第21話 羽央の掌

文字数 2,154文字

「思ったより、楽に終わったな」
 休憩中、羽央は漏らした。
 時間的には三分足らずと、圧勝だった。
「で、渡部。納得できたか?」

「……あぁ」
 不服そうだが、渡部は頷いた。
 
 なんせ、蹴る前に敵の大駒は自滅したのだ。
 しかも、自軍にも二人、同じ道を辿った者がいる。まだ、二回戦なのに。

「ケンケンを舐め過ぎなんだよ。運動能力のない奴が何十分も持つわけないっての」 
 
 対して、運動能力がある者はジッとなどしていられない。自分の得意分野で大人しくしているのは、なかなかに難しいものだ。
 
 だからこそ、インテリ眼鏡――東堂は厄介だった。
 
 戦術を練り、指揮することでフラストレーションが溜まるのを避けていたのだろうが。
 どちらにしろ、羽央が想定していなかった――いないだろうと切り捨てていた可能性――バグに他ならない。

「それじゃ約束どおり、ケンバトの間は俺の指揮下に入れよ」
 
 一日ではなく、ゲームの間だけという軽さから渡部は引き受けたのだろうが、その目論見は甘いと言わざるを得なかった。
 何故ならば羽央がこの条件を思いついた時、彼の頭に浮かんでいた光景は中庭での試合だったのだから――


 
 
 J-2の空気は最悪だった。
 リーダー格の一人がやってられるかと逃げ、残り二人もどうするかと話しあっている。

「俺もサボろっかな……」
「はぁ? このまま舐められっぱなしでいいのかよ? あいつをボコボコにしないと気が済まねぇよ俺は」
「でもさぁ、勝ち目ねぇじゃん」

 士気の違いは明らかである。
 逃げた一人が申し訳なさそうに謝ってきた大駒たちを罵倒したせいで、こちらに対する風当たりも悪くなっていた。

「男子たちがあんなぶりっ子に引っかかるからじゃん」
「ほんっと、馬鹿だよね男子って」
「はぁ? おまえらだって、『きゃっ、こわ~い』って言われて躊躇ってたっしょ」
「向こうと比べたらブスばっかだもんな。おまえらが敵だったら、俺らだって蹴れるっての」
 
 それだけでなく、自分たちの知らないところでも一悶着あったのか男女間で激しい言い争いが起こっていた。
 とても、話を聞いてくれる状況ではない。

「三人もいたのに、なんでキングを取れなかったんだ?」
 もはやこれまでかと諦めていると、鶴来(つるぎ)が話しかけてきた。
「しかも、亀田はキレてるし」

「っるせぇよ。あのバカが挑発に乗らなかったら取れてたっつの」
 不在をいいことに、責任の全てを亀田に押し付ける。

「本当にそれだけか?」
「ちっ、今頃になってやる気になってんじゃねぇよ。おまえが最初から仕切ってりゃ、こうはならなかったのに……」
 
 鶴来は一番運動が得意だった。
 特定のグループには入っていないものの、先輩に気に入られていたので苛めの対象にもならず、女子からの人気も高かった。

「怪我したくなかったからな」

「さすが、サッカー部のエース様は考えてることが違うねぇ」
 八つ当たりしてしまうも、鶴来は顔色一つ変えなかった。

「で、なにがあった? あんなに楽しみにしていた亀田が逃げるなんて、よっぽどだろう?」
 
 人を蹴れると、亀田は今日まで喜んで口にしていた。それが顔を真っ赤にキレまくって逃げたのだから、鶴来の疑問はもっともである。

「別に。ただ、馬鹿にされただけだ。身も蓋もなかったぜ? 笑っちゃうくらいにな」
「ほんと、マジで凄かったぜ? 俺なんて怒るどころか感心しちゃったもん。亀田の奴、マジざまぁって感じ」
 
 ほんとヤバかった……それしか言葉が出てこない。
 考えてしまったら、真に受けてしまったらとてもじゃないが冷静ではいられない。適当に受け流すしかないと、二人は必死に笑い飛ばす。
 
 そんな光景を見て、二穴満子は複雑な感情を抱く。
 内心でざまぁみろと思い、責任を感じ、幼馴染を褒め称えるという器用な真似をしていた。
 
 ――やはり、羽央の掌で踊らされただけであった。
 
 経験者なら、誰でも知っている。
 ケンケンの持続時間は予想以上に短い。加え、片足立ちからの蹴り――しかも、靴を履いていない状態では威力が著しく激減することを。
 
 そして、筋力よりもバランス感覚と柔軟性のほうが重要であると。
 だからこそ、男女混合なのだ。
 
 小学生と違って男女の筋力差は大きい。
 その点は当然、議論の対象になった。
 しかし、実際に試してみたところ、満子も希久も羽央に勝ってしまった。
 要するに、戦い方を知っていれば女子でも充分にやれるのだ。少なくとも、さっきみたいに一方的にやられることはなくなる。
 問題はそれをみんなに伝える術を満子は持っていなかった。運の悪いことに、彼女の友人たちは運動が得意ではない上に、男子とのパイプもない。
 
 また、今まで黙っていた後ろめたさもある。
 そのことを責められる未来を想像すると、黙っているほうが絶対にいい。
 ちょうど今なら、一人の男子に責任を押し付けられる。負けたのは彼のせいだ。そういう空気ができあがってきている。
 
 しかしそうなると、今日一日が最悪な日となってしまう。
 まだ、先は長いのに……いや、他のクラスが相手ならこうはならない? でも、大駒の耐久性を考えると負けは確実。だったら、やる気がでるはずがない……一人負のスパイラルに呑みこまれていると、笛が鳴った。
 
 ――二ゲーム目が始まる。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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