【2】歪な正義

文字数 2,201文字

 城の外壁が一部崩落していたので、そこから侵入すると簡単に乗り込むことが出来た。
 今にも動き出しそうな蛇を模したデザインの内装を駆け抜け、階段を上がると、目的の人物を発見。
「ガ・シャンブリ! 今の崩落は一体なんなの……⁉」
 私の声に振り向いたガ・シャンブリは、その手に大きな赤い本を持っていた。ひょっとしたら、あれがマナの書ってやつなのかも。
「このような時に客人とは。どこぞで見ているだけなら構わんが、邪魔はしないことだ」
 そう言って、壁に飾られている怪しげな悪魔像に魔力を注いでいく。マナの書が輝く。
「待って! その本をそれ以上悪用しないで。私達はそのために来たの」
 一歩踏み込んで相手を止める。話し合いで解決するため、杖は静かに持っている。
 ガ・シャンブリはマナの書を開いたまま体をこちらに向け、真っ黒な目を細めた。
「正義を行うための手段だ。その是非の判断は、私が下す」
「かつて白の大地で企んだ行動、全て正義のためと言い張れるのか?」
 そう言うアルンが片手で剣を構えそうになったが、途中で下げた。戦闘の意思というよりは、つい癖が出た感じか、感情の表れだろう。
「無論。計画のために通った段階は必要な道だった。マナを制御するための代用術コンバートのために女神の一時確保は必須。そして戦闘力の面でも優位に立つため、嵐の進路変更を促して聖域の安定を崩したのも。考えうる最適解だった」
 全ての始まりたる嵐も、彼が原因だったようだ。その後の冒険や戦いにも、彼は裏で関わっていた。
「マナを負の感情で汚染して、みんなを苦しめた。あれも、悪じゃないって言うつもり……⁉」
 手を突き出して私を制したガ・シャンブリは、依然として堂々と構える。
「私は訴えたに過ぎない。あの大地を治める者に、法を定めし者共に、のうのうと縋り生きる人々に。そして我らを滅ぼしかけた冥界や七罪、オリュンポスの神々に、我々の存在を主張する為に」
 指をアルンに向けて指し、彼はさらに続けた。
「異常派生したマナによるコンバート召喚は、行使者の魂を写す。貴様の具現させた闘争を求める邪なる姿は、まさしく絶望と呼ぶにふさわしいものだったろう」
 ガ・シャンブリが召喚したアバドンは試練を与えつつも、誰一人として命を奪う事は無かった。ネメシスも裁きを与えると言っていたが、街中で殺戮を行わず、私にも翼しか攻撃せず、姿からも戦いたくない意思を感じた。先ほど述べた目的が、真実味を帯びてくる。
「そうだな……確かに私は、世界から見れば邪竜と変わらない存在だ」
「アルン……?」
 顔を逸らしたアルンの声音からは、そう言わせるに至る経緯の存在を感じ、私は困惑しか出来なかった。
「私は、そのような存在をこれ以上野放しにするわけにいかぬのだ。キュクロプスを宿せし竜よ。これ以上絶望を続けない為に、正義執行の妨害はするな」
 ガ・シャンブリが再びマナの書を輝かせると、アルンは顔を強く上げて踏み込んだ。
「だが! 私は変わったぞ。人と関わった私は、自らが召喚した絶望を消し去った。お前はどうだ、そのまま計画を続けたら、いずれそれは復讐心に変わるかもしれないぞ」
 マナの書は輝き続け、部屋の四隅に配置された悪魔像が紫に変色し始める。このオーラ、絶対に良いものじゃない!
「トワイライトクロス!」
 黄昏の光でコンバートを抑制。ガ・シャンブリがもう片方の手に杖を構え、魔法を撃ち込む。私はそれを防御した。
「妨害はするなと言った筈だ! 愚かな。都合の悪い存在は容赦無く排除するか。愚かな政治を維持する為に! 貴様も悪い意味で、人に染まっている」
 イリオスの聖域を踏み越えて悪魔と戦争を仕掛けようとした天軍。村や周辺種族を巻き込んででも、王族や神族を排除しようとした冥界。ローランさんの領土を乗っ取り、ロビンさん達を捕らえたノルキンガム王プリンス。竜人族を糾弾したネーデルラントの人々の姿などが脳に浮かぶ。
 私は杖を構え、奴に突き出した。
「あなたが戦う理由も分かった、と思う。でもそれは、あなたがやっている事も同じだよ! あなたにとっての敵は今、あなた達がかつて感じた苦しみを感じてる。何も違わない! 正義を盾にした悪! こんな事はもうやめて!」
 ガ・シャンブリの肌の紫が、ピンクと呼べるほどに急変色し、黒い目が真っ赤に染まった。
「断末魔が聞こえる、同胞達の呻きが聞こえる! 叫びは貴様らの小声で発せられる主観など掻き消す! 正義は私にある! 何も間違ってなどいない!」
 アルンが剣を構え、炎を燃やした。
「無駄か。やはりこの世界で狂人を分からせるのは力しか無いだろう」
 こちらも頷いて、蒼の光を輝かせた。
「私もみんなを守るために、あなたを止めなきゃいけない。覚悟して。ガ・シャンブリ!」
 床から発生した闇の穴から、鎖の蛇が伸びてくる。骸骨だった頭は今や鎧のようだ。悪魔像もいつの間に力を取り戻し、部屋全体が紫の霧がかかったようになった。
「信念無き正義は無力――故に私は強い!」
 今までにない大きさで口が開く。鎧蛇だけでなく、ガ・シャンブリの服の中からも通常サイズの蛇が無数に伸びてくる。シルクハットを外し、代わりに肩に装備した巨大なトラバサミのようなものは、彼の紳士としての姿を完全に抹消し、邪の魔術師に変貌させた。いや、これが本来の姿だったのかもしれない。
「さあ――正義を執行するとしよう」
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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