第30話 勝敗の行方

文字数 1,618文字

 蒼花とマリーに大きな実力差はない。
 となれば、決着がつくはずがなかった。

「待たせたな」

 宣言して、蒼花の背中を取る。あえて不意打ちをしなかったのは後ろを意識させる為――羽央は声をかけてしばらくは黙っていた。
 そうして、タイミングを見計らって奇襲。
 なのに、彼女は片足のまま軽く回って掌で受け止めた。
 
「やー、藍生君。どうしたんだい? 機嫌が悪そうじゃないか?」
「はぁ? なに寝言いってんだ?」
「相変わらず、他人に好かれるのが苦手のようだ」
「だから、上から目線でわかったような口きいてんじゃねぇよっ!」
 
 羽央が攻撃を仕掛け、反対側からマリーも続く。
 とはいえ、この二対一でもチェックメイトにはなり得ない。蒼花は足と手を上手く使って、二人の攻撃を受け流す。

「あぁ、そこは反省して上から目線で決めつけることにしたんだけど、伝わらなかった?」
「あぁ、傲慢さが足りねぇ! 両手を腰に当てて、もっと胸を張って仰け反るんだな」

「こうかい?」
 蒼花は律儀に試し、

「やっぱ、胸でけぇな」
 羽央はセクハラからの奇襲攻撃――隙あり!

「――ところがどっこい!」
 蒼花は読んでいたのか、腰に手をやったまま回避した。
「きみの性格は熟知しているつもりだよ? あれから成長しているのなら別だけどね」

「うっせぇ! つーかおまえは本当に平成生まれか?」
 口先八丁が通じず、羽央は子供みたいに悪態を吐く。
「いくぞ、マリー!」
 
 二人のコンビネーション――挟撃すらも蒼花には届かなかった。
 回り込もうにも、そう易々と取らせてはくれない。彼女は跳ねることなく回転し、常に背中を守っていた。
 
 このままではステイルメイト〈引き分け〉確実。
 それでも勝利に違いないのだが、羽央はその結末を嫌った。
 
 なので、策を弄する。
 どうせこのあとは全て消化試合なのだから、体力を温存させても仕方ない。

「ウィ……でも、羽央ダイジョブですか?」
「あぁ、大丈夫。遠慮いらない」
 
 二人が縦に並ぶ。
 羽央の後方にマリー。
 距離も一歩二歩三歩と大きく開いている。

「やー、いったいなにを見せてくれるんだい?」
 タイムアップ狙いなのか、蒼花は仕掛けてこなかった。

「単純だよ」
 羽央は馳せる。
「左右と前後が駄目なら――」
 予測を裏切らないはずのケンケンの速度が――ぶれる。
「――上下しかねぇだろ!」
 
 マリーが羽央の背中を蹴り、飛び上がる。
 羽央は衝撃に逆らわず、倒れ込みながら蒼花に膝を向けた――捨て身の一撃。
 
 なにもしなくても、彼は倒れる運命にあった。
 蒼花が避けても受けても、結末は変わらない。
 ただ、かわされた場合はマリーに踏みつぶされる不幸が追加されるだけ。
 
 蒼花は迷わず避けた。
 一歩後ろに。羽央は両手を前に伸ばし、転倒を免れるも失格決定――その腰に……〝台〟にマリーは足を休ませた。

「あ……」
 蒼花が小さく漏らす。
 
 羽央が踏み台になったことにより、マリーは予想外の位置で着地すると同時に跳んだ。
 瞬間、蒼花は顔を覆う。無意識下の反射行動であろう。
 想定外の展開が彼女から冷静さを奪い取った。
 
 結果、上半身を無防備にしてしまい――マリーの一撃で尻餅をつく。

「よっしゃぁ!」
 羽央は勝利の雄たけびを上げるも、

「馬鹿か! おまえは!」
「なにやってんだ藍生!」
「頭おかしいだろ!」
 A―3の面々は怒っていた。
 
 それもそのはず、羽央の持ち点は試合の勝敗よりも重い。なのに、敵を倒す必要などまったくない状況下で自滅した。

「きみって人は……ほんとこちらの想像を常に超えてくね」
 蒼花はやれやれと首を振る。
「どう転んだとしても、藍生君が来るって思ってたんだけどさ……まさか、マリーに委ねるなんて」
 自分の手でケリをつけないのなら、勝負に出る必要性はなかっただろ? と。

「おまえと舌戦したくなかったんだよ……」
 
 蒼花は心底驚いた顔をするも、

「ここじゃな」
 
 添えられた一言に得心したようだった。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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