第9話 ――プレゼン
文字数 3,612文字
眼鏡をかけた男子生徒が教卓に立っていた。
「……減点式のポイント制にしてきたか、面白い。名前と配点からして、チェスを参考にしたようだな」
クラスの中からキングとクイーンが一人ずつ。ルーク、ナイト、ビショップを二人ずつ――男女が均等になるように選出する。
配点はクイーンが九点、ルークが五点、ナイトとビショップが三点、その他の生徒――ポーンが一点。
そして、百点からそれらの合計を引いた点数がキングの持ち点となる。
ポーンに限り一試合に参加する人数は自由なので、キングは最高で六十九点と、試合の勝敗(加点減点五十点)よりも大きな価値を持つ。
「ルール上は、誰がキングになってもいいのか……」
男女問わず。ポーンは体操服着用で他はそれ以外の服装。
公序良俗に反しなければコスプレ、私服問わず(中学の制服推奨)。
各役を示すシンボル(各色のタスキを予定)は当日、学校側から支給される。
「さて、誰がなにをするかを決めなければならないのだが――希望がある者はいるか?」
丁寧な言葉づかいで男子生徒――このクラスの委員長の
「はーいはい、ひがしっち! うちビショップやる。んでー、北川君がクイーンをやる!」
「えーと、南さん? なんで僕が? そもそもクイーンて、女王って意味だよね?」
元気いっぱいに口火を切った少女は、
「へっへっへ」
オヤジみたいに笑ってまだ少年のままでいる北川を見やった。
「だって、女装させたいもん!」
以前から似合うと思ってたんだよねぇ、と危ない目つきを添えて。
「えぇぇ! したいじゃなくてさせたいって……ぼ、僕はそんなの無理だよっ!」
顔を真っ赤にして、北川は首を振る。
「南、そもそもなぜクイーンなんだ?」
「ルール上は問題ないっしょ? 男女が均等になるようにとしか書いてないんだし。それに今の時代にそんなこと言うなんてナンセンスだよ、ひがしっち」
「それはそうだが……では、質問を変える。北川になんのコスプレをさせるつもりだ?」
「んー、時間も物もないし……小学校の制服かな」
「……サイズが合わんだろ」
北川は高校生男子にしては華奢で背が低いものの、さすがに無理がある。
「だいじょびだいじょび。西っちの制服なら入るって」
「西野……? あ」
東堂は口元を押さえるも遅い。
悲しいくらいにでっぷりした女子は、怒ったように目を細めている。
「あーその……いいのか?」
西野はおそらく頷いた。
首は見えないが、首肯した。
「へへっ、決まりだね」
「いやですよ! 西野さんの制服ってことはス、スカートですよね? ぼ、僕は男ですよ!」
「そりゃ、クイーンだからね!」
それに男の子ならギリギリを攻められるし、と南は誰にも聞こえないように悪意のある笑みを浮かべていた。
「南、無理を強いるのはどうかと思うぞ」
助けを求める視線を受け、東堂が苦言を申す。
「えー、猫耳もつけるからいいっしょ?」
「誤解を招くようなことを言うな。俺は猫好きなだけで、猫耳が好きなわけじゃないぞ」
うんざりといった様子で零してから、
「だが、乗った」
東堂は掌を返した。
「オール・フォー・ワン。ワン・フォー・オールだ」
「え……? えぇ?」
急な英語で北川の思考を止めると、東堂は精悍な笑みを浮かべた。
「一人はみんなの為に、みんなは一人の為にだ――北川」
「いや、さっきと言ってることが……? 違くない……ですか?」
「ならば民主主義に乗っ取って決めるか。それなら、文句はないな北川」
「え? 民主主義って?」
「それとも、共和主義や権威主義がいいか?」
東堂は理解が追いついていない北川を容赦なく、急かす。
「えっと……えと……どちからというなら、民主主義のほうがいいです……けど」
「では、民主主義にのっとって多数決を取る」
「――え?」
「賛成の者は挙手を」
北川の無知と人の好さに付け込んだ東堂の強硬は、
「賛成多数により、決定だ」
無事、功を成した。
「――え? えぇっ! ちょっ、ちょっと待ってくださいよぉぉぉ~」
北川がどれだけ訴えようとも、手は下がらない。
むしろ、次々と上がっていく。
愛玩動物を可愛がるような、嗜虐心に満ちた黄色い声が――
J-2の教室。
他の科と違い、ここは中高一貫――全員が顔見知りであった。
なので、個々の運動能力も大体把握している。
だから、役割は簡単に決まっていった。力のある生徒の手によって身勝手に、好き放題に決められていく。
「おまえらは突っ立ってるだけでいいからな」
リーダー格の生徒が居丈高に命令する。彼はポーンに戦力を集めて、配点の高い大駒に戦力外を宛がっていた。
そこにルール上の問題はない。
普通に考えて、キングを戦わせないようにするのは賢い選択だ。
このクラスの人数は二十七人。全員参加した場合はキングが五十、クイーン以下の七人で三十一、ポーン十九人で十九点という配点になるのだから。
「他の奴らも同じこと考えるだろうな。頭の悪いAコースの連中はわかんねぇが」
あからさまな嘲笑にもクラスメイトは続いていく。一人の女生徒を除いて――
クラスの為にもこの作戦は止めなければならないのに、声が出せないでいた。それは経験者ならば誰にでもわかる愚策――少なくとも、他の三人ならば絶対に止める。
このケンバトは幼馴染が作った。
それもひょろい羽央が運動が得意でムカつく同級生に恥じをかかせる為に作りあげたもの。
その時と多少ルールは変わっているけども、羽央が携わったことに変わりはない。
――そう、あの性格の悪い幼馴染が考えたんだ。
凡人が思いつくような悪知恵が通じるはずがない。きっと、これは罠だ。もし乗ってしまえば、酷い目に遭うに決まっている。
そこまでわかっているのに止められないのはもしかしたら、心のどこかでそれを望んでいるからかもしれない。
それでも満子が躊躇いを覚えるのは、羽央と敵対するのが怖いからに他ならなかった。
SA―1の教室。
「運動能力に自信のある人は手挙げて! ちなみに、クイーンは私が担当するから」
「はーい、そこ揉めない揉めない」
ぱんぱんぱんと手を叩き、やいやいやいと口を開く。
かくの如き振る舞っていながら煙たがれないのは、彼女があまりに無邪気だからだろう。稚い笑顔の前では、邪気を抱くことでさえ後ろめたい。
また、蒼花は会話に参加しない人がいればわざわざ近づいていき、一対一で意見を聞くという気遣いも見せていた。
「どうせなら、この場で一騎打ちして決めようか! 一度、どういったものかやってみたほうがいいし」
いつまでも決まらない男子たちに蒼花が提案すると、彼らは二つ返事で応じた。
「下手に力任せに蹴ると自滅するから、注意してね」
ケンケンは片足にかかる負担が大きく、バランスを崩しやすい。あるデータでは一分間で五〇分のウォーキングと同等の負荷がかかるとさえ明言されている。
そして、ケンバトは一試合五分×三ゲーム。
一ゲームごとに軸足を変えたとしても十分(ポイント制なので早く終わらせるのは難しい)、重心の安定しない状態で動き回り、足を振り回す羽目となる。
「それと、蹴るなら足の裏をお勧めするよー」
格闘技でもしていない限り、足の甲やつま先を用いるのは逆効果でしかなかった。
靴を履いていない蹴りは想像以上にダメージを与えられないだけでなく、自分へと返ってくる。
蹴りという技は本来、地に両足を付けた状態で放たれるものだ。
そこから地面を蹴りあげる。もしくは膝を沈ませ浮かせる、腰を捩じりほどくという流れ――反動があるからこそ、高い威力を発揮する。
しかし、片足ではそれらの動きに制限がかかり、充分な溜めを作ることが難しくなる。
もし、できるのなら越したことはないが、素人ではまず無理であろう。
だからこそ、蒼花は足の裏――引いて、出すという蹴り方を推奨した。
足の裏は衝撃に強く、力も乗せやすい。それに前後の振子運動は一番親しみのある動き――ボールを蹴るプロセスに通じている。
「もうわかったと思うけど、一対一じゃまず決着つかないから」
攻撃は浮かせている片足一つ。対して、防御は両手と片足で最大三つ。
つまり、防御に徹していれば、余程の実力差がない限り倒されることはなかった。
となれば、個人の運動能力よりもコンビネーション――いかにして、相手の後ろを衝くかが大事になってくる。
すなわち、みんなで協力できるかどうかが、戦いの鍵を握る。
「まったく、モノはいいようだね」
蒼花は小さく愚痴る。かつてのお遊びにここまで後付けするなんて――きっと、あの男はなにも変わっていない。
「やー、早く会いたいねぇ。藍生君」