第33話 相も変わらず平常運転
文字数 1,241文字
「来い、希久!」
羽央はマリーと優の二人を両隣にはべらせ、挑発していた。
「つーか、髪触んなっての」
「だって、身体に触れたらセクハラって言うじゃん」
羽央は黒と金のツインテールを一房ずつ掴む。
「この馬鹿羽央!」
期待を裏切らず、上岡希久は猪突猛進――と、思いきや目前で消えた。
羽央はすっかり忘れていた。自分がどうやって希久に負けたのかを――払い蹴り。
そして、思い出した時には軸足を払われていた。
「いたっ!」
「アイィっ!」
「ってえぇ!」
傍迷惑にも優とマリーだけでなく、希久まで巻き込んで羽央は転倒した。
四人は床で絡み合い……むにゅっ。
「きゃっ!」
「あれ? なんか柔らかいものを掴んだぞ」
「口動かす暇があったら、はよう離さんかいっ! このぬるさくがぁっ!」
いち早く体勢を整えた希久に押され――ぐにゅっ。
「キャッ――メルドッ!」
「おりょ? 今度はもっと柔らかいものに……」
「もっとってどういう意味じゃ!」
羽央は更に飛ばされ……ぺちゃ。
「あっ! これは、ひなうーだ!」
「死ね!」
指を捻じ曲げられ、さすがの羽央も悲鳴をあげる。
「痛いっ! いたたた……」
他の三人は既に起き上がっていたので、誰にもぶつかる心配なく転がる。
「ったく、この馬鹿タレっ! なんで、こっちに倒れてくんじゃ」
優とマリーは羽央を置いていったが、希久は待っていてくれた。
「いや……大丈夫」
差し出された手を断り、羽央は一人で起き上がる。
「そいや、俺が触ったのって上と下どっち?」
「知るかっ!」
希久は怒って行ってしまった。
冗談ではなく、本当に何処を触ったのかがわからなかったので羽央はなんだか損した気分であった。
「ひなうー、おまえならできる! 胸がないぶん、希久の四十三キロより軽いはずだ!」
「せめてボリューム落とせっての!」
男子たちの遠慮のない視線に晒され、優が吠える。
「ああああああっ! なんで、知っちょるん! 馬鹿羽央ぉぉぉっ!」
「当てずっぽうだったんだが?」
大勢の前で体重を暴露された怒りに身を任せたまま、希久が再び襲い掛かってくる。
「同じ手は二度くらうか!」
希久の払い蹴りは不意打ちでなければ効果はない。
反面、あれは男には不可能な技なので初見では必殺となる。
あの勢いで沈み、片足で全体重を支えきるなんてまずあり得ない。
身の軽さがなければかなわない芸当だ。
「――甘いんじゃ!」
希久は先ほどと同じように沈み――そこから鋭角に跳ぶ三角蹴り。
膝を鳩尾に押し込まれて、
「ぐぼぁっ!」
羽央は一撃で沈んだ。
「けど、同じような身長だと目立つね。ひなうーの胸の薄さと脚の短さがぁっ!?」
三ゲーム目、羽央は味方の肘鉄で死んだ。
もはや慣れたもので、誰もツッコミを入れないどころか注目すらしていなかった。
羽央はそういった調子で五回戦だけでなく、六回戦と七回戦も楽しんでいた。
その裏側で、自分に関わるやり取りが繰り広げられているとも知らないで――