第26話 初キスのオンナ、告白してきた女のコ

文字数 3,653文字

 笛の音と同時に、両軍は同じ陣形を組んだ。
 互いに横一列で手を繋ぎ――まるで、はないちもんめをしているようだ。
 
 そのまま互いに間合いを詰めていき、静止。あちらも同じ考えなのだろう。
 防御に徹し、敵を消耗させる。足が届く位置でありながら、共に仕掛けない。牽制するように、ぶらぶらと前で揺らしている。

「功刀はどこだ……?」
 
 壁が邪魔でよく見えない。羽央が待機しているのは中央――敵も味方も背の高い男子が担当していた。
 中でも羽央の身長は高いほうだが、圧倒的といえるほどではない。

「ちょい、様子見てくる」
 
 相川に至ってはやや高い程度。
 隙間から覗こうと壁に近づいていき――撃沈した。
 見ていたのは羽央とマリーと優――三人の虚を衝いて、彼女は相川を一撃で仕留めた。

「てめー! どっから飛んできた!? 羽でもついてんのか?」
 
 いち早く羽央が状況を把握し、敵地へ単身乗り込んできた蒼花を出迎える。

「やー、照れるね。天使みたいだなんて」
「誰も、んなこと言ってねぇ!」
 
 おそらく、蒼花は(あり得ないが)片足で壁の頭上を越えて急襲した。現に、壁役は誰一人として脱落していない。

「ちょっと、藍生君。これ、女のコに放つ蹴りの威力じゃなくない?」
 
 左の回し蹴り――蒼花は掌を羽央の膝に置き、威力を殺してから右足で止めた。

「うっせ! そもそも、おまえは〝女のコ〟のカテゴリーに入ってねぇっつーの!」
「やー、酷い。ちなみに、なに?」
「〝オンナ〟だ! もうちょい慎ましくあれば、〝女性〟にしてやっても構わないけどな」
「ふーん、マリーは?」
 
 横合いから跳んできたマリーの右足を難なくかわして、蒼花は尋ねる。

「〝女のコ〟だ! まぁ、きちんと日本語が喋れるようになったらわからんがな!」
「じゃぁ、こっちの可愛いコは?」
 
 蒼花は脚を伸ばすだけで、優の動きを止めた。リーチに差があり過ぎる。

「んなもん決まってんだろ?」
 羽央は唇を吊り上げ、
「〝メス〟だ!」
 言い切った。

「優をオチにすんなっての!」
 優は蹴りの軌道を、羽央へと修正した。

「怒る相手が違うっての、ひなうー」
 
 踊り狂う女子三人が怪訝な顔を浮かべる中、
「てめぇらぁっ!」
 羽央は壁に向かって張り上げた。

「悪いことは言わねぇ……〝ビッチ〟って思った奴は死ね!」
 何人かの背中が揺れ、

「ピュッテン! メルド!」
 マリーがキレた。
 あろうことか、味方の背中に蹴りを叩き込む。

「え? どうしたのあのコ?」
「日本じゃ軽々しく使われてるけど、ビッチって言葉はかなりの侮蔑用語だからな」
 
 国によってはマジギレだと羽央が苦笑すると、優は納得したのかマリーを止めにいった。

「やー、二人きりだね」
「嬉しくねぇ!」
 
 蒼花は余裕に満ちていた。楽しくて仕方ないと言わんばかりに、ポニーテールとスカートを揺らして、跳びかかってくる。

「相変わらず、ムカつくくらい強いな!」
「ムカつくのはこっちだよ? 私は中学三年間、剣道に打ち込んできたんだ」
「だったら、礼節はどうした? 教わらなかったのか?」
 
 きみにだけは言われたくないと蒼花は零して、蹴りに蹴りをぶつけてきた。

「なのに、なにもやってこなかったきみと互角ってどういうこと? するいじゃないかっ、男のコ!」
「なに、決めつけてんだよ!」
「じゃぁ訊こうか。なにかしてたのかい?」

「もちっ!」
 羽央は勿体ぶった間を開けてから、
「全力で生きていた!」
 堂々と宣言した。

「そうか……それは素晴らしいねっ!」
 真面目に聞いて損したと、蒼花は足を振るう。
「まったく! どうしてきみの口は、そうも軽いんだ? ぺらぺらぺらぺらと、いったいどうすれば止まるんだい?」
 
 それを訊くか、と羽央は内心で笑う。

「止め方なら、前に教えたろ?」
 思い出し、笑いが止まらなくなる。
「キスすりゃ、その間だけは黙ってやるっての!」
 
 あの時も、羽央はそう吐き捨てた。
 完全に相手を馬鹿にした答え。それなのに……

「そういえば、そうだったね」
 
 こいつは実践しやがった。

「でもだからって普通、舌を入れるかい? 小学生だよ?」
 
 間近で見た蒼花の顔を直視できなくて……狼狽えるのがなんとなく悔しくて……羽央は舌をねじ込んでやったのだ。

「うっせー、それを言うならおまえだっておかしいだろ? 普通の女のコはな! そういう時、悲鳴をあげるもんだぞ? 間違っても、黙って膝を叩き込んだりはしねぇっての!」
 
 おかげで、羽央のファーストキスはゲロの味だった。

「しかも、そのまま転校しやがるし。おかげで勘違いのドブスどもに、近づいたら襲われるって陰口叩かれまくったんだぞ?」
「あの頃は乙女だったからね。恥ずかしくて、とてもじゃないが登校できなかったんだ」
 
 ふざけた言い分に羽央が吠える。
「抜かせ!」
 被さるように、
「死ねぇ!」
 と、甲高い女子の乱暴な声が迫ってきた。

「あん?」
 
 羽央はあえて脚を折り畳み、空振りさせる。
 その勢いのまま、奇襲を仕掛けてきた女子――ルークの迎撃に移る。
 が、それを許す蒼花ではなかった。

「女のコには優しくね」
 
 回転中の軸足を綺麗に払われ、羽央はバランスを崩す。そこにルークの蹴りが直撃し、あえなく撃沈した。

「大丈夫ですか、お姉さま? このゲス野郎になにかされませんでしたか?」
 
 羽央は床に転がったまま、百合なシーンを見上げる。
 蒼花を心配する少女は、ルークの証でくくった黒髪を首にかけるように垂らしていた。

「なんだ? 昔からそういった手合いに好かれちゃいたが、ついに真性に捕まったか?」
 
 キッと、少女は目を細めて羽央に吐き捨てる。

「さっさと立ち去りなさい、ゲスが! ルール違反ですよ?」
「へいへい。わかりましたよ、色気のないパンツをはいたお嬢さん」

「なっ!」
 紅潮し、スカートを押さえながら少女は激昂した。
「そ、それ! 公序良俗に反する行為じゃないですか!」

「あぁ、おまえがな」
 羽央は嫌らしく笑う。
「俺は見たんじゃなくて、

。つまり、公序良俗に反したのはそっち。わかったか、痴女」
 
 更に喚こうとした少女の口を、後ろから蒼花が塞ぐ。
「真面目なコを挑発しないの。早く行って、しっしっ」

「犬じゃないってのに……」
 不服だが、ルールに明記されている以上、フィールドにいるわけにはいかなかった。

「なぁ、藍生」
 戻るなり、声をかけられた。

「なんだ………………佐倉」
 羽央は戦いを見ながら、耳を傾ける。
 既に壁は崩壊し、乱戦となっていた。

「今の間が気になるが……まぁ、いい。ところで草皆(くさかい)となにを喋ってたんだ?」
「草皆?」

「ルークの女のコだよ。二木中の制服着た……憶えてないのが凄いよな」
 佐倉は途中で諦め、
「告白されたってのに」
 端的に事実だけを告げた。

「なんでまた?」
「たぶんだけど……つーかこれも憶えてないんだろうなぁ。二年の英語の授業でさ、外人の先生が来たことあるじゃん?」
「あっても不思議ではないな。それで?」
「……その先生、発音が滅茶苦茶ネイティブ――」
「そりゃそうだろ」
 
 話を折るなと、佐倉は項垂れた。

「おまえの友達ってまじ凄いな。尊敬するわ……」
「話の腰を折るなよ」
 
 返され、佐倉は金魚のように口をパクパクさせるも堪えた。

「……で、その外人の先生が出席確認? つーか、一人ずつ話しかけて、簡単な挨拶をしていったんだ」
 
 お名前は? 元気ですか? 簡単な英語の挨拶。
 答えられない人はいないはずだった。

「それで草皆の番が来たんだけど、発音がネイティブ過ぎてな。つーか、その前の鬼頭幾代の所為でもあるんだが。って、鬼頭は憶えてるか?」
「あー、さすがにその名前は憶えてるよ。つまり、イクヨッキトーって感じで名前を呼ばれた訳だ」
「そんな感じだ。それでどっかの馬鹿が、これみよがしに右手で輪っかを作ってシコシコしてな。鬼頭の奴は下ネタに慣れてたから、それはもう恐ろしい顔で周囲を黙らせていたんだが」
「まさしく、鬼頭って感じの女だったもんな」
 
 そうそう、と相槌を打ってから佐倉は本題に入った。

「草皆の下の名前は知子(ちこ)だったから『遅刻さかい』って空耳っぽくなってな」
 
 周囲は爆笑。それどころか、悪ノリする馬鹿もいた。
 ――ち○こくさい。

「草皆はそういうのに慣れてなかったからか、黙り込んじまったんだ。それで先生がチコどうしました? 元気ないですか? って……」
 
 男子中学生はそれだけで喜び、大爆笑。俺のち○こも元気ないと連呼して、ますます収集が付かなくなる始末。
 草皆は恥ずかしかったのか、俯くだけ――

「その時、おまえが庇ったんだよ。なんか英語でペラペラ喋って……それで先生が草皆に謝って、騒いでいた馬鹿どもを怒ったんだから……そういうことだろ?」

「……まったくもって憶えがない」
 とはいえ、そういう状況だったのならきっと助けたはず。
「まぁ、事情はだいたいわかったよ」
 ならば、確認することは一つだけ。

「ところで、草皆ってどういう人間だった?」 
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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