【7】炎の任務

文字数 6,573文字

 外に出たはいいものの、ローランさん達の部隊を探す事も完全に手探り状態。戦争の火種と思しき集団の聞き込みを街の人にするわけにもいかないので、予想だけを頼りにひたすら歩き続けようとしていた。
 そんな感じで今の街から離れようとしている最中、空からデネヴが降りてきた。アルとビレオが途中で足を離し、残る距離を落下する。両足で難なく着地。着地位置を間違えたか意識的か、距離が近くて身長差を感じる。
「よっ、と。やあやあ美しいお嬢さんたち。これから俺と――」
「用があるならさっさと言え、こちらが聞きたい事は山ほどあるぞ」
「最後まで言わせてくれない? というか話したいなら誘い乗ろうね?」
 剣を持ちながら腕を組み、見上げるアルン。私が気にした身長差なんて無かったくらい、デネヴに対して強すぎる。私はああいったノリは困るので防いでくれるのは助かる。
 デネヴはやれやれとため息を吐いてから、周囲を見回す。キリっと雰囲気を切り替えた。
「ローランが動く。隠れ潜んでいた場所から顔を出し、今頃ネーデルラントとノルキンガムの国境の石を踏んでいる頃だろう。どうせお前らの事だ、目的は奴なんだろ?」
 有益情報。なるほど。デネヴが緩いノリで誘ってきたり、周囲を見回したのは物騒な話題を大声で喋らないためだったみたい。
「助かったよ、ありがとう。でも国境っていっても広いから、私には分からないから……もしよければ、案内してくれる?」
 私がそうお願いしてみると、デネヴは指を鳴らして飛竜を呼んだ。
「よし来た、じゃあこいつらに掴まってくれ。集まりの近くまで送らせよう」
 アルがアルンを、ビレオが私の腕を両足で掴んできた。持ち上がるのか不安だけど、デネヴが運べるなら大丈夫かなぁ……と、思ってみる。
「デネヴはどうするの?」
「俺は人使いの荒い上司に新たな任務を任されちまった。そのための準備に忙しいのさ」
「じゃあこちらからの質問に答える時間がないじゃないか」
 アルンが不機嫌そうに言うと、デネヴは丁度いい位置にありそうな私達の頭を撫でてきた。
「寂しい気持ちは分かるが、どうせまたすぐ会えるんだ。良い子にして待っててくれるな?」
 私は突然の事に思わず頭の位置を下げ、足を引いて離れた。アルンは手を引っぱたいた。
 それを合図にしたのか、飛竜達が翼を羽ばたかせて上昇した。一体づつ担当だからか、デネヴと違って鎧だから重いのか、速度はけっこう遅い。しかし落ちる気配は無く、安定した飛行が出来ていた。
「さ、流石に今のは少し効いたぜ……」
 上昇する私の視界から弾かれていくデネヴの小さな声が、街道の中心で虚しく消えた。
「えっと、なんかごめんなさい……」
 私の声が聞こえたアルンが笑う。アルとビレオの表情も、笑っている気がした。


 オセロニア界に人気の赤レンガの家の屋根に降ろされる。飛竜達がデネヴの方角に戻っていくのを見送った。
 少し高めの石の壁。ここが国境である事がよく分かる。文化の違いか、領主が移り変わった名残か、ノルキンガム方面の家の色の種類は豊富で、気持ちカラフルな街並みだった。街路樹もあって豊かな雰囲気。
 石の壁の中にいくつも存在する扉に、一度に多くの人々がなだれ込んでいく。鎧姿が多く、その中にひとつ大きく目立つ存在が。
「ローランさん……」
 二足歩行で歩くグレイルの肩に乗り、高い位置から堂々と構えている。
「物騒な行列だが、今すぐに戦いを始めるわけでは無さそうだな」
 アルンが私と同じように彼らを観察しながら呟いた。
 故郷で暴れるつもりが無く、交渉から始める気なのか。彼らの意図は読めないが、ノルキンガムの人々は皆揃って、その軍隊行列を訝しむ目で見ている。
 全員がノルキンガムに入る前――ローランさんが壁を通る前に、話をしておこうと方針を決め、二人で屋根から飛び降りた。
「ローランさん、グレイル、ちょっと待って!」
 駆け寄って呼びかけると、すぐに振り向いてくれた。近くに来るまで気付かなかったが、ジョンさんもグレイルの足元にいた。
「おう、そこまで時間は経ってないが、なんか懐かしいな、お前ら」
 手を振るローランさん。その下で大きな歯を覗かせるグレイル。ジョンさんは視線だけを向けて何も言わない。
「よう嬢ちゃん達。ちょうど今から国を取り返しにいく決戦ってなわけで、俺様も流れで付き添いよォ。俺様達の仲だ、共にドンパチやるかい?」
 グレイルの前足で手招きするような仕草。やはり予想は当たってしまっていたみたいだ。
 即座に首を横に振る。
「私は、みんなを止めに来たの。平和を望む優しい人間同士が争うなんて、悲しいよ」
 そう言うと、ローランさんの顔が途端に険しくなった。
「平和だと、優しいだと? レクシア……お前の事だ、あの野郎に騙されやすいんだろうな。あの神のクソみてぇな性格と行動があったから、俺やジョン達は苦しんできたんだ……!」
 神? ジーク達の種族は間違いなく人間だから――みんなはまだ知らないんだ、この国の変化を。
「アルンも、その腕輪の邪気は何だ。二人揃って闇に墜ちたか、失望したぞ!」
「一体何の話だ⁉ これは私の責任の証だぞ!」
 アルンが叫ぶ。事情も知らない人に、簡単に否定されるのは辛いだろう。
「ローランさん。プリンスさんはもう――」
「うるさい! ついにこの時が――親父や民の無念を晴らせる時が来たんだ、もう今更止まるなんて選択肢は無ェんだ!」
 グレイルに合図して、移動を再開する一行。その速度は、先ほどよりも明らかに速くなっている。
「待って! 気持ちは分かるけど、せめて話を――!」
 群がる足音に掻き消されないように、必死で呼びかける。一瞬だけ振り向いて怒りの顔を見せたローランさんが、広げた手をこちらに向ける。
「リン!」
「承知しました」
 落ち着いた女性の声と共に、日光が一瞬遮られる。反応して上空を見上げた時には、上半身に衝撃が発生していた。
「きゃあっ!」
 打撃により体勢を崩され、尻もちにとどまらず背中と頭も地に打ち付けられる。派手な金属音が聞こえて、揺れる視界を安定させると、私の前に立つアルンが、さらにその前に現れた竜人の女性と武器を打ち合っていた。
「このっ!」
 アルンが両手剣の重みを活かして押し込むと、相手の竜人は高く宙返りして距離をとり、足を真っ直ぐ揃えて着地した。そのタイミングで私も立ち上がる。
 赤い角と尻尾は、アルンのものよりは細長い印象。白と黒のドレスのような――メイド服、といわれるものを着こなしている。炎に焼けたような金髪と、凛々しい赤の瞳から伝わる表情から見ても大人の落ち着きを感じる。しかし手足に装備された銀の装備や、片手に一本づつ握られた包丁の長さと曲がり方は、殺傷能力に特化したと思われても仕方がないほどの恐ろしさだ。
「殺しはするな! 安全第一で、時間稼ぎだけ出来たら帰ってこい!」
 ローランがそう叫びながら、石の壁を通り抜けていった。
 竜人メイドはスカートを摘み上げて一礼し、落ち着いた表情のまま私達を見据えた。
「ご用命を承りました。お二方は我が主のご友人のようですね、どうか今後ともよろしくお願いいたします」
 友好的なのか敵対的なのか分かりにくい言動だ。アルンが剣を構えて前に出る。
「不意打ちから早速首を斬ろうとした奴の言葉など信用しにくいな。どうせ、ここから先へは通さない気でもあるだろうしな?」
 竜人メイドはその場でひらりと回転し、短剣と共に舞う。
「お察しの通りです。炎舞・竜華」
 ローランさん一行が通り終えた石の壁付近一帯に、炎の壁が燃え上がった。服装と雰囲気はやはりあてにはならず、簡単には通らせてくれない相手のようだ。
「それでは、お手並み拝見といきましょう。護衛侍女ヴェルトリンデ、これより任務を遂行します」
 竜人メイドは名乗ると、力強く地を蹴った。私も覚悟を決め、戦闘態勢をとった。
「セレスティアルレイン!」


 しぶとい。
 こちらは二人、相手は一人。アルンがヴェルトリンデさんの相手をし、私が後方から支援をする。基本の陣を継続出来ていて、安定した戦いをしている。しかし、そこから攻めに移る事が全く出来ない。
 相手の動きはそこまで速いわけではなく、定期的に小さなダメージは与えられている。しかし、竜人の筋力と、最小限の動きで的確な対処を続けてくるので、どうにも決め手が入らない。
 私が隙を見て挟み打ちさえ決まれば良さそうだが、流石は一人で対処する事を任せられただけあり、そうさせないための位置取りが完璧だ。どんなに回り込もうとしても、常に私の正面にはアルンの背中があるように立ちまわってくる。
「見た目の割に対した技術だ。護衛を本職にした方がいいんじゃないか?」
 アルンが二本の短剣を防ぎながら笑みを浮かべる。僅かに力と装備重量で劣るメイドは、冷静に竜鱗の剣を受け流し、言葉を返す。
「どちらも本職――侍女であり護衛、それが私です。いかにもないかつい護衛が主に就くのは、スマートではありませんから」
「黒の大地でお前の主と会ったが、護衛の職務はどうした?」
「ご存知の通り、主は白の大地に身を置くのが困難な状態。ですので、この大地で行うべき案件や今日のための準備は、私が担当しておりました。ご命令とあらば何処であろうと働き、お呼びがかかれば地を裏返した彼方であろうと駆けつける。それがあるべき姿です」
 膠着状態が続く。賭けに出てセルリアンルーセントの光を撃ち込みに行く。
「アルン!」
「良いタイミングだ!」
 私が回り込めないから、アルンに回ってもらう事にした。光の軌道から回避しながら回転斬りを繰り出すアルン。突然変化したパターンに、ヴェルトリンデさんは一瞬の動揺を見せたが、即座に身体を一回転。スカートを少し焦がしながらも炎を発生させた。
「くっ――なんの!」
 発生の衝撃波は威力があるが、炎自体はアルンには効果が薄い。しかしそれは既に把握されているようで、ヴェルトリンデさんは衝撃波発生の短い時間でその場から退避し、石の壁の上に飛び移っていた。
「危ない!」
「まだだーっ!」
 私が撃った光がアルンの剣に当たるが、受け流すように軌道を曲げてヴェルトリンデさんに撃ちこまれた。しかし一直線の光が当たる事はなく、横ステップで軽く回避された。流星のようにセルリアンルーセントが空へ飛んでいった。
 壁の向こうから、ローランさん達一行の雄叫びが聞こえて来る。始めようというのかもしれない。ヴェルトリンデさんはその様子を一瞥してからこちらにお辞儀した。
「流石の腕前。これ以上手の内を明かすと、守備重視でも攻略されてしまうでしょう。時間稼ぎという任は終えました。次は、この戦が終わった時にでもお会いしましょう」
 跳躍してノルキンガムへ入国したヴェルトリンデさん。ここまで友好的なのに戦っていた、その状況を思って辛くなった。
「交渉でなんとかなったり、しなかったかな……」
 我ながら今更な事を呟く。少々疲れ、ため息。しばらく休めないと思って、頑張るしかない。
「剣を握る姿からは、どんな命令だろうとこなす忠誠を感じた。ローランを止められたら、そうなったかもな」
 アルンが返答し、燃える壁に歩き出す。
「火竜相手に用意する障害としては不適切だな。私が全て喰らってやろう」
「私も水魔法とかで簡単に消せると思うよ。だからこそヴェルトリンデさんに妨害されてたんだけど」
 私も魔法を準備し、アルンと場所を分担して壁の炎を消火した。石の周りで燃える炎なんて不思議だが、ヴェルトリンデさんの炎は、舞による演出的な幻が具現したようなもののようだった。
 周辺の街の人は、既にいなくなっていた。避難が始まり、そういった人たちにとっての戦はもう始まっていた。
「よし、じゃあもう一度、ローランさん達を止めに行こう!」
「ああ。――レクシア、ちょっと待て!」
「えっ?」
 急いで国境の扉を通ろうとした足を止めると、進む先に炎が噴射される。今度は少し色が違う。進み続けていたら危なかった。
「うわっ。助かったよ、アルン――」
 振り返ってアルンを見ると、その背後に、今まで見た事のない暗い顔をしたデネヴが闇の魔術を構えていた。
 直感で悟り、手を伸ばす。
「危ないっ!」
 放たれた紫色の泡を、私の手から放つトワイライトクロスの黄昏で塗りつぶす。
 接近して杖を振り下ろしてくるデネヴ。私も蒼刃を生成し、踏み込んで杖を打ち上げる。
「やぁっ!」
「ッ――!」
 よろめくデネヴ。背後の状況に反応したアルンが振り返って薙ぎ払う。
「ふんっ!」
「しまった……!」
 デネヴは上半身を無理やり逸らせて剣を回避し、倒れそうになるところをアルとビレオに補助されて距離をとった。
「女性を殴るのは趣味じゃない。今くらいは大人しくしてくれないかな」
 デネヴがいつもの調子で喋るが、もう冗談と受け取る内容では無くなってきた。
「どうして……? どうしてこんな事を……?」
 私が聞くと、デネヴは鼻から強く息を吹いた。
「ガイ卿からの任務さ。戦況や計画を揺るがしかねない不安要素――蒼竜騎士と赤竜騎士の監視。それがつい先ほど変更されて、捕縛、って事になった。殺してもいいとまで言われたがな」
「じ、じゃあ、私達にローランさんの情報を教えて、ここまで運んでくれたのは……?」
「そりゃあ、戦闘で疲弊させての暗殺の方が、楽に済むってもんだろ。不意打ちは失敗しちまったが、お前らが疲れてるのは見て分かるぜ」
 アルンが剣を燃やし、彼を睨む。
「なるほど、最初から任で動いてたというわけか。でもいいのか? そんな裏事情のような話を、捕縛対象の私達にしてしまっても」
「――アルフォースワン」
 デネヴの指令で、アルとビレオが飛翔。炎ブレスを吐き、私達のいる場所を囲って閉鎖空間にした。
「あぁ、良くない。口が軽いって怒られちまう。だが、その口は今から閉じてもらうから問題ねぇのさ」
 アルンが突進し、剣を振りかぶる。
「バーニングブレイド!」
「行けるな? アル、ビレオ――インペリアルゲイン!」
 飛竜から輝くオーラを受け取ったデネヴが、杖をアルンの剣に当てる。力が増幅した今の杖は、剣と拮抗するほどの魔力を纏っていて、押し込み合って激しい火花が散った。
「アル・ブレイブ!」
 私も攻撃力を上げて加勢しにかかるが、アルとビレオが飛びかかって腕を掴んできて、その対処に追われる。
「こら、もう、離してっ」
「ちょっとした手品を見せよう」
 デネヴが再び紫の泡を飛ばす。飛竜を振り払った私にちょうどその泡が弾ける。瞼が重くなる、意識が薄れる。まずい、これは強制睡眠の魔術だ。
「ぅ、うぅん……っ!」
 意識を保つのに必死でそれ以外何も出来ない。この手の身体と意識を両方妨害するタイプの魔術の厄介な所は、回復魔法をする意識が回らない所である。実質的な自力解除不可だ。
「レクシア⁉」
 剣と杖を打ち合いながら顔をこちらに向けたアルン。それと同時に、デネヴが真っ直ぐ向けていた杖を真横に振る。
「誰かを守りながらの戦いは、こういった弱点もある」
 アルンの剣が杖の向いた方向にズレて、何もない地面を叩く。
「インペリアルゲイン」
「うぉおぉ⁉」
 押し込んでいた力を急に増幅されたアルンが、何もない場所に向かって出力を上げた炎を放つ。それにより生まれた大きな隙を逃さず、デネヴがアルンの首を手刀で叩いた。
「ぁ……!」
 私は何も出来ない。力を失い倒れて、飛竜達にその身を引き上げられるアルンの姿を、ただ見るのに精一杯だ。アルンが倒れたショックで意識は少し強くなっているが、杖の支えを外して、一度くらい魔法を撃てた所で何になるのだろう。
 近付いて来るデネヴの姿。至近距離まで引き付けて、最後の抵抗で拳を突き出したが、軽く片手で掴まれてしまった。
「ごめんな、レクシアちゃん。アルンちゃんはこの魔法が効きづらいから、こうするしかなかったんだ」
「ん、ぅ……」
 魔術が時間と共に抵抗できないほどに効いてきて、もう相手の顔を見上げる事も出来ない。
「こんな裏切り者を素直に信じてくれる純粋なお嬢ちゃん。後でもうちょっとやりたい事があるから、よろしくな」
 気力が保てず、体も沈む。それ以降の音や声は、言葉として読み取れなかった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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