意地を晒していた。
「――俺には三本目の足がある」
 学ランとタスキを脱ぎ、自由なポーンに成り下がった羽央は生き生きとしていた。

「はぁ? なに言ってんのあんた?」
 優が毒吐く。
 
 マリーも隣で首を傾げ、青い瞳を瞬かせている。
 三人は中庭を進まず、校舎を右から大きく迂回している途中であった。

「ねぇ、こいつがあの二木中の藍生羽央じゃない?」
「えー? でもキングじゃないよぉ?」
 
 J-1の生徒たちが羽央を見て、囁く。
 男子の姿はなく、女子だらけ。体操服だけでなく、制服やコスプレ姿も見受けられる。

「まったく、気づいてたんなら言えってのよ……そしたら、優も楽できたのに」
 ぶつくさと優は文句を垂れる。
 大駒の変更が可能だとわかっていれば下に体操服を着ていたのに、もうちょっと楽な着こなしができたのに、と。
 
 背後からの呪詛を掻き消すように、
「見ろっ!」
 羽央は叫んだ。
 
 腰に両手をやって高らかに――女子の悲鳴があがった。

「えっ! えぇ!? ……えぇぇっっ!?」
「ちょっ! これマジ……?」
「キャー――!」
 
 生理的嫌悪丸出しの金切り声――女子はある一点を見て、パニックに陥った。
 羽央は清々しい表情で、男のシンボルを誇示していた。

「ちょっとそれルール違反っしょ!」
「そうだよ! 公序良俗に反する行為じゃん」

「なにが公序良俗に反する行為なんだ? これは生理現象だぞ? そもそも、おまえらが魅力的な女性である証だ!」
 だから喜べ、と羽央は無茶を押し付ける。
「そうそう、ルール上許される攻撃は靴下をはいた片足のみとなっているが、靴下の定義とはなんだ?」
 
 そうやって相手の思考を停止させ、クエスチョン。

「俺は、ただの布であると思う。つまり、下着と同意! となれば、三本目の足でも攻撃は可能となるのだが、意義はないな?」 
 
 そして、相手に答える間を与えずファイナルアンサー。

「では、行くぞ!」



 渡部は暑さにどうにかなりそうだった。
 後方からの声援が、女子の声が身体の奥底から熱を呼び起こす。

「やっつけちゃえ!」
「そうだそうだ!」
「なにアレ? 恰好付けてダッサ!」
「ワックス付け過ぎだって、髪べとべとじゃん」
 
 と、思ったら一気に冷まされる。
 自分に向けられているわけでもないのに、古傷が疼く。
 
 敵は致命傷を負ったように、今にも崩れ落ちそうな表情をしていた。
 気になるのか、前髪を弄り……
「きゃはは」
 また、笑われる。

「うるせぇっ! 黙れ黙れ!」
 顔を真っ赤にして、女子たちに矛先を向け――

「こっちだ!」
 渡部は助けに入る。
 再び、歓声――渡部は慣れない賞賛を受け、敵は更なる罵倒を浴びせられた。



 一方その頃、羽央は怒りの形相を見せていた。
「どういうつもりだ……ひなうー!」
 敵に背中を晒し、自分を攻撃した味方を見据える。

「あー、ごっめ~ん」
 優は右足を揺さぶると、
「でもさ、味方を攻撃しちゃ駄目ってルールはなかったよね?」
 挑むように、羽央へと向けた。

「はっ、上等だ! てめぇの貧相な身体から貫いてやる!」
「はぁ!? ちょっと、それどういう意味よ!」
 
 渡部の頑張りも知らず、二人は不毛な仲間割れを始めていた。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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