第20話 クズさここに極まれり

文字数 3,030文字

「さて、ここまでは藍生の予想通りだな」
 敵の動きを眺め、相川は呆れたように漏らす。
「ったく、無茶ばかり押し付けやがって……」
 
 アルティメットで培った判断能力に期待しているとおだてられ、相川は了承してしまった。
 敵を観察し、移動速度を測る。
 ケンケンでの加速などたかが知れているので、初速を見るだけで問題ない。

「さっきと比べると、纏まりねぇな」
 
 先導する数名――いきっている三人は抜かせても構わないと言われていた。

「それじゃ、いくぞ!」
 
 敵先頭グループが同じラインに並ぶ手前で、相川は号令と共に駆けた。ケンケン移動に関していえば、利き足かそうでないかの差は大きい。
 そして、統率された集団と烏合の衆では、全てにおいて圧倒的な差があった。


 
 J-2の生徒たちは敵の猛進に気圧されて、自ら歩みを鈍らせていた。どうする? と、相談しながら動いているのだから、当然の遅れだ。
 それなのに、先導する三人は後続を見捨てていた。自分たちの力で抜けたと思い込み、いい気になっていた。

「おぃ、覚悟はできてるんだろうな?」
 三対一という状況をチェックメイトと思い込んで、彼らは強者のように振る舞う。

「覚悟ってなんの覚悟だよ?」
 ひょうひょうと羽央は質問を返した。

「悪いが、これまでの人生で覚悟を決めたことなんてないな。まだ、高校生だぜ? それなのに覚悟を決めたなんて抜かす奴がいたら、そいつは波乱万丈な人生を歩んできたか、ただ自惚れてるだけだぜ」
「……てめぇ! 自分の状況がわかってねぇのか?」
「少なくとも、おまえらよりは把握してるつもりだが?」
「てめぇ、もういい! ぶっ殺してやる!」

「本当に殺意を抱いてんなら、口に出す前に終わってるはずだがな」
 羽央はにたりと唇の端を吊り上げた。
「現に、向こうはもう終わっている」

 決着は一瞬だった。
 横合いから雪崩れ込んだ時点で、敵は瓦解した。
 結局、敵はなんの決定もしなかったのだ。中途半端な速度で進んだまま。迎撃態勢も取らず、抜け切る気概も見せなかった。
 
 だからこそ、一蹴される。
 
 勢いの乗った蹴りは防御ごと吹き飛ばし、敵を自滅へといざなう。
 皮肉にもそれを逃れ、反撃の狼煙をあげる勇敢な者たちは心に大きな傷を負わされる羽目となる。

「きゃっ、いたぁい」「ちょっと、酷いんじゃない?」
「うわぁ、女のコを蹴るなんてサイテー」「ほんとっ、なに考えてんの?」
「ムキになっちゃってバッカじゃない?」
 
 想定外の風当りを受け、敵は尻込みする。

「おぃ、大丈夫か? てめぇ、よくもやってくれたな?」
 
 逆に味方は、女子を守るという大義名分と優越感からやる気に満ち溢れていた。
 もとより、A-3には羽央に命令されたという言い訳がある。
 また、どんな卑怯な手段もアレよりはマシだという安心感――これら二つの理由から、躊躇いもなく敵を蹂躙していった。



「大駒のほうも、すぐに終わるぞ」
 
 羽央は言い切った。
 主力はもう消化試合。逃げまとう相手を追いかけているだけだ。

「はぁ! なんで……?」
 
 彼方――逃げの一手を取っていた付属の大駒たちが、敵と接触する前に倒れる。

「運動能力のない奴が、何十分も片足立ちでいられるわけないだろ?」
 羽央は当然と言わんばかりに語るも、

「ふざけんな! あいつらは突っ立ってただけだぞ?」
 相手は納得のいかない様子。

「それは運動ができる奴の考えだ。一回戦もっただけでも、よく頑張ったほうだっての」
 
 相川も三十分は余裕だと思っていた。そのような勘違いをするのは、ひとえに試す機会がないからだ。
 基本、こういった片足立ちのテストは動かないのが原則。他にも、閉眼や腰に手を当てるなど、なにかしらの制約が付きものである。

「一回も試さず、おまえ如きの頭の中で終らせるから、こんな結果になるんだよ」
 
 たかがお遊び。それも練習する必要がないほど簡単な競技だからこそ、誰も試したりはしなかった。
 大抵は頭の中で完結させるか、ほんの数分だけやってみて楽勝だと勘違いをする。
 また、あまりにふざけたルール故に真面目にやるのも馬鹿らしいと感じる生徒も少なくはない。

「黙れ!」
 早くも我慢の限界に達したのか、一人が実力行使にでた。

「実にみっともないな。いま、どんな気持ち? ルールの穴を衝いた俺やっぱすげぇって思ってたら自滅しただけだった、なんてさ。ぶっちゃけ、真面目な奴ら以下だぞ?」
 
 防御に徹していれば、三人までなら負けない自信があった。羽央は両手と足を、蹴りの軌道上に置くだけで防いでいく。

「頭悪いくせして、賢く見せようとするからこうなるんだよ」
「ざけんな! 馬鹿はどっちだよ! 学のねぇ一芸入試組が!」
「使えない知識は知らないのと同義だぞ? 問題を提示されないと自分の賢さを披露できないなんて機械以下だっつの」
 
 羽央は相手を痛めつけていく。
 明確な言葉の刃。一回戦で見せた軽口とは訳が違う。

「そもそも、運動能力がない奴を使えないって判断した時点でおまえの程度が知れるよ」
「あいつらはなぁ! やる気すらねぇんだよ。能力がないだけじゃなく、斜に構えて真面目にやりもしない。んなことも知らない奴がほざいてんじゃねぇよ!」
「聞いてもない言い訳ご苦労様。ようは、馬鹿な僕には扱い切れなかったってことだよな?」
「はぁ!?」
「自分の思い通りにできもしねぇ相手を見下してんじゃねぇよ。聞いてる限り、ジャンルが違うだけで同レベルだぜおまえら? 責任の押し付け合いなんてしないで、もっと仲良くしたらどうだ?」
「あんな奴らと一緒にすんじゃねぇ!」
 
 誰が見ても険悪な雰囲気だが、それは近くにいればの話だった。
 遠目から――審判からはそうは見えない。ケンケンで動いているせいか、なにをしていても微笑ましく移るのだ。
 
 ――その為のセルフジャッジ。
 
 教師を遠ざける必要性があったから、羽央はそういうルールを設けた。もちろん、悪巧みを悟られぬように利点は散々説いている。
 
 曰く生徒の自主性を育む、一人一人が責任感を持つ、公平さが求められるいわば道徳の実技。そういった屁理屈から、教師が少なくて済む、紳士淑女のスポーツとされているテニス(あとで知ったがアルティメットも)では採用されているといった実例まで交えて。

「はっ! 客観性が足りないな、おまえ。自分を中心に考えすぎだよ」
 
 果たして、現状は紳士性の欠片も感じられない。
 羽央は自分のことを棚に上げた台詞を、しゃぁしゃぁと吐きだしていた。

「もっと空気を読め。仲間内じゃなくて、広い広い世界の空気を、な」
 
 不意に、脚が掴まれた。ルールに反する行為だが、羽央は冷静だった。まるで予期していたかのように自分の左脚を両手で押さえ込み、

「ルールくらい守れよな」
 
 力を込め――あり得ないことに、脚を掴んだ男子ごと振り回し、纏めて撃沈させる。

「さすがにしんどいな」
 
 残った一人など眼中にないのか、羽央は呑気に脚をさすっていた。

「てめー!」

「ワンパターン。ボキャブラリーが少な過ぎる」
 羽央は敵の後方を指さし、にたりと笑う。
「しかも、注意力が足りない」
 
 男子は驚いたように振り返り――背中からの衝撃に押され、地面に口づけた。

「高校生がこんな手に引っかかるなよな」
 
 最後まで羽央は容赦しなかった。反則をした相手は正攻法で倒し、堂々と向かってきた相手は子供騙しにひっかける。
 
 終始嘲笑い、宣言通り敵を殲滅した。
 
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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