第27話 藍生羽央の正体
文字数 2,835文字
このフィールドは狭いだけあって、逃げ切るのも難しい。
「功刀はどうやって飛んだと思う?」
けど、落ち込んでいる暇はない。
これだけは解決しなければと、羽央は意見を求める。
「方法は二つ考えられるな」
一つは壁蹴りの要領で男子の背中を蹴って、飛ぶ。
もう一つは、腰を落とした男子の肩に乗って飛ぶ――〝壁〟か〝馬〟を利用したものだと相川は推測した。
「マジかよ? 片足だぞ? どっちにしろ半端な運動能力じゃねぇな……」
知ってはいたが、呆れずにはいられない。
「それに加え、身の軽さがないと厳しいよな……」
壁役は後ろからの蹴りを微動だにせず、受け止めなければならない。馬役は肩に体重を乗せないといけない。言うまでもなく、片足で。
「もう一つあるだろ?」
「お! デレ期か渡部?」
羽央の冷やかしは無視して、
「背中に乗って飛ぶ」
渡部が簡潔に説明した。
壁役が耐えずに、押されるまま地面に手を付いて四つん這いになる〝台〟。
一人を犠牲にする上にルール違反と指摘される可能性はあるが、跳躍する間だけなら充分誤魔化せるだろう。
「下手したら、どれも大怪我だな」
ぶっつけ本番でやるには、どれも荷が重すぎた。
「しかし、やるしかないか。それじゃ、ひなうーとマリーに踏まれたい奴、手あげろー!」
「変な聞き方すんじゃねぇよ!」
男子から不満があがるも、羽央は無視する。
「おー……意外と多いな。大丈夫か、このクラス?」
いらぬ心配をしていると、
「藍生」
相川に呼ばれた。
「無理を承知で頼む。俺を飛ばせてくれ!」
どころか、いきなり頭を下げられた。
「なんでまた?」
「空中戦はアルティメットの十八番だ。そこでやられっぱなしじゃ、我慢ならない。せめて、あのクイーンを倒さないと気が済まないんだ」
熱い奴である。
まったくもって理解できないが、相川はここまで羽央の無茶ぶりに応えてきた。
「しゃぁない。けど、失敗しても恨むなよ?」
自分の頑丈さを考慮すると、〝馬〟以外は無理であろう。
「あぁ、タイミングは俺が合わせてみせる」
相川は言い切った。
羽央には到底真似できそうにない……眩しい表情だった。
「それじゃ、行くぞ!」
羽央の号令と笛の音が重なる。先ほどと同じ横陣。リプレイのように、中央で睨めっこが始まる。
違うのは、ここから。
壁の後ろに控えている四人――羽央は中央の壁の後ろで腰を落としていた。消去法で軸足は右。連続使用は辛いが、左で耐える自信はない。
マリーと優は〝壁〟を蹴って、左右から飛ぶ予定である。
「行くぞっ藍生!」
「来いっ相川!」
あまり経験のないやり取りだが、羽央の口は合わせていた。
後ろを一瞥し、距離を確認――来る! 羽央は衝撃に歯を食いしばる。右膝を両手で押さえ込み……無理やり、跳ぶ!
刹那、肩の重みがなくなった。羽央の跳躍に合わせて、相川が羽ばたいた。
空中での一騎打ち――蒼花も同じタイミングで飛んでいた。
なびくスカートを手で押さえ恥じらうように、
「実は……はいてないんだ」
爆弾発言。
「はへぇっ?」
相川は心底間抜けな声を漏らした。
「だから、見ないでくれたまえ」
鎧袖一触――相川は地に落ちた。
蒼花は彼を踏み台にして、再び羽央の前に降り立つ。
「てめー相川! つまんない手に引っかかってんじゃねぇよ!」
頑張った自分が馬鹿みたいで、羽央はつい荒げてしまう。
「あと功刀! てめーもらしくない真似してんじゃねぇ! しかも、思いっきりハーフパンツはいてたじゃねぇか!」
「やー、乙女の嗜みというものだよ。けど、さすがだね藍生君。目を逸らさないなんて、すこぶる最低さだ」
蹴りと蹴りがぶつかり合う。
羽央は左、蒼花は右――互角だった。
「功刀さん! 敵がっ!」
彼方からの救援要請。
蒼花は困ったように頬をかき、吐息を漏らす。
「まさか、真似できるコがいるとは思わなかったよ」
「うちのクイーンとルークを舐めんじゃねぇ!」
「ははは、それはこっちの台詞さ」
喧騒に紛れて、
「お姉さま~」
甲高い声が聞こえる。
「草皆か」
「気付いたのかい?」
草皆から聞いていたのか、蒼花は事情通のようだ。
「あぁ、俺に告白したもの好きだ」
「……自分で思い出したの?」
「いや、さっき同級生に教えて貰った」
正直に答えると、蒼花は瞳に怒りの色を灯した。
「まだ……治ってないんだ。きみは、相変わらず他人の気持ちがわからないんだね」
「治るわけねぇだろ? 病気じゃあるまいし」
羽央はへらへらと頬を緩ませたいつもの軽口で応対するも、
「――いや、
病気
だろ?」凍り付いた。
不出来な笑顔のまま、表情が固定される。
蒼花は怯まずに直視し、
「小学生の時は気付かなかったけど。さすがにもう、誤魔化せないよ?」
推理を披露するように言った。
「
きみの軽口に対して
、先生方は寛容すぎる
。他にも、試験を一人で受けさせるなんてさ、特別な理由がないと無理だよ」瞬き一つせず、羽央は突っ立っていた。
「それに半殺しにされてまで……あんな目に遭わされてまで笑ってるなんて……異常としか言いようがない」
その状態から、口が裂けかけないほど口角を吊り上げ――哂う。
「――ほざいてんじゃねぇよっ!」
堪えきれないといったように、高笑いを上げる。
その不気味さに大勢が振り返るも、発生源が羽央だとわかると興味を失くす。おかしいのはいつものことだと言わんばかりに。
「はっ! ははははっ!」
羽央は笑い続ける。
口以外のどこも緩んでいない、壊れた笑みを難なく張り付けている。そのシワはよほど深く刻まれているのだろう。
口元だけが滑らかに動いている様相は、相手に仮面を付けている錯覚さえ与える。
「上から目線でわかったようなこと言ってんじゃねぇ!」
かろうじて聞き取れる速さで羽央は吐き出し、力任せに脚を振るう。
「それは……きみもだろ?」
壊れた発音にも怯えずに、蒼花は受け止めた。
一歩も引く気はないのか、引き絞った瞳は羽央を捉えて離さない。
「はっ! 違うねぇ」
足を引き――もう一度。
単純な筋力勝負では不利とわかっているだろうに、蒼花は避けずに受ける。
「俺は上から目線で決めつけてるだけだ! わかった気になんかなっちゃいねぇ!」
もう一度――今度は空を切った。
蒼花は固い表情のまましばらく黙っていたが、溜息。
「……そうだったね。きみは、私が思うよりも常に最低だった」
作りあげた空気を振り払うように、冗談みたいに蒼花は笑った。
小さく、儚げに――大人の女性みたいに微笑んだ。
「だから、蹴らせて貰う。これは、私の我儘だ」
「いちいち言わなくていい。蹴るのは当然だろ?」
そこに他の理由は必要ないと羽央は笑う。
「来いよ! いつぞやの決着つけてやる!」
「やー、そういえば私が勝ち越したままだったね」
そうして二人は小学生に戻ったように、無邪気な表情でケンバトを再開した。