第32話 ボケ(M)とツッコミ(S)の関係

文字数 2,004文字

 まるで、鏡を見ているかのような錯覚を覚える。
 目の前にいる敵は……中学時代の自分に似ていると渡部は思った。
 
 きっと、自分の意思でここに立っていない。力のある生徒に命令され、無理やり戦地へと赴いたのだろう。
 誰にも辿り付かない伏し目がちの瞳、うまく声を出せない半端に開いた唇、身を守るように丸められた肩と、自信のなさが見て取れる。
 息切れを起こすほど必死になっているのが信じられないのか、敵は不可解な瞳で覗きこんできた。あちらも親近感を覚えたのかもしれない。
 だからこそ、渡部の頑張りが理解できないのだろう。 

「……おまえには同情するが、手加減はしてやれない」
 
 投げかけ、渡部は馳せた。
 苦戦するわけにはいかない。
 女子たちの口が開く前に――こいつはおれが倒す!



「――マリー、おまえもか!」
 羽央は芝居かかった台詞を叫ぶ。

「いなた、怒ってます。きっと羽央悪いです。だって、みんな怒ってます」
 
 羽央は冷たい目をした女子たちに囲まれていた。

「マリー! それは日本人の駄目なところだ! 流されてはならない!」
 裏切りを許す懐の広さを見せるも、

「そうそう、いいコねマリー」
 クイーンは既に籠絡されていた。

「あと、優のことは優でいいから」
「ウィ、優」
「くっ! 四面楚歌とはこのことか!?」
「みんなー、やっちゃって。優が許すっ! 好きなだけ蹴っちゃえ!」
「はっ! いいのか? てめぇら全員オカズにすんぞ?」
 
 口が動く限り、羽央は諦めたりはしない。
 たとえ、死の間際でも彼の口は動き続ける。

「足の感触から匂いまで焼き付けてな。蹴られるのは俺にとっちゃご褒美だっつーの!」
 
 いや、もしかすると死んだ後ですら、彼の言葉は生き続けるかもしれない。

「なんかほざいてるけど、こいつどう考えてもSだから」
「……どっちもイケるぜ?」
「いや、あんたのMっ気って精神的なものだけじゃない?」

「そういうひなうーはドMの欲しがりだよな?」
 図星なのか、羽央は答えずに論点をずらした。
「あとできちんとツッコンでやるから、ここは退いてくれないか?」

「はぁ? なにほざいてんの? 許して欲しかったら土下座しなさい土下座――今すぐ、片足で!」
 
 二人の舌戦にマリーが口を挟む。
「羽央と優わなんの

、してますか?」

(ボケ)(ツッコミ)!」
「んなわけあるかぁ!」
 
 優は否定するも、J-1の生徒たちはすっきりした顔をしていた。
 やっと腑に落ちたみたいに。

「こうなったら実力行使だ! 俺を口だけの男と思うなよ?」
「あんたから口取ったらなにが残るってのよ!」
 
 バッサリ切り捨てられるも、切れ味が良すぎたのか羽央は生き生きと足の裏を掲げた。
 そして、器用にも動かし始める。節足動物の足のように指を一本一本ぐにゃぐにゃと。

「気持ち悪っ!」「キャー」
「やだぁっ、なにアレ?」「人間?」
「マジで変態だよこいつ……」「もういやぁ……」
「わたし帰りたい……」「っぅぅ……」
 
 女子たちの弱気な反応に満足して、

「さぁ、どいつから来る?」
 羽央は強気に出た。
「確かに、今の俺じゃおまえら全員を倒すことはできない」
 
 調子に乗っていたツケ――羽央の足は疲労困憊であった。

「だが! 確実に一人は揉むぞ? この足で揉み下してやる!」
 
 不幸にも……いや、計画的なのか教師の姿はここにはない。メイン戦場である中庭に一人いるだけだった。

「うっさい!」
 
 とはいえ、羽央が囲まれている状況は変わらない。
 あれほど粋がっていながら、あっさりと背中にクリーンヒットを受けてしまう。

「……いいだろう! おまえのBカップが本当かどうか確かめてやる!」
 
 羽央は振り返り、今度はマリーに蹴られる。

「あ、私も蹴ろっ!」「一発くらい……いいよね?」
「たぶん、殺しても無罪っしょ」「正当防衛ってやつだね」
「いや、さすがに過剰防衛じゃない?」「でも、蹴るんだ?」
 
 その流れのまま……笛の音が響くまで羽央は蹴られ続けた。
 早々にケンケンは維持できなくなっていたのだが……気にする者は誰もいなかった。



「――おまえらは、いったいなにをしていたんだ?」
 試合が終わるなり、相川が苦言を漏らした。

「いやぁ、ついね」
「ついじゃねぇよ!」
 
 三ゲームとも、羽央は作戦――左右から迂回して挟み撃ち――を実現できなかった。

「ってか、日向とマリーもだ!」
 
 一緒くたに怒られるも、
「え~、優は悪くないしぃ」
「そうです。悪いのわ羽央です」
 二人はまったく反省していなかった。

「せっかく渡部の奴が気合いで持ち堪えたってのに……おまえらときたら!」
「別に、おれは気にしてないぞ?」
「なんだ、相川一人が熱くなってるだけか。これだから体育会系は」
「ほんっと、押し付けウザ~い」
「オー、ピュッテ~ン」
「……もういい。渡部ぇ、俺たちだけで頑張ろうなぁ……」
「別におれは……」
 
 ケンバトも後半戦に入り、クラスの結束は強まってきていた。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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