第7話 戦いの下心

文字数 2,273文字

 肩を落とし、通学路をとぼとぼ歩いているだけなのに二穴(ふたあな)満子(みつこ)は目立っていた。
 
 高身長。
 その一点だけで人目を引いていた。
 
 彼女に言わせれば周囲の男子の背が低すぎるだけなのだが……残念ながら、その言い分は既に破綻してしまっている。
 中学二年で成人男性の平均でもある百七十に達し、今では百七十四と男性の中でも高身長。
 規格外に大きいわけではないものの、一般人の中では際立っている。
 そんな上背に加え、彼女はグラビアの謳い文句にすらなるGカップを兼ね備えていた。
 
 当然、最初からそこまで大きかったわけではない。段階を経て、順調に膨らんでいき……想定を超えたのだろう。
 中学三年の頃にはブレザーのボタンははち切れそうで夏服や体操服は胸元がパンパンと、無意識に男の劣情を刺激していた。
 
 しかし、今は違う。
 エスカレーター式とはいえ、中学と高校で制服は変わる。適切なサイズのブレザーに身を包んでしまえば、真っ先に男の視線が胸にいく機会は減っていた。
 けれども、背丈だけはどうしようもない。
 どれだけ生徒数が増えても、一目でわかる。
 遠目からも気付かれる。

「やー? もしかして、二穴さん?」
 
 現に、こうして遠くから声をかけられてしまった。
 自分の名前が嫌いな満子はムッと振り返るも、すぐに霧散する。
 相手の姿を目に収め、絶句してしまう。

「やーやー、久しぶり。あまり変わってないから、すぐにわかったよ」
 
 最後に会ったのは小学六年生の夏――今と風貌は全然違うはずなのに、黒髪の少女は変わらないと言った。

「相変わらず大きくて羨ましいよ。背も胸も」
 
 あっけらかんと失礼な感想を口にしながら、少女――功刀(くぬぎ)蒼花(そうか)は満子の肩を叩いた。
 彼女が満子に気付いたのは、背の高さからだろう。
 対して、満子が彼女に気付いたのは――

「結局、一度もきみに勝てなかったわけだ」
 蒼花は背比べをするように手を動かしたと思ったら、無造作に胸を掴んできた。

「ひゃっ?!」
 いきなりの行動に満子は硬直する。

「ほむほむ、これはすごい!」
「ちょっ! や、やめ……やめてください……」
 
 友達に冗談で触られたりすることはあっても、ここまで激しく揉まれた経験はない。未知の感覚に満子は軽いパニックを起こしてしまう。

「やー、ごめんごめん。あまりにえっちぃから、ついね」
 蒼花はオヤジみたいな台詞を吐きながら、ちろりと舌を出して謝った。
「でも、髪切ったんだね? きみの長い髪、好きだったんだけどなぁ」
 
 そう言う蒼花は短かった髪を背中まで伸ばしていた。

「あれっ? あれれぇ? もしかして、私のこと憶えてない?」
「……功刀蒼花さん。憶えていますよ――」
 
 忘れられるはずがない。
 内心の激情は押し殺して、満子は曖昧に微笑む。

「やー、嬉しいねぇ。思い返してみると、そんなに接点なかったから心配しちゃった」
 
 人差し指で頬をかきながら、蒼花は苦笑する。ころころと変わる表情はどれも愛くるしく、満子の不安は更に加速していく。
 
 性格はそう変わっていないようだが、容姿は違う。
 もう、男のコに間違えることなんてあり得なかった。
 艶やかな長い髪、モデルみたいにすらりとした手足、凛とした立ち姿、魅力的な胸の膨らみにくびれと、どれも同性として憧れを禁じ得ない。
 
 だって、全て満子には手に入らなかったものだ。
 髪を伸ばしても野暮ったくなるだけだった。伸びた手足はだらしくなく、背を気にしてやや猫背ぎみ。寸胴体型なのに、胸だけが異様に大きくなって悪目立ち。

「夕日でも眩しいの?」
 
 劣等感から俯いていたら、心配されてしまった。
 絶対に自分には思いつかない言葉――そんな理由で俯いたことなんてない。
 顔を背けるのは眩しいからじゃなくて――恥ずかしいか怖いか――いつだって、周囲を気にした結果でしかなかった。

「顔色も悪いようだけど大丈夫? それとも、試験の調子でも悪かったのかい?」
「……はは、実はちょっと……」
 
 適当に笑って誤魔化す。
 早く、彼女の前から逃げたかった。これ以上会話が続いてしまったら、悪い予感が芽吹いてしまう。
 それなのに、満子は繋いでしまった。

「あのっ! 功刀さんは、彼氏とかいますか?」
 
 不安を晴らす言葉を期待して――だって、彼女は綺麗だから。周囲の男子が放っておくはずがない。
 
 それにもう、あの頃とは違う。
 もう、子供じゃないんだ。
 だから、いくらでも作れる。
 幼馴染よりも強い関係性だって、簡単に作れてしまう。

「いきなりだねぇ」
 
 指摘され、満子は呻く。
 不安に駆られ、ストレートしか投げられなかった。
 否、投げられてしまった。
 あんな不躾な質問をするなんて、普段の自分からは考えられない。

「けど、残念。そういったガールズトークできる話題は持っていないんだ」
 
 蒼花は嫌な顔を浮かべずにいてくれた。笑って否定した。満子の身勝手な期待を――安心できる言葉をくれなかった。

「お返しってわけじゃないけど、私からも一つ訊いていい?」
 
 それどころか、恐れていた現実を突きつけられてしまう。

「きみはまだ、藍生君と連絡を取れたりするかい?」
 
 ――やはり、この女は危険だ。

「……ごめん」
 
 わからないと首を振る。
 ――すぐにバレる嘘。
 けど、決して無意味ではない偽り。

「そっかー、それは残念」
 
 それを蒼花は信じたようだ。
 明日にはバレる嘘。
 明日になれば、効果を発揮する毒。

「それじゃぁ、また」
 
 颯爽と去っていく背中を見送りながら満子は思う。
 次に顔を合わせる時、自分は笑っていられるだろうかと。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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