第24話 藍生羽央は黙れない
文字数 1,944文字
へらへらと。口元を緩ませて――また、殴られる。
何度も何度も、暴力を振るわれる。
事の発端は昼休み。
突然、上級生の不良が教室にやってきた。
一目で校則違反とわかる髪に服装。それだけで、中学生になったばかりの一年生たちは固唾を呑みこみ、恐怖に身をすくませる。
そんな下級生の反応に満足すると、二人の上級生は口を開いた。
――これから俺たちに挨拶しない奴は容赦しないぞ、と。
確か、そんな台詞だったはず。
どちらにしろ、理不尽な要求だったに違いない。
つい先ほどのことなのにはっきりと思い出せないのは、そのあとに起こった出来事があまりに衝撃的だったからだ。
「――嫌です」
間髪を入れず、まだ声変わりしていない男子の声が響いた。
「あんたらのような人種とは関わりたくないんで、こっちから話しかけたくはないですねぇ。というわけで、具体的にどう容赦しないのか教えてもらっていいですか? 先輩」
取って付けたような丁寧語で少年は言い切った。
瞬間、低い男の怒声と共に教室の椅子や机が蹴り倒された。
巻き込まれた何人かが悲鳴を上げるも、
「うるせぇっ!」
すぐさま沈黙に徹する。
「いや、うるさいのはそっちだろ?」
誰の目から見ても、その一言で上級生がキレたのがわかった。言葉もなく少年は殴られ、椅子から転げ落ちる。
その上、執拗に蹴りを入れられていた。
「はぁはぁっ……これで、わかったか?」
「あーあ、怒らせちゃった。こいつキレるとマジやべぇから」
上級生二人は楽しそうに少年を見下ろしていた。
「ははっ……」
だから、誰もがその笑い声を彼らのものだと勘違いした。
「はっ、ははは……あぁ、本当に馬鹿なんだなぁ……あんたらみたいな奴って」
堪えきれないといった様子で少年は笑い出し、更なる暴力に襲われる。
「てめー……頭おかしいのか?」
それなのに、少年は黙らなかった。
にたりと口元を吊り上げ、
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
明らかな挑発を口に乗せた。
「どういう意味だ、えぇ!」
少年の頭を踏みつけながら、上級生は声を荒げる。
「あー、そんなこともわからないくらい馬鹿なのかぁ……ごほっ。……ったく、ちゃんと教えてやるから、んな蹴るなよな馬鹿みたいに……」
鼻血が唇に滴るも、少年の軽口は止まらない。
「こんだけやっといて、なんのお咎めもないと思ってんのか?」
少年の答えを上級生は鼻で笑った。
「チクる気かよ? そんだけ偉そうにしながら、結局は先公頼りか? ダッセーな」
「それを一番恐れてんのは誰だよ? わざわざ、先生のいない時間帯に来やがって」
言った傍から、少年は傷つけられる。腹を蹴られ、床に食べたばかりの給食を嘔吐する。
そこには、血の色も混じっていた。
「言っとくけど、チクったらこんなもんじゃ済まさねぇぞ?」
ドスの効かせた脅し。
けど、効果があるのは聞かされた他の一年生だけで、直接向けられた少年は堪えていない。
「それじゃぁ、俺も言っとくよ」
顔を鼻血で染め、体を吐しゃ物で汚しながら、
「チクられたくないんなら、殺すしかないぞ?」
ひょうひょうと言い放った。
「てめー……調子に乗んなよ?」
「調子に乗って、ここまでやったのは誰だよ?」
上級生二人は耳まで真っ赤にして、少年を蹴りつける。
「ガキがっ! 先公にチクったところでどうにかなると思うなよ!」
「いい加減にしねぇと、マジで殺すぞ?」
少年は歯まで真っ赤にしながら、口を働かせる。
「とりあえず担任。次に学年主任。そのあとは教頭、校長、教育委員会……」
呪詛のように、吐き出す。
「それでも駄目なら警察。それか、あんたらの親の会社に乗り込むか……」
ぺらぺらと、口の端から血を零しながら続ける。
「なぁ、チクったらこんなもんじゃないとか抜かしてたが、あんたらにどこまでできる?」
もはや、立場は逆転していた。
無傷で暴力を振るっていた上級生二人が、完全に怯んだ顔をしている。
「さっきも言ったが、俺は死ぬまで黙らない」
反対に、少年は無残とも呼べる状態なのに頬を綻ばせていた。
「それで本当に殺したら、どうなるかは言うまでもないよな? 本末転倒だ」
にたり、と少年は笑った。
悪意に満ちた瞳で、上級生二人を見上げる。
もう、遅いのだと。
既に手遅れ。謝って済む限度は、とうに越してしまっている。
伝わったのか、上級生二人は完全に沈黙した。
唇を振るわせるも、もう声にはならない。顔一杯に恐怖を蔓延らせて、完全に固まってしまった。
「まぁ、馬鹿なあんたらにもわかるように言うと、そうだな……」
それでも、少年は黙らない。
一切の手心も加えず、前置き通り告げる。
「――社会的に死ね」