第29話 人でなし

文字数 2,320文字

 三ゲーム目も懲りずに、相川は懇願してきた。

「頼む! もう一度、俺を飛ばせてくれ!」
「別にいいが、一騎打ちはなしな。マリーにも一緒に飛んで貰う」
 
 相川は渋るも、先ほどの失態をつつくと大人しく承諾した。

「悪い、ひなうー。最悪、一人でキングを取ってくれ」

「いや、それ無理だっての」
 ひらひらと手を振って、優は即答した。
「あの二人が落ちたら、優は諦めるから」

「だそうだ。相川、死ぬ気で飛べよ?」
「あぁ、任せとけ!」
 
 頼もしい声に、羽央はもう一度だけ頑張る気になれた。
 お互いに裏をかくような真似はしなかった。横一列。

 そこで律儀にも相川は宣言する。
「行くぜ、クイーン!」
 
「ワタシもいきます!」
 そういうマナーだと勘違いしてか、マリーも続いた。

「やー、来たまえ! マリーに名も無きルークよ」
 乗ってか、蒼花は答えた。

 果たして、空中で三者が相まみえる。
 ここでも、攻撃は一つしか許されない。
 身の軽さからか、先にクイーン同士がぶつかった。
 蒼花とマリーは右脚を振るいあげるも、共に空振り。
 
 結果、同時に二人のスカートが捲れ上がり……
「やー、えっちぃ下着はいてるねぇ」
 蒼花の余計な一言をきっかけに体育館が阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
 
 まず、なにぃぃぃ!? と、下にいた有象無象の男子どもが一斉に見上げた。
 刹那、敵味方問わず、女子たちが動き出す。
 肘鉄を主としたルール無用の鉄拳制裁――野太い、嫌な声が館内を網羅した。
 
 紛れて、相川の不思議な悲鳴――彼は目を逸らさずにいた。
 
 それが二人の怒りを買う。
「紳士なら見ない!」
「ピュッテ~ン!」
 少女たちはお互いの身体に手をやり、空中で体勢を変えた。
 
 そして、相川の体に慈悲のない踵落とし。
 例に漏れず、相川も床へとまっしぐら。
 受け止めてくれる仲間は既にこと切れていたので、激しい音を立ててフローリングを弾ませた――上から、二人のクイーンに上履きで踏み潰される。
 
 重力による加速もあってか、
「ごほへぇっ」
 相川は情けない声を絞り出していた。

「……先生っ! 異議を……! 肘鉄は反則じゃないでしょうか?」
 どうにか体を起こした男子が抗議の声をあげるも、

「黙れよ」「変態」
「サイテー」「キモいから喋るな」
「のぞき魔」
 息の揃った女子のコンビネーションにかき消される。

「今のは公序良俗に反する、生理的嫌悪感を拭えない行為だからな」
 それでも聞こえていたのか、先生はきっちりトドメをさしてくれた。

「相川……てめぇ、言い残すことはねぇか?」
 死力を尽くして飛ばしてやったのに、この展開……。

「わ、悪い……藍生、俺……」
 相川は申し訳なさそうに漏らし、
「全然後悔してない!」
 抜かしやがった。

「てめぇ! あとで詳細教えろよ!」
 吐き捨て、羽央はその場から大きく跳び離れる。
「不意打ちたぁ、卑怯じゃねぇか草皆?」

「あなたが言わないでください!」
 
 男子たちの屍を踏み荒らしながら、羽央と草皆は蹴りを交わす。
 視界の端では、蒼花とマリーが同じように交戦していた。
 他には、誰もいない。

「ちょっ、どういうことだひなうー?」
 のんびりしている優に問い詰めてみると、

「セルフジャッジで全員反則負けってことで」
 納得のいくお答え。
 おちゃめに舌まで出された。

「それ、自分が休みたくて提案したろぉ!」
 
 聞こえな~いと優は両耳に手をやって、そっぽを向いた。

「よそ見しないでください!」
「なんだ? もう、お姉さまぁ~ってのは止めたのか?」
「知ってるくせしてっ!」
「いや、俺にフラれたことで男性恐怖症になってソッチ系に目覚めた可能性もあったからな」
 
 草皆は泣きそうな顔をするも鼻をすすり、歯を強く噛み鳴らして堪えた。

「おっ! いいねぇっ! 強い女は大好きだぜ? 俺」

「それは初耳だね」
 背後から鼓膜を振るわされるも、羽央は驚くだけで振り返りはしなかった。

「ぬぎっ!」
 蒼花の相手はマリーがしてくれる。
 
 ――がんばれっ! と、体育館を両組の黄色い声援が包み込むも、羽央だけは敵味方関係なく責められていた。

「……なんで、この状況でそんな風に余裕なんですか?」
 
 息を切らせながら、草皆は投げかけた。
 濡れ腫らした瞳を真っ直ぐと向け、羽央に求める。

「そりゃ、強いからだろ?」
 羽央は即答するも、
「いや――」
 視界に蒼花を捉えた途端、前言を翻した。
 



 だから、不利な状況でこそ出しゃばる。
 多数派や強者を敵に回すことを好む。

「つまり、おまえのことなんか眼中になかったんだよ。ああいった状況だったから口を挟んだだけで、助けようと思ったわけじゃねぇ」
「最低っ!」
「今更だろ? そんな俺でも好きになってくれたんじゃないの? それともなにか? 最低な人を好きになっている自分に酔ってただけなのか?」
「そんなんじゃないっ!」
「あぁ、知ってる。いろんな奴に希久と恋人同士に見られたからな」
 
 おそらく……草皆は今、思い知った。羽央の性格の悪さを。本当は優しいかもしれないという幻想を粉々に打ち砕かれた。
 
 ――藍生羽央は人でなしである。
 
 彼はそのことを自覚している。
 だからこそ、自分を好きになる人間の気持ちがわからず――



「となると、おまえのはただのギャップ萌えってやつだ」
 不良が野良猫に餌をあげているのを見てトキメクのと同じ心理だと、羽央はせせら笑った。
「どうした? もう、言いたいことはないのか?」
 
 会話に応じないのなら、羽央が手加減する理由はなくなる。今まで見逃していたのは、お喋りが楽しかったからに他ならない。
 
 それができないのならもう用はないと、羽央は一蹴した。
 
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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