第13話 公序良俗に反する服装

文字数 2,386文字

 集合の合図がかかる。
 中央に互いのキングが歩み寄り簡単な挨拶と誓い――スポーツマンシップにのっとって、正々堂々と戦うことを表明しあう。

「東堂だ。よろしく、藍生君」
 堅苦しい言葉づかいと四角い眼鏡。

「なんで知ってんだ、インテリ眼鏡」
 そこから連想された呼び名を羽央はいきなりぶつける。

「そんなの、訊くまでもないだろう?」
 
 東堂は冷静に対応してみせるも、瞳だけが追いついていなかった。仇敵を見るかのように、激しい怒りが瞳孔の奥で燻っている。

「いや、心当たりが多すぎて絞れないんだ」
 
 嘘偽りない台詞だったのだが、東堂は顔全体にまで怒りを刻み――黙って踵を返す。
 地面を踏み鳴らす音から察するに、かなりご立腹のようだ。

「怒らせるような真似はしなかっただろうな?」
 自軍に戻るなり、相川に心配された。

「してないはずなんだけどなぁ……何故か相手は怒ってたぞ」
「……はぁ。まぁいい。ところで、なんかあるか?」
「そうだな。まぁ、俺より目立つことはありえないから好き勝手にやってくれ。どんな運動音痴でも、後ろから相手を蹴るくらいはできんだろ?」
 
 安定の上から目線に嘲り。
 慣れたもので、このくらいじゃ誰も動じなかった。

「できれば、ここで日頃のストレス――特に、俺に対する不満は全てぶちまけてくれると助かるんだが」

「んな最低な真似できるか」
 相川のツッコミを手だけで制し、

「それじゃ、楽しいケンバトの始まりだ」
 羽央は締めくくる。
 
 そうして、笛が鳴った。
 生徒たちは一斉に片足の靴を脱いで、上げる。
 二度目の笛で開戦――羽央は一目散にスタートした。
 
 右を軸足にしたケンケン。
 一気に中央まで突き進み、敵の大駒を確認しようと目を走らせ――ド肝を抜かれる。
 
 突出していたのは猫耳に卑猥な恰好。
 
 全体的にサイズが合っていないのか鎖骨、おなか、太ももと丸見え状態。
 スカートに至っては今にもずり落ちそうなのを、クイーンのシンボルで止めているだけというあられもない姿である。

「てめー! それはルールで禁止されている、公序良俗に反する服装だろうが! 先生! 異議を、異議を申し立てる!」
 
 もし、結び目が解けてしまえば……そんな想像をかきたてるほどに危うい。リボンの端が、煽るように腰の辺りで揺れている。

「ふっ、なにを言っているのかしら? この子は〝男のコ〟よ? それともなに? あなたは男子の太ももに興奮する変態野郎なの?」
 
 近くにいたボブの少女――青いリボンを腕に巻いているところからビショップ――がふざけた弁明を口にする。
 
 二人の生徒の言い分に対し、
「異議を却下する。男子なら問題ない」
 教師は言い切った。一眼レフのシャッターを連続で切りながら。

「ところで先生、そのカメラは?」
「ジャッジの為だ。他意はない」
 
 盗撮にしか見えないのだが、先生は断言した。
 
 そんな中、件の生徒は小学校の女児の制服に身を包んで、
「うぅぅ~、恥ずかしくて死にそぉ……」
 ヘタレていた。
 
 その姿はどう見ても女の子で



「……上等だ! だったら、その下になにをはいてるか確かめてやろうじゃないの!」
 最低の発言に、

「ひぃぃぃっ!」
 クイーンが怯えた悲鳴を上げ、

「北川君! にゃぁぁでしょ!」
 ビショップの叱咤が飛んだ。

「その短さからして、トランクスやボクサーパンツはありえねぇよな? じゃぁ、ブリーフか? ショーツかふんどしか? ……それとも、やっぱはいてねぇのかぁ!」

「おぃ、藍生落ち着け」
 相川が追いつき、静止をかけてきた。
「一人で突っ込んだらやられるぞ?」
 
 冷静に見渡してみると、敵は陣形を組んでいた。前線の女装少年とビショップをVの字で挟んだ鶴翼の陣。飛び込めば包囲は免れない。

「おー! やっぱ小学生の時とは勝手が違うな」
 
 そもそも、このような大規模なチーム戦はしていなかった。多くても十人程度。それも乱戦が基本で戦術など皆無だった。

「こりゃ、作戦たてないと厳しいぞ藍生」
「まさか、初っ端からこんな統率の取れた連中がいるとは」
 
 絶対的なリーダーがいなければかなわない芸当。入学したばかりの状況でここまで纏め上げるとは賞賛に値する。
 最後尾にいる東堂は夏服の制服にリボンをネクタイのように締めていた。

「で、どうすんだ藍生?」
 
 自軍は後ろで中途半端な横陣を取っている。距離からして、敵に侵攻されたとしても再編成は充分に間に合う。

「おまえに任せる。アルティメットの力を見せてやれ!」
「おまえ、絶対馬鹿にしてんだろ!」

「んなことねぇよ。七人一組のフォーメーションプレイ」
 アルティメットの基本を羽央は口にした。
「動画を観たけど、ありゃぁ凄い。適切なポジショニングを取れなきゃ、あんな風にフランイングディスクに追いつくことなんてできないだろ?」
 
 フライングディスクはボールよりも優れた飛行性から、滞空時間が非常に長い。
 それに伴いパスの種類は幅広く、投げ方次第で走る速度に追いつくのも、追い越すのも自由自在であった。 
 ただし、ディスクは手にしてから十秒以内にパスしなければならない。
 求められる判断力――投げるほうも、取るほうも。身体接触が禁止されているので、コースを封じられたらそれまでなのだ。

「つまり、おまえは並みの判断力と瞬発力じゃないはずだ」
「いや、まぁ……そう言われて悪い気はしないが……」
 
 もう一押しだと、羽央は更に褒める。
「ついでに、コミュニケーション能力も高いだろ?」
 この辺りでアルティメットを行っているのは、大学しかなかった。
 たとえ知り合いがいたとしても、大学生に交じってやるにはそれなりの愛嬌が必要になってくるはず。

「年上の指示を間近で見てきたおまえならできる。あいつらを率いて、俺を助けにこい!」
 
 相川をおだてあげると、羽央は単騎で敵陣へと突入した。
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登場人物紹介

 Aー3(一芸入試組)、藍生羽央(あいおいわお)

 とにかく喋って、喚いて、煽って大多数を敵に回すことを好む。

 それでいて孤立せず、味方を得られるほどにはハイスペック。また強かな性格であり、負けるのも厭わず平然と大人に頼ることもできる。

 その為、一部の人間には誤解から好かれることもしばしば。

 だが幼馴染を含め、誰もが最終的にはクズで人でなしと詰るほど、どうしようもない男のコ。

 好きな言葉は『正当(過剰)防衛』

 Jー2(中高一貫組)、二穴満子(ふたあなみつこ)

 羽央の幼馴染だが、周囲からはその事実が不思議に思えるほど内気な性格。

 ただ、そんな内面とは裏腹に外見の自己主張は激しく、老若男女問わず威圧感を与えるほどに色々とでかい。

 もっとも、名前を含め本人はそのことにコンプレックスを抱いている。

 同年代では唯一、羽央の秘密――アイデンティティを知る存在。

 好きな言葉は『二人だけの~』

 A-1(進学コース)、上岡希久(うえおかきく)

 羽央や満子とは小学校からの付き合いで仲良し。二人とは対照的に――いや、平均的に見ても背が低いものの、マスコット的な可愛らしさはない。

 特に、羽央に対しては激しいツッコミを入れる容赦のない性格。

 言葉の端々に訛りが感じられ、通じない方言もよく使う。

 好きな言葉は『和気あいあい』


 Aー3、相川正義(あいかわせいぎ)

 初めて出席番号1番から脱することができ、羽央に感謝している。

 アルティメットプレイヤー(フライングディスクを用いて行う競技)で、運動全般が得意。

 好きな言葉は『バカ騒ぎ』

 A-3、Marie-Claude Sinclair(マリー=クロード・シンクレア)

 南仏出身のミックス(混血)で、日本の血はワンエイス(1/8)ほど。

 は行が上手く発音できないものの、日本語は達者である。

 好きな言葉は『laisser-faire, laisser-passer(成すに任せよ、行くに任せよ)』

Aー3、渡部高志(わたべたかし)。

誰とも関わる気がないことを自己紹介の場で言っちゃうような男のコ。

結果、羽央の餌食に。

好きな言葉は『孤高』

 Aー3、日向優(ひなたゆう)

 現役アイドルで愛称は「ひなうー」

 気が強く、苛烈でプライドが高い故に羽央のツッコミ役に回る羽目となった不憫な女のコ。

 好きな言葉は『可愛い』

 SA-1(特進コース)、功刀蒼花《くぬぎそうか》

 羽央とは小学生の頃の同級生でライバル。また、お互いにファーストキスの相手。

 しかし色気はまったくなく、売り言葉に買い言葉の結果である。実際、羽央が舌を入れてきたお返しに、膝を鳩尾に入れて吐かせたほど。

 本人は真面目で誠実な性格をしているものの、羽央と噛み合うだけあってまともではない。もっとも、優れた容姿と人柄のおかげで天真爛漫に見える模様。

 好きな言葉は『徹底抗戦』

 

 Aー2(進学コース)、東堂(とうどう)

 ケンバトではキングを務める。入学早々のクラスを纏め上げるほど、人望と能力あり。

 羽央曰く、インテリ眼鏡。

 どうやら、羽央に恨みがある様子。

 好きな言葉は『民主主義』

 

 A-2、南(みなみ)

 ケンバトではルークを務める。

 ノリの良いお調子者で、些か困った趣味の持ち主。

 好きな言葉は『愛玩』


 A-2、北川(きたがわ)

 ケンバトでは何故かクイーンを務める。

 南の所為で、女装+猫耳姿を晒す羽目に。

 好きな言葉は『硬派』

 A-2、西(にし)

 女性にあるまじき逞しい背中――いや、恰幅の持ち主。

 北川に衣装――小学校の制服を提供。それを高校生の男子が着れる恐ろしさ。

 好きな言葉は『食べ放題』

A-3、佐倉(さくら)

羽央とは同じ中学校なので、ある程度の耐性あり。

男子でありながら、一芸入試を手芸で突破するほど裁縫上手。

好きな言葉は『フリルとレース』

J-2、鶴来(つるぎ)

サッカー部のエースで先輩からの信頼も厚い。

また、運動全般が得意で正義感の強い少年。

好きな言葉は『真剣勝負』

SA-1、草皆知子(くさかいちこ)

羽央と同じ二木中学出身。

とある事情から、蒼花のことをお姉さまと呼び親しんでいる。

好きな言葉は『特別』

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