【5】破壊した安寧

文字数 2,827文字

 目を開く。痛む頭を押さえ、杖を探して掴む。
 杖を支えに立ち上がり、周囲を見回す。
 城と呼べるものはもう無く、瓦礫の山だけがあった。
 そして壁が崩れて見えるようになった町の建物は、一部屋根や壁が削れ、支えを失って崩れそうなものまであった。
「何、これ……」
 今すぐ確認しに行きたかったが、それより先にアルンを探す。
「良かった、勝ったんだね……お疲れ様」
 案外近くにいた。いつもの赤装備に戻って、城の瓦礫の山の外に転がっている。目は閉じていたが、確認すると眠っているだけのようだった。
 起こさないように回復術を使ってから、町へ飛び出した。
 空気が不味い、風景が普段よりさらに暗い。ちょくちょく見かけた住人が見当たらない。
 すぐ隣から音が聞こえて、見ると、石の壁が削れ、崩れた家の屋根が落ちてきた。
「きゃっ」
 驚いて身を引いたが、流石にこの距離なら、埃が吹き込んだだけで済んだ。この場全体に、異様なエネルギーが充満しているように感じる。強すぎる魔力によって、建物が一瞬で老朽化し、削れていくといった感じ。頭痛の原因はそれだ。
「そうだ、あそこは――」
 茶屋まで走り抜ける。そこの壁も削れて、今にも倒れそうになっていた。私達が休んだ長椅子も、今は一人縮こまって座れるくらいの危ないもの。
 その街道のさらに奥に、少し前に見た後ろ姿が。
「クリュさん!」
 呼びかけて走ると、クリュさんは振り向いて、和風な傘を閉じた。
「レクシアさん。ここに長居するのはおすすめしません。特にレクシアさんのような種族ともなると、特に……」
「どういう事ですか? ここで一体、何があったんですか……?」
 クリュさんは目を閉じ、首を振った。
「キュクロプスの襲撃後、この地に充満するようになった魔力が再来しています。原因は分かりませんが、魔力を抑えるために維持していた魔術や神器、そういったものの効果が切れたりしたのではないかと、私は考えています」
「魔術や、神器……。クリュさん以外の蛇人達は、どうしたんですか」
 その不安そうな顔を見ると、その先の言葉を聞いていいものかと怖くなる。
「とても住める状態ではありませんから、私達は新たな居場所を探しに行きます。こういう時にガ・シャンブリ様が来てくださらないのは、城の崩落が理由だと思うのですが――魔力が強くて、誰も近付けず――レクシアさんは、あちらから走ってきましたよね。何かご存知だったりは……?」
「私は――」
 もし、ガ・シャンブリが何かしらの術、もしくは像などの道具によって、この場の環境を維持していたとして。私の悪魔像破壊や、アルンの決戦の結末などによって、それが切れてしまったとしたら――
「――ごめんなさい。私は何も……」
 嘘をついた。
「……そう、ですか」
 その暗い声を聞いて、罪悪感が募った。
 ただ、確証が無いのも事実だ。町の魔力状態や、その抑止術の詳細を知らないまま、戦いを終えてしまったんだから。
「行く当ては、あるんですか」
 私が聞くと、クリュさんは首を振る。
「ここが私達が、唯一平和に過ごせる場所でした。様々な脅威から隠れ、どうにか生きていこうと――うっ」
「あっ」
 頭を抱えたクリュさんの、鱗が剥がれる。
「もう行きますね。それでは――」
 小さく礼をし、歩いていくその背中。私に何かしてあげられる事は無いか。
「あ、あのっ――」
 効くかは分からないけど、回復と防御障壁を張って、駆け寄る。
 相手が振り向き終わるのを待たず、本題に入る。
「冥界の門から真っ直ぐ南、かつて邪竜によって滅びた場所のあたりに、全種族平等の村が再興してます。きっと蛇人族の皆さんも受け入れてくれる。万が一何か疑われたりしたら――」
 言うべきか悩んで黙った。しかし途中まで言ってしまったので、自分の判断に従う。
「――私の名前を出せば、きっと……大丈夫ですから。皆さんで、検討してみてください」
 神族としての信仰を表に出さないように自分で言っておいて、今になってそれを利用しようとするのは、あまりにも悪い事だろう。だから、少し躊躇っていた。
 けど、それよりも彼女らを助ける事を優先した。もう変に人間だなんて言えなくなると思う。やっぱり私は神族だ。
 クリュさんは私の表情を見て、申し訳なさそうにしていた。私は首を横に振って微笑んだ。
「ええ。では、まずそこを目指してみようと思います。再び茶屋が出来たら、いつかまた会いましょう」
 あえて何も聞かずに信じ切ってくれたクリュさんが、会釈して去っていった。
 私は自分の胸に手を当てて、一連の行動を振り返る。そして強く頷いた。
 大丈夫。ここまでの選択に、後悔は無い。


 足音が聞こえて振り向くと、アルンがこちらへ走ってきていた。
「こんな所にいたのか。探したぞ」
「起きたんだね。ごめん、街が気になっちゃって」
「確かにこれは気になるだろうな」
 周囲を見回す。先ほどよりさらに削れる家々。呼吸すると喉が痺れそうになってくるほどに、悪化していく空気。
 長居は危険。私達も、ここから離れる事にした。
「あの後、二人の戦いはどうなったの?」
 移動中、情報交換を行う。
「レクシアの期待通り、私は一撃で奴を仕留めた――つもりだったがな。足掻くような最後の反射攻撃を受けて、イプシロン・アーマーは破壊されてしまった。だがこちらもちゃんと、相手のコンバート杖は破壊出来たぞ」
 話す内容は恐ろしいものだった。私が目覚めた時、彼女が息をしていない可能性は十分にあったのだ。
 でも、アルンはただ楽しそうに、飄々と語るのだ。死など恐れないような。それがアルンの危険な所であると同時に、頼もしく安心できる所だ。
「そう、でも無事でよかった。それで、なんとなく分かったけど、ガ・シャンブリは……」
 私が問うと、アルンは崩壊した城を見上げた。
「お互いが致命傷を負いながらも仕留めきれなかった中、戦いの衝撃で城が完全に崩壊してな。ガ・シャンブリは私を突き飛ばして、自分だけ瓦礫の雨を背負って消えた。満身創痍の私はそのまま眠ったよ。もう少し動ければ、私自ら止めを刺したり、逆に瓦礫から守れたかもしれないのは悔しい限りだ」
 止めを刺す。それを聞いて嫌な感じがした。きっと私は最後まで、彼との和解を信じたかったし、アルンが誰かを殺す事を、避けたかったんだと思う。
「ガ・シャンブリはアルンを守るために突き飛ばしたとしたら、立派な最期だったと思う。あくまで進む道や考える形が違っただけで、彼も、いい人だったんだよね」
 私も城を見上げる。アルンは言葉を返す。
「一つのパーツに過ぎないとはいえ、奴は神器キュクロプスを破壊し、勝利したんだ。立派な正義の執行者だったよ。――さて、私達は奴に託された未来の為に、進まねばならんな」
 しっかり踏みしめる足音。アルンに続くため、私も城から視線を外した。
「未来――うん、そうだね」
 まだここは通過点。瘴気に沈む国を抜け、私達は未来へ向けて歩みを進めた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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