第18話 決着とスカートの中身
文字数 3,957文字
羽央たちが有利であるものの、簡単に覆る差でしかない。
「あー、疲労が抜けてねぇ……」
右足を軸に添えた相川がしんどそうに呟き、馬面のナイトに至ってはまだダメージが抜けていないのか腹部を押さえていた。
「しんどかったら棄権していいぞ?」
まだ減点を渋る段階ではないので、羽央は全員に勧める。
「個人的には、次のほうが大事だからな。ここで無理して潰れて貰っても困る」
驚いたように、ナイトを含めた何人かが足を下ろした。
なんせ、普通に気遣われたのだ。
「次って、知り合いでもいんのか?」
誰もがなにかあると察し、相川が訊いた。
「知り合いはいるが、そっちに用はないな」
二人して実りのない雑談に興じていたのは、油断であった。向こうから来るはずがないという思い込み――それが後手を踏ませた。
「――相川、頼んだ」
羽央は即座に投げた。
今まで自分が敵の陣形を把握できていたのは、相手が待機していたからに過ぎないと気付いたからだ。
「たぶん……誘われてんぞ」
さすがというべきか、相川は短時間で敵の狙いを汲み取っていた。
中央を突き出し、両翼を後退させた魚鱗陣。
△の頂点付近は男女混合だが、中ほどからは完全に別れている。
「男は男、女は女ってな」
「わざわざ乗ってやる理由はないが……」
現状は圧倒的に不利。数だけでなく、士気も負けている。とはいえ、誘いに応じれば士気の面では匹敵できる可能性があった。
「相川、おまえはどうしたい?」
「決まってんだろ?」
女子がいるとやり辛い、と相川は男子高校生らしい見解を述べた。
「だそうだ――ひなうー、やれるか?」
「なんで優に言うのよ?」
「おまえが率いなきゃ、烏合の衆に過ぎないからな」
女子に関しては、行動だけで引っ張るのは無理だ。必要なのは言葉と立場――マリーには、どちらも足りない。
「陰キャまでは面倒見きれないんだけど?」
「ここで牛耳っとけよ。俺よりマシって思わせればいけんだろ?」
「無理に決まってんでしょ、そんなの」
優は心底呆れたような溜息を吐いて、
「自分が思ってるほど嫌われてないっての、あんたは」
やれやれとかぶりを振った。
「でもまっ、やったげる。責任は取れないけどね。ってか、取らなくていんだっけ?」
「あぁ、全部俺に押し付けろ」
二人して嫌味ったらしい笑みを見せ合い、分かれた。
「野郎どもに次ぐ――全員突っ込め! 八つ当たりだ八つ当たり! 日頃のストレス全てぶちまけんぞ!」
「もうっ! めんどくさいからちゃっちゃと終らせちゃおっ! 優、疲れちゃったしぃ……みんなもそうでしょ? だからぁ、あのバカにあーだこーだ言われる前にみんなでパッと行かない?」
羽央たちが左右で男女に分かれると、敵も同じように分散させた。
「よぉっ女装少年! おまえは向こうじゃねぇのか? それとも真ん中で一人、立ちんぼするかぁ?」
「うるさいっ! 黙れこの野郎っ!」
羽央は声高らかに挑発していく。
「おっ、今回はインテリ眼鏡も参戦か? どういう風の吹き回しかはしんないが、怪我しないように気を付けろよ!」
「そんなにはしゃいでいると、舌を噛むぞ?」
「ご忠告、感謝感激雨嵐ってな!」
へらへらと羽央は吐き捨てる。距離的に、まだ二人とは戦えない。目前の壁――ポーンの並列が邪魔をする。
「死ね!」
「食らえ!」
「らぁぁっ!」
同時攻撃だが、息は合っていない。羽央は軽く後ろに跳ね、右膝を沈ませる。倒れそうになるのを両手で押さえ込み――前方へ跳躍。
先行していた一人に狙いを定め、空中で左膝を胸の位置まで持ち上げる。
圧倒的な高さに、敵はルール上安全だとわかっていても反射的に顔を覆った。羽央の足裏が敵の胸板に接触――ゼロ距離。
「ストラーイク!」
そこから、爆発的な押し出し――膝を曲げた状態で敵に足を置き、一気に伸ばした。
「さて、どう判定する?」
吹き飛んだポーンは、後方の三人を巻き込んで転倒していた。
「……失格で問題ない」
東堂は舌打ち混じりに答える。
味方を蹴り飛ばしたのならともかく、敵ならば充分に起こり得る出来事――反則と呼ぶには些か無理があった。
「それいいな!」
右から仕掛けてきたポーンを相川が薙ぎ払う。羽央よりも高く地面を離れ、敵の肩口を見事に蹴り抜いた。
羽央は素早い前蹴りで相手の動きを止め、反動で大きく振りかぶる。狙いは肩。大抵の人間が、胸より高い位置の防御を疎かにしていた。
「どうだ! 真似できるか?」
不敵に笑い問いかけるも、前からは返事はなかった。
「無理」
「つ、つる~」
「あ、足がぁ……」
後ろから阿鼻叫喚――挑戦して、自滅する馬鹿が多数発生。それなりの運動能力を有していても、ケンケン状態から片足を肩の高さまで上げるのは至難であった。
「相川、キングは任せるぜ? さっきのケリ付けてこい」
「いいのか? 大手柄だぜ?」
「問題ない。こっちのが楽しめそうだしな」
猫を呼ぶように舌を鳴らして、羽央はクイーンを見やった。
「一騎打ちといこうじゃないか?」
「上等だ! やってやるよ!」
頭に血が上っているのか、北川は即答した。
「他の奴らは相川の援護しろ。さすがに、インテリ眼鏡は乗っちゃくれねぇだろうからな」
羽央は真っ直ぐに脚を伸ばし、つま先を北川に向ける。
「――来な!」
リーチの差は歴然、圧倒的に羽央が有利。
それを見せつけられても、北川は躊躇わなかった。
だが、遅い。
羽央は相手の踏み込みに合わせて足を引き、自分の間合いに入った瞬間、射抜く。伸ばした脚は相手との距離を測る意味合いもあり、正確に迎撃していく。
北川がどれだけ動こうとも、羽央の足先は彼を捉えていた。
「はっ! 終わりか、女装野郎? 悔しかったら、ニャーって鳴いてみな!」
「うるさいうるさいうるさい!」
「おー、怖い。しっかし、その恰好でよくやるよな? 恥ずかしくねぇのか?」
北川の衣服は乱れまくっていた。上は肩にかろうじて引っかかっているだけで、ブラ紐が完全に覗かれている。
「はっ! 恥ずかしいよ! 死ぬほどっ! でもっ! おまえだけは許さない! 絶対に、一発入れてやる!」
「ケツにか? それは勘弁して欲しいな」
「――ばっかにすんな!」
顔を真っ赤にして、北川は襲い掛かってきた。腰に巻いたカーディガンが解けるほどの勢い。ついに暴かれる下着の正体に羽央はにたりと唇を吊り上げ、
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!」
引きつらせた。
女装をしない羽央には到底思いつかない下着――ペニスストッキング下向き牽引用。
想定外の光景に……羽央は普通にヒいた。
笑えない。これは笑えない、と。
「まさか、ガチだったとは。無理やり女装させられたんじゃなくて、真性だったのか!」
「んなわけあるかぁ!」
「でもよ、普通はそこまでやれねぇぞ? つまり、おまえにはドMかド変態の素質がある」
「違うって! 僕は! そんなんじゃないっ! 自分で着ないと……女子たちに着せられるからしょうがなく……」
「素直に着せられとけばよかっただろ? 役得じゃん。そこでぽろりでもしてりゃ、大きさにもよるが……」
「できるかっ! んなもん!」
北川は叫びながら猛攻を仕掛ける。
「こころぴょんぴょん待ち? 考えるふりして」
羽央はウサギが跳ねるよう軽快によけていく。歌いながらぴょんぴょんリズムを取って、左右前後と自由気ままに跳ね遊ぶ。
「おまえふざけ――!?」
「――もうちょっと近づいちゃえ」
北川は急に接近され不恰好ながら防御の姿勢を取るも、
「いつもぴょんぴょん可能! 楽しさ求めてもうちょっとはじけちゃえ」
馬鹿にしたようにぴょんぴょんぴょん、と羽央は口にして離れていった。
「おまえっ! 頭おかしいんじゃないのか?」
「ったく、どいつもこいつもすぐそれだな」
大振りの一撃をかわして、羽央は無理やり破顔した。
にたりと。
「悪いが、俺は至って普通だ。むしろ、おかしいのはおまえのほうじゃね?」
「――はぁっ!? なんで僕……が?」
北川は反射的に吐き出し、能動的に口を閉じた。
「ごめんみんな! やっぱりこいつ、男だった」
羽央はいきなり叫んだ。
真っ当に戦っていた男子たちにお披露目するように。
誘導されていたことに気付かなかった北川はあられもない姿を晒していた。
「おぃ、アレ……なんだ? 紐パンか?」
「いや、あれはペニスストッキング下向き牽引用だ」
「なんで、知ってんだおまえ?」
「えっ? 常識じゃないの?」
無配慮な男の視線に一斉に貫かれ、好き勝手に話のネタにされる。
北川は羞恥心に負けたのか、両手でスカートを押さえ込み俯いてしまった。
「可愛い声で鳴けよ!」
隙だらけの状態を見逃す羽央ではない。踵を腰よりも高く振りかぶり、勢いのまま蹴り抜いた。
かろうじて膝で受けたものの、北川は吹き飛ぶ。
そのまま地面に女の子座りして、
「……にゃぁ」
と鳴いた。
苦渋の決断。ネタに走ったほうが、傷は浅いと判断したのだろう。
「ヴィクトリー!」
勝利宣言をあげていると、
「いや、最低だからおまえ」
相川に非難された。
「そっちも勝ったのか?」
「あぁ、誰かさんのおかげでな」
北川の登場で全員の意識が流れていたらしい。その隙を衝いた結果――僅か数日、羽央との付き合いの差が出た。
「なんだ、同罪じゃん」
「一緒にすんなこの野郎!」
正々堂々の戦いに水を差されたのが不満なのか、相川はキレ気味にツッコミを入れてきた。
「そんな怒んなよ。残り時間は、女子たちのパンチラと乳揺れを楽しもうぜ?」
「んなメンタルねえよ」
相川に袖を振られ、羽央は一人で鑑賞に向かおうとするも――笛が鳴った。
遠目に見える生存者からして、敵を全滅させたようだった。