第34話 舞台裏の余裕

文字数 1,489文字

「久しぶりっちゃ、東堂」
 
 六回戦、A―1とA―2の戦場は体育館だった。
 希久は始まる前にいつぞやのサッカー少年――東堂に気付いて、再会を懐かしむ。

「久しぶり。上岡だけだな。俺に気付いたのは……」
「は? 羽央の馬鹿タレは気付かんかったんか?」
「あぁ。あの馬鹿だけじゃなくて、功刀の奴も気付かなかったぞ」
「あの二人はほんま……ちなみに、みっちゃんは?」
「二穴は気付いていたようだが、特に何も。あいつとは仲が良かったわけでもないからな」
 
 性別だけでなく、性格まで違えばいくら小学生とはいえ友達にはなれない。 

「俺としては、未だに藍生と二穴が一緒にいるのが信じられないさ」

「二人は幼馴染やけんねぇ……」
 小学生からの付き合いの希久は寂しそうに漏らす。

「それと、功刀も相変わらず藍生の奴が好きみたいだな」
 典型的な小学生の恋愛をしていた昔ほどではないが、反応からして丸わかりだった。

「やっぱ、わかるんじゃ。もしかして、まだ蒼花のこと好きかぁ?」
「んなわけないだろ。そういうおまえこそ、どうなんだ? 藍生に告白できたのか?」
 
 羽央が好きだった希久、蒼花が好きだった東堂。
 二人は小学生の頃、お互いの為に幾度か協力した経験があった。

「そがぁなわや、ゆわれてもなぁ……」
 無理だと、希久は弱音を吐く。
「羽央は黙らんから、そがぁな雰囲気にはならんのよ。それでも中学ん時、何人か告白したコもおったが、みな泣かされちょった」
 
 たいてい「誰だおまえ?」から始まり、
 好きだと言われても、「で?」
 その荒波を乗り越え「付き合って下さい」と勇気を振り絞ったとしても、待っているのは「無理」か「興味ない」

「告白したって、救われんのよ」
「難儀だな。さっさと諦めたほうが幸せだと思うぞ」
「じゃかぁしい」
 
 弱々しい音色では、なんの効果もなかった。


 
 ――七回戦。
 J-2とSA―1は中庭でぶつかっていた。

「やー、やっと会えたね二穴さん」
 
 蒼花によっては運がよく、満子にとっては最悪――中庭を迂回している最中に、両者は出くわしてしまった。

「……功刀さん」
「私、あのコと話があるから、ちょっとお願いしちゃっていい?」
 
 蒼花は手早く指示を出し、満子と一対一に持ち込む。
 指揮権を持たない満子は抗う術なく、容易く孤立させられた。

「実は、二穴さんに訊きたいことがあるんだ」
 ケンケン状態で話す内容ではないと思いながらも、蒼花は質問する。
「藍生君ってさ、

ああいう性格だったの?」
 
 蒼花や希久の知っている限りでは変わっていないものの、満子はどうだろうか。
 彼女だけが、小学生になる前の羽央を知っている。

「……別に、変わってないですよ。どうして、そんなこと?」

「うん。良い質問だ」
 羽央と噛み合うだけあって、蒼花も相手を苛立たせるのが得意であった。
 もっとも、彼女の場合は意図的でなく素であるが。
「やー、ちょっと藍生君について考えててさ。どうしても、腑に落ちないことがあってね」

「羽央君のことを……?」
「うん、藍生君のことを」
 
 肯定した途端、満子の唇に笑みが浮かんだ。他は変わらない。まるで、堪えきれなかったように口元だけが笑っている。

「どうやら、教えてはくれないようだね」
 
 満子の表情から読み取れるのは余裕だった。
 この状況下でそのような感情が去来したということは、彼女には優越感を抱く明確な理由がある。
 例えば、他の誰も知らない藍生羽央を知っている。
 
 ――もし蒼花の推測が間違っていないのなら、やはり藍生羽央という男は……。

「えぇ。絶対に嫌です」
 
 満子にしては珍しく、言葉に強い意志が籠っていた。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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