第8話 ケンバトーー
文字数 2,792文字
自分がどれだけ活躍できるか、できないか。
楽しめるか、苦痛であるか。
誰もが、これまでの人生で思い知らされている。
――技術と経験に勝るものはない。
それらは時に身体能力の差すら容易く覆す。卓球がいい例であろう。女子供でも、大人の男を手玉に取れる。
だからこそ、特定の運動部の独壇場になるような競技では全員が楽しむことは不可能なのだ。
そこまで説明してから、羽央は意地悪な質問をする。
――そこでもし、身体能力まで明らかに劣っていたとすればどうしますか?
それでも頑張れと言いますか? 負けが決まっていてもやる気を出せ、やることに意味がある、みんなで協力して力を合わせれば大丈夫だと無理強いしますか?
それは大勢の生徒が見ている中で、恥じをかけと言っているようなものなのですが?
間をあけ、回答者が現れないのを確認してから羽央はにたりと笑う。
そして再び口先八丁で、理論武装したケンバトの素晴らしさを語り始めた。
朝のホームルームで新入生歓迎レクリエーション――第一回ケンバト大会の概要は発表された。
「……なんだ、このふざけた競技は?」
配られたルールブックを一読して、相川が漏らした。
続くように、あちこちから動揺の声があがりだす。
「知らないのか、おまえ?」
「悪いが初耳だ。というか、おまえは知ってんのか?」
「あぁ、ケンケンバトル――略してケンバトだ」
「そんぐらい説明されんでもわかるわ!」
相川の絶叫に追従するかのように、他の生徒たちも頷く。
「確かに、アルティメットよりはわかりやすいな」
「おまえ絶対馬鹿にしてるだろアルティメットのこと!」
悪い悪いと口先だけで謝りながら、羽央は隣に目を向ける。
「字は読める?」
「ウィ。むつかしい漢字ダメですけど」
「そりゃ凄いな」
「そうか? 読むほうが簡単なんじゃねぇの、英語とかさ」
「アルファベットは数が少ないし、構造も単純だろ?」
反面、日本語は平仮名、カタカナ、漢字など、単一で記憶しなければならない文字が多い。
「アルファベット圏の人間からすれば、漢字なんて複雑な絵にしか見えないようだからな」
「ふーん、てかさ。マリーはそのアルファベット圏の人間なわけ? そもそも何人?」
「フランス人だろ。それも南仏」
「え! そなの? てことはパリジェンヌ?」
「やっぱおまえ、頭悪いのな」
わざわざ南仏と言ってやったのに。それとも、フランス人女性なら誰でもパリジェンヌと思っているのか。
「生まれわ、フランスですけど、いろいろ混ざてますから」
「まじで! なら、ハーフとか? あと……」
「そのくだりはもうやったぞ?」
結局、相川の口からは他の混血を表す言葉は出てこなかった。
「ったく、せめてクォーターかミックスくらい出せよ」
心底呆れた溜息を吐き、羽央は話を戻す。
「これ、どう思う?」
周囲でも似たような会話が繰り広げられていた。
この展開を予想していたのか、担任はお喋りを咎める真似はしない。質問があれば受け付け、答えたりしている。
「
あじめて
聞きました。これわ、におん
のスポーツですか?」「今のところはまだ遊戯。お遊びだな」
元々は、小学五年の僅か一時に羽央が流行らせたお遊び。それを満子や希久の力を借りて、とりあえず競技の態を取り繕っただけに過ぎない。
「つーか、ありえないだろこれ。男女混合とか勝負にならねぇじゃん」
「そうでもないぞ」
「はぁ? どう考えたって女子が不利だろ?」
「じゃぁ訊くが、おまえは平気で女子を蹴れるのか?」
巧く返され、相川は小さく呻く。
「そもそも、おまえはケンケンに隠された罠に気付いていない」
両手で机を叩いて、羽央はいきなり立ち上がった。
「よく、想像してみろ。ケンケンで動く女子を――どうだ!」
「いや、どうだって言われても……」
「ちっ、これだから想像力が貧困な奴は」
「ちょっと待て! そこまで言われるようなことか!?」
相川を無視して、羽央は遠くを指さす。
「渡部! おまえならわかるはずだ!」
いきなり名指しされた渡部は机に肩肘をついて、誰とも喋っていなかった。
「ケンケンで動く女子を想像して見ろ!」
「はぁ……」
渡部は体ごと背けた。
「くそっ、これだからむっつりスケベは!」
失礼な一言を残して、羽央は更に指名する。
「次はひなうー、きみに決めた!」
「ひなうー言うなっ、この変人!」
優はいきなりフルスロットルで反応してきた。
「その様子からして、おまえは気付いたようだな」
「――はぁ? なに言ってんのあんた? 頭わいてんじゃない?」
「おまえにとっては酷なことだよ」
意味深な発言と下卑た表情で伝わったのか、男子の大半が覚醒した。
「そうか!」
「なるほどっ!」
「なんて素晴らしい競技なんだ!」
叫び、血走った目をうろちょろさせる。女子たちは本能的に恐怖を感じたのか、罵りながら胸を隠すよう腕を交差させる。
「そう、ケンケンで動くと胸が揺れるんだ!」
燃え盛る火勢に、羽央は油を注ぎ込んだ。
「他にも、髪や衣服にスカートと揺れに揺れまくる。つまり、否応なしに狩猟本能が解放されるというわけだ!」
風は温度差によって巻き起こる。
そして、この教室の男女の温度差は果てしなく――
「最低!」「きしょっ!」
「馬鹿じゃないの?」「死ね死ね!」
「キモすぎるってマジで!」「ヤバいヤバい、これマジでヤバいって」
女子たちは口々に吐き出し、
「それだけじゃないぞ、このケンバトの魅力は――」
羽央に煽られた男子たちは高鳴っていく。
「ルールを見ろ! 攻撃手段は靴下を履いた片足による蹴りのみ。これは言い換えれば、足でならお触りOKということだ!」
しまいには、男子の咆哮が女子の悲鳴を掻き消した。
「おぃ、藍生……」
忍び寄った担任の声が届く。
「プレゼンの時と、まったく言い分が違うような気がするのは……私の気のせいか?」
誰にでもできる競技。
人間にある攻撃本能に訴える。
靴下を履くのは爪による怪我を防ぐ為。
蹴るというよりも足で相手のバランスを崩していくゲーム。
「そりゃぁ、本音と建て前くらい使い分けますよ」
「おまえなぁ……!」
怒りを隠そうとしない担任を手で宥め、羽央は相好を崩す。
「まぁ、落ち着いてください先生。このまま、放置はしません。あの時、言いましたよね? みんなが楽しめるようにって。運動が得意なコもそうじゃないコも男子も女子も関係なく、一緒に遊べる競技だって」
人が変わったような表情と声で羽央は紡いだ。
「今のは、乗せやすい男子から扇動しただけに過ぎません」
羽央は時計を見て、提案する。
「このまま、お時間借りてよろしいですか?」
元々、この日の一時限目は新入生歓迎レクリエーションの為に取られていたので、担任は嫌な顔をしながらも応じたのだった。