第19話 過去の真相と羽央の深層
文字数 2,535文字
その為、どれほど運動能力が高くとも負ける時は負けてしまう。逆もしかり。どんな運動音痴にも、勝つチャンスがあった。
乱戦という基本スタイルからして、逃げるのは決して難しくない。
また、運動が得意なタイプが集中的に狙われる傾向があったので、羽央は容易に目的を達することができた。
――ムカつく同級生を蹴る。
何度も何度も、後ろから。卑怯と罵られても、平気で蹴る。
羽央に続くように、他の冴えない同級生たちも真似をし始めた。
おかげで、サッカー少年のプライドはズタズタである。
自分より体格も運動能力も劣る者たちに負け、持てはやしていた取り巻きや傍観者からは格好悪いと罵られ――つまり、本来の目的は達成されていた。
それなのに、羽央は止めなかった。
相手を挑発し、煽り、参加させ続けた。無理強いは一切せず――羽央の思う壺とも知らないで、彼はケンバトに夢中になっていった。
それが、身の破滅を招くとも知らないで――
二回戦が始まる。
羽央たちは第二運動場――野口先生が審判を務めていた。
「やっぱ、あのインテリ眼鏡が凄いだけか」
スコアボードを見せて貰うと、三ゲームとも乱戦だったのか激しく消耗していた。
羽央たちの三百六点に対して、白星をあげたほうですら二百点を切っている。
「集合~! 作戦会議。つーか、命令を下す」
チェックを終えると、羽央は全員を召集した。
「とりあえず、女子は消臭スプレー使っとけよ。匂いフェチどものオカズにされたくねぇだろ?」
へらへらと、笑えない冗談を挟んでから本題――
「――二回戦だが、俺の我儘で敵を殲滅する」
声から表情まで一変させ、全員の興味を引いた。
「別に異論はねぇけどな。あいつらムカつくし」
まともに絡んだことはないはずなのに、何人かは付属組に不満を抱いていた。
「配置はこうだ」
簡単に説明していく――左翼、中央、右翼の順で一対七対二の割合。中央に主力を集め、左翼にキングを孤立、右翼にあきらかな雑兵……
「うまくいくか、これ?」
この作戦は、敵主力が左足を軸にすることが前提になっていた。
「問題ない。最初の挨拶で怒らせておくからな」
「おまえがそう言うんなら……そうなるんだろうなぁ」
「それで女子たちに告ぐ――男子に蹴られたら『キャッ、いたぁい』だ。そして、近くにいる奴らは『ひっどぉ~い、どうしてそんなことするの?』……これで、男子の八割は戦意を失うはず。ちなみに、女子に蹴られたら『きゃっ、こわ~い』だ!」
同情の声が大きくあがるも、
「男子たちに告ぐ――」
作戦を変更する気はないようだ。
「今の内に決めとけよ。誰が、誰を助けるか――こんなにわかりやすく、フラグをたてられる機会なんてねぇからな」
途端、静かな視殺戦が始まる。女子も女子で誰に助けて貰いたいか、むしろ来て欲しくないかで盛り上がっていた。
「んで、渡部――おまえが右翼を仕切ってキングを取れ」
「はぁ? なんで俺が……」
「パッと見、一番頼りないから油断を誘える。それと、賭けの結果を見せつける為だ」
にやにやと、意地の悪い笑顔と物言いで羽央はこの場を締めた。
グラウンド中央でキングの挨拶が行われる――はずなのに、向こうは四人も引き連れてやってきた。
「よろしく頼むよ」
ブレザー姿のキングではなく、体操服を着た男子が偉そうに言う。
「あれっ? なんで雑魚がいるんだ?」
「はっ、馬鹿が。そんなんも気付かねぇのかよ」
「あー! なるほどなるほど」
羽央は誰が聞いても馬鹿にしているようにしか思えない口調で納得の意を匂わせた。
「最近、一人で行動できない男子が増えてきているとは聞いていたけど、おまえらがそうなのかぁ! いやぁ、マスコミも嘘ばかり言ってるわけじゃなかったんだなぁ」
「はぁ!?」
「おっと! 焦らなくていいぞ? ちゃんと待っててやるから、相談しなよ?」
「おぃ! てめぇ、あんま調子に乗ってるとぶっ殺すぞ?」
「調子に乗ってるのはそっちじゃねぇの? ――ルールの裏を衝いたと思い込んでさ」
前半は今までどおりふざけて、後半は低く――侮蔑するように奏でた。
「あと、あんま慣れない言葉は使わないほうがいい。唾、飛ばし過ぎ」
突然の変化に理解が追いつかないのか、それともあまりの不遜さに呑まれたのか、舌戦は続かなかった。
「んじゃ、正々堂々と。ルールに反しないようにやろうぜ?」
手を振りながら言い残して、羽央は自軍へと帰っていく。
第一関門、相手を怒らせ、蹴りたいと思わせることには成功した。
敵の主力――ポーンたちは案の定、左足を軸に添えている。対して、こちらは全員が利き足を選んでいた。
笛が鳴り、J-2とのケンバトが開始する。
スタートダッシュ――相川が率いる主力男子、その後ろに隠れるように優が率いる女子たちが中央へと突き進み、マリーを頂点に据えた逆三角の陣形を展開させる。
その数二十名――大移動に紛れて、右端から冴えない男たちが敵陣地へと深く切り込んでいく。
そして、左端にキングが一人孤立していた。
J-2は中央の大軍に意識を奪われ、待ちの姿勢を与儀なくされていた。
一回戦ではお目にかかることができなかった、統率の取れた戦術移動。
「……止まった?」
気づけば、中央だけでなく左右にも配置されていた。向かって右にキングが一人、左にポーン――おそらく、捨て駒かブラフ――が四人。
中央は前列の男が邪魔で見えないが、残りの全員が待機しているはず。
「全員でキングを攻めるぞ。左のカスどもは放っておいていい――おまえたち、もし敵が来ても戦うんじゃねぇぞ? 死なないように逃げてろ」
ポーンの男子が大駒たちに命令する。
「馬鹿が。キングが取られたら終わりだっつーのに」
よって、攻めれば助けに入らざるを得ない。
ケンケンのしんどさを考慮すると無駄な移動は極力避け、最短距離で攻めるのが得策。
「やっぱ一芸入試組なんざ、馬鹿の集まりか」
嘲りに、賛同するよう笑い声が追従する。
厳しい中学受験を制した者たち――小学生で受験勉強を強いられていた彼らからすれば、一芸で受かった者など認められるわけがなかった。