第22話 ハイテンション、嘘八百
文字数 4,329文字
今度はキング一点狙いではなく、分散させている。
A-3は変わらぬ陣形。役割としては左翼の羽央が囮、右翼の渡部たちが奇襲。そして、相川率いる中央が攻撃と支援だ。
逆三角の陣形は敵から後方の動きを見えにくくする為であり、相川が前線にいるのは敵の展開を素早く判断し、後続へと指示を伝える役を担っているからだった。
敵の狙いは簡単に読めた。
中央を包囲して、その場に押し留めるつもりであろう。しかし、少数の兵で鶴翼は愚かとしか言いようがなかった。
「マリー、日向――左翼へ」
女子のナイトとビショップを右翼へ――ちょうど、敵と接触するかしないかという絶妙なタイミングで相川は兵を送る。
「そろそろ準備しとけよ、王子様」
少し遅れて、彼女らを助ける権利を勝ち取った男子たちに命令を下す。
「一列目は防御態勢。二列目は下がって散開――俺たちが敵と接触したら、後方を衝け」
いくら数で負けていようとも、後ろを取られない限り脅威にはなり得ないと相川は判断した。
それに敵は常に後手を踏んでいる。
こちらの動きにいちいち反応しているのだ。
前衛の壁が邪魔で、敵がマリーたちの動きに気付くのはどうしても遅れる。
次も同じだ。そして、散開で悩む――これは何処の支援なのかと。指揮系統がなっていないのか、敵の動きは致命的に遅かった。
羽央は向かっている敵を待ち構える。
その数十名――中央からの支援に気付き、反応が遅れる。
二人を迎撃に消費して再度突撃するも、増援に意識を奪われ……また一歩遅れる。
ここでまた同じ数だけ残す愚行は選択せず、結局羽央が相手にするのは四名だけだった。
三人で駄目だったから、一人足してみたという考えが透けて見える。内の一人が女子というのも、羽央の笑いを禁じ得なかった。
正面に女子、男子三名が左右と後ろを衝く作戦なのだろうが、敵はここでもタイミングを逃す。
愚かにも、キングの単騎迎撃も真っ先に女子を狙うことも想定していなかった。
「えっ!? ちょ、ちょっとマジ……?」
きょろきょろと突っ立ったまま明るい髪を揺らす女子に、羽央は問答無用で右の跳び蹴りを浴びせた。
「いったぁっ! バカじゃないの? なに、本気で蹴ってんのよ!」
「手加減してるっての馬鹿女が。本気だったら、今頃リバースだぜ?」
今まで体験したことのない罵声だったのか、女子は絶句していた。
「ちょっ! 鶴来く~ん!」
冷静さを取り戻したのか、後ろから媚びた声が聞こえてくる。
その時、羽央は左から回り込もうとしていた一騎を蹴り倒していた。
「さて、どっちがつるぎ君だ?」
二人の男子を見やり、
「おっ! 一人だけさっきと違うな。なかなかのイケメンじゃねぇか、おまえがつるぎだろ? 見た目からして絶対そうだ!」
羽央は決めつけた。
「逆立てた髪が剣山っぽいしな」
「……納得しているところ悪いが、鶴が来ると書いて、つるぎだ」
「なにぃ! 剣って字じゃないの?」
「亀田がキレた理由がよくわかった」
へらへらと笑いながらも、羽央は鶴来のふくらはぎの異様な太さに気付いていた。
「あれっ? もしかして、さっきの馬鹿逃げちゃったの? うわぁ、期待を裏切らないクズっぷりだな――!?」
いきなり、踏み込まれた。
それも羽央が防御を選ばざるを得ないほどの速さ。
「いってぇな、この!」
足の甲を足の裏で受けたにもかかわらず、骨に激痛が走る。
「けど、いいのかサッカー部」
板についた姿から、羽央は見抜く。
「こんな脚に負担がかかることしてさ? 自重するべきじゃねぇか?」
図星だったのか、鶴来は顔をしかめた。
「問題ない。おまえを蹴り倒したら安静にする」
けどすぐに気を取り直して、攻撃を仕掛けてきた。
この二対一はしんどいと、羽央は仲間を呼ぶ。
「オスクール!」
「ふざけた奴だ!」
馬鹿にされていると勘違いしたのか、蹴りの速度と威力が増していく。
「くっそ、本気だされるとやっぱ強いな」
人口数を踏まえると、格闘技よりもサッカーのほうが厄介であった。
なんせ、クラスに一人は絶対にいる。
ただ、本気になるとは思ってもいなかった。
サッカーに限らず、真面目にスポーツに取り組んでいる者――大会など明確な目標があるタイプはこんな競技は敬遠してしかり。
小学生ならともかく、高校生ともなれば言われなくともわかるはずだ。
――ケンバトは脚に負担がかかり過ぎる。
本気になればなるほど怪我の危険性は増し、筋肉痛は避けられない。
そのことに気付けなかった(ムキにって止められなかった)いつぞやのサッカー少年は、それで大事な試合を棒に振る羽目になった。
「力任せに蹴ってると足を痛めるぞ?」
「そう思うならさっさと蹴られろ!」
鶴来の蹴りは手で受けられなかった。はっきり言って痛い。そうなると足で受けるしかなく、羽央は攻撃が封じられていた。
「くそっ! くそっ!」
もう一人の男子は取るに足らない。固めた拳で受け、攻撃を躊躇させる。
「なにっ、いきなりっ! 本気になってんだ? さっきまで空気だったろうが!」
蹴りの強さよりも、速さに羽央は防戦一方になっていた。
脚を引いて、放つまでが早すぎる。
「おまえのせいで、クラスの空気が悪くなったからな」
「はぁ? なに寝言いってんだてめぇ!」
キレてみせると、驚いたのか鶴来は足を止めた。
「悪くなったのはクラスの空気じゃなくて、てめぇの居心地だけだろうが!」
羽央は声や口調だけでなく、目つきや表情まで一新させていた。
「それともなにか? 一回戦はみんな仲良くやれてましたって思ってんのか?」
鶴来は答えない。
まだ、そこまでのクズではないようだ。
「んなの当たり前だろが! つーか、なにキレてんのおまえ?」
比べて、もう一人は即答した。
救えないと、羽央は睨み付ける。
「なんだよっ!」
男子は気圧され後ずさるも……不自然に前進した。
ちょうど、マリーが到着したのだ。
前のめりになった相手に羽央は膝を入れる。
鳩尾に深く、突き刺してやる。
「しばらく死んでろ、クズが」
吐き捨て、羽央は鶴来と相対する。
「メルシー、マリー。ここはもう大丈夫だ」
鶴来はマリーの姿を目で追っていて隙だらけだったのだが、羽央は見逃した。
「なんで、そんなことを気にする?」
気づいてか、鶴来は対話を求めてきた。
「実を言うとな、俺の退学がかかってるんだ」
いきなりの爆弾発言に、
「なんだと?」
鶴来は目に見えて驚いた。
「このケンバトは俺が考えた。一芸入試でな。それでまぁ、こうして受かったんだけど条件付きだった。全員が楽しめなければ、盛り上がらなかったら退学っていうな。だから、最初から誰かを切り捨てるやり方を認めるわけにはいかないんだ」
自覚はあったのだろう。鶴来は否定しなかった。
「まぁ、俺を退学させたいっていうんなら構わないけどな」
意地の悪い言い方である。
「別にそこまでは……」
そのような事実、知ってしまえば大抵が躊躇するに決まっている。
自分の責任で誰かを退学に追い込むなど、まともな倫理観を持っていればできるはずがない。
いくら羽央が腹立たしいとはいえ、普段は接点もない相手だ。校舎も授業時間も違う。
「そうか、助かる」
打って変った笑顔を見せ、羽央は相手を
騙していく
。「けど、今更どうすることもできない。大駒は変えられないのだろう?」
早い話が、J-2の負けは決定したも同然だ。
これでやる気を出せというのは難しい。
「ルールはよく読むんだな。大駒の定義は体操服以外の服装にシンボルのタスキだけで、選出は試合前。となれば、一ゲームごとは無理でも一試合ごとは変更できる」
ただしくは、そういった解釈ができるというだけでルールブックに明記されてはいない。
「そもそも、変えられないなら一試合ごとに服装チェックする必要ねぇだろ? 現に、俺はそれを見越してこんな恰好をしている」
羽央は体操服の上から学ランを羽織っているだけだった。学ランとタスキを除くだけで、いつでもポーンになれる。また、譲渡も簡単だ。
「大抵の奴がそれに気づかないで、がっちり着込んじまってるがな」
「……だったら、ルールに書いておけ。そういう戦略ができるとな」
体操服以外、コスプレ、中学の制服推奨と記載されていれば、普通は下に体操服を着ようとは思わない。
「嫌だよ。だって、ルールの穴を衝くのは楽しいだろ? それにチェスを参考にしてんのは丸わかりなんだから、プロモーションくらい予測できんだろ?」
最終列まで到達したポーンがクイーンをはじめ、他の駒に変わるルール。鶴来は知っていたのか、声をあげて悔しがる。
「くそっ! せめて、一試合ごとに大駒の変更可能くらいは書いといてやれ!」
吐き捨て、ケンバトを再開した。
「やなこった! そんくらい自分で気付け!」
一対一ならば勝ち目はあると、羽央は正々堂々と立ち向かう。
「それができないなら、全員の意見を聞くんだな! 似たような奴らが集まって、そいつらだけで決めるから視野が狭くなるんだよ!」
羽央は足を前に出し、ぶらぶら揺らす。
鶴来はそれごと蹴り抜くつもりなのか、気にせず振りかぶり……舌打ちする。
「おっ、これくらいは気付けるか?」
「そういう手もあるのか……というか、ずるくないか? 低俗な変態談義を載せるくらいなら、攻め方とか戦い方をルールブックに書きやがれ!」
蹴りの軌道上――すねや膝、太ももに足を置く防御法。
「今のは俺が考えたんじゃねぇぞ? てめーんとこのクラスの、大女の技だ」
これにより、羽央は満子に敗れた。筋力の差を過信して、力任せに押し切ろうとしたら自滅してしまったのだ。
「んで、陣形などの戦術移動はA-2のインテリ眼鏡考案だ!」
話に惹かれるのか、今度は鶴来が防戦一方になっていた。
「どいつもこいつも俺の予想を超えやがって……楽しいじゃねぇかこんちくしょうっ!」
支離滅裂な言葉にテンション。
初対面の鶴来には、羽央のキャラクターが掴めないのだろう。先ほどから、不可解な顔を浮かべている。
「――で? てめぇはなにを見せてくれるんだ? イケメン野郎!」
垂直跳びから半円を描くように足を振り上げ、羽央は踵落としを仕掛ける。振りあがる足に反射的に目を奪われたのか、鶴来は防御もできずに受け――前のめりに転倒する。
羽央は踵を相手の背中側から肩に引っかけ、それを両手まで使って無理やり前に引き倒したのだ。
「追試は受け付けてやるから、頑張れよ」
鶴来が最後の一人だったのか、笛が鳴り響いた。