第38話 懲りない性格
文字数 2,560文字
トップから東堂のA―2、蒼花のSA―1、羽央のA―3、希久のA―一、満子のJ-2……と、やはり経験者が強かった。
だが、どのクラスも諦めるのはまだ早い。
バトルロイヤルは二試合行われ、そこで勝てばプラス三百五十点(七チームに白星をあげた計算)が与えられる。
それに加え、六ゲームとも自軍が無傷で他のクラスを全滅に追い込めば逆転は可能であった。
あくまで、数字的にはだが。
むろん、現実的には無理である。
いくら漁夫の利作戦を取っても、こればかりは難しい。
それでも同じ学科に手を貸し勝利に導くか、個人的にムカつく人間を蹴ることで生徒たちはモチベーションを保つことができていた。
「手を組まないか? インテリ眼鏡」
試合開始まで十分――自由時間を使って、羽央は敵陣地に赴いていた。
「はぁ……おまえは本当に変わらないな」
「そりゃ、数時間しか経ってないからな」
東堂は一人の男子生徒を指さした。
「誰だ?」
「ウチのクイーンだった男と言えばわかるか?」
「あー、北川だっけ?」
男子の制服に代わっていて、全然わからなかった。
「ってか、やっぱおまえは気付いたのか?」
大駒の変更可能――東堂は頷いた。
「……おまえが、人の名前を憶えているとは意外だな」
「そりゃ、印象深かったからな」
キャラが濃ければ忘れたりはしないと説明すると、
「安心しろ、おまえの名前も憶えてるぜ? 東堂」
不服そうな顔をしていたので、呼んであげる。
「……そうか」
「まぁ、考えといてくれ」
了承を取らず、羽央は踵を返した。
いちいち言わなくても、あいつならわかってくれると。
間違いなく、バトルロイヤルで羽央は集中的に狙われる。
それほどのことを、午前中にしてきた。トップの東堂たちも同じだ。だとすれば、最初の内は協力するのが得策である。
「つーわけで、おまえも協力しろ」
初期位置的に、蒼花の協力も不可欠であった。
「やー、藍生君。いきなり来て、なんの話だい?」
「いや、俺って絶対狙われるじゃん?」
「あぁ、それは間違いないね」
「だから、守ってくれよ」
「旧友の頼みを断るのは、さすがに心苦しいね」
「旧友ってなんだよ? 今は違うのか?」
羽央は意地悪を言ったつもりだった。
「あぁ、友達じゃ嫌だ」
――が、思わぬカウンターを食らってしまう。
「どうしたんだい? 黙り込むなんて珍しいじゃないかい?」
「そりゃ」
統率の取れた眼光――蒼花の背中には、狩りの姿勢に入った野犬地味た男たちが群れを成していた。
「いや、なんでもない」
けど、それは後付けだと自覚してしまったので羽央は口を閉ざすしかなかった。
「んじゃ、あとで」
天然なのか、それとも当てつけなのか……蒼花の一言のせいで、SA―1(特に男子)は信用できなくなった。
きっと、味方のふりして裏切られる。
「希久は俺の味方だよな?」
信頼できる仲間が必要だと、昔ながらの友人の元へと羽央は訪れた。
「悪いけど、うちはみっちゃんの味方じゃけぇ」
しかし、拒絶の意思が込められた眼差しに無駄足を悟る。
「なんだ。満子の奴、おまえに泣きついたのか」
「羽央って、ほんと最低だよね」
「嫌いになったか?」
まるでそれを望んでいるかのような口振りに、希久の相貌が更に強張る。
「そやね。嫌いになれたら楽じゃった」
告白とも取れる言葉を受けながら、羽央は溜息を挟んだ。
「おまえのことは、友達として好きだったんだけどな」
「うん、知っちょる。やけぇ、今まで言わんかった」
誤魔化しもせず、希久は言い放った。
「じゃけど、もう我慢するんは止めた。だって、羽央はそういうの大嫌いじゃろ?」
「あぁ、こんなにもあなたのことが好きな私に気付いて――てのは大嫌いだな」
お互いに――にっと笑う。
「先に言っておくが、俺に好きだとか愛しているって気持ちを求めるのは難しいぞ? 口だけなら、いつでも言ってやるがな」
「結構じゃ。あんたの言葉ほど、あてにならんもんはないけんねぇ」
暗に、おまえの言うことは信じないと告げられ――羽央は困ったように眉を下げた。
「嫌われたかったら、態度で示しんしゃい」
それを知ってか知らずか、希久は余裕綽々な笑顔を見せた。
返す言葉はいくらでもあったが、どれも負け惜しみにしか取れなかったので、羽央は黙って手を振ることにした。
「どの面下げてきやがった?」
J-2のところに行くと、鶴来が出迎えてくれた。
「そりゃ、この笑顔?」
羽央は両手の人差し指を頬に当て、首を傾げる。
「……人を騙しておいてしゃぁしゃぁと」
「あん? なんのことだよ?」
「おまえの退学がかかっていることだ!」
あーあー、と羽央は手を叩く。
「おまえ、本気であんなの信じてたのか? 普通に考えてあり得ねぇだろ? 特待生でもあるまいし」
もしそうなら他の一芸入試組はどうなるんだよ、と羽央は正論を語る。
「でもまっ、信じて俺の為に頑張ってくれたんだよな? 嬉しいぜ」
「そんなわけあるか!」
鶴来は怒鳴り声を上げた。
照れではなく、怒りで顔を赤く染めている。
「しかしまぁ、よく持ち直したな」
羽央は見渡し、漏らす。
中学時代を共にしただけあって孤立している者はおらず、協力した雰囲気を感じられた。
「ちっ……それは不本意だがおまえのおかげだ」
不承不承に鶴来は漏らした。
「おまえがぶち壊してくれなかったら、ずっと中学のノリでいたと思う」
正面から感謝され、羽央は面食らう。
思い返してみるも、そのような真似は一切していない。
「俺を含め、みんな高校生になった自覚が足りてなかった」
「そりゃどうも」
青臭い後悔には付き合ってられず、羽央は打ち切る。
「ところで満子は?」
「制服に着替えにいった。いきなり、クイーンをやると言い出してな。しかし、あいつに合うサイズが……」
「あるわけないよな」
となれば、自分の着てきた制服――新品の高校のブレザーしかない。
「やっとやる気になったのか、あの馬鹿は」
駄目と決めつけていただけあって、複雑な心境である。
「じゃっ、お手柔らかに頼むよ」
「おまえだけは絶対に俺が倒す」
親の敵を見るような目を向けられ、羽央はそそくさと逃げ出した。