【14】目的と正義

文字数 5,258文字

 目を開いて息を吸った。毒が回復している。
 触れた手に引っ張られるように、上に伸ばしていた手の先を見る。
 四肢を鎖で繋がれたセメレーさんが手を伸ばしている。私はその手から伝わる力を受け取った。
 滑空の勢いが落ちたのもそうだが、いつの間に城周辺の地形が局所的に盛り上がって塔となっていたので、目的地は遥か上。
 下を見ると、アルンが私の杖と羽に掴まりながら、鎧から炎を噴射して落下速度を落としていた。
「アルン。セメレーさんがコンバートの力をくれたよ」
「私も同じくだ。女神の回復までよく耐え抜いた、レクシア」
 自信の力を別の力に変換するコンバートスキルは、私のスタイルと相性が良かった。角が金色に、羽飾りは蒼く変色する。蒼竜の羽と杖から放った異能を、全て私の事象顕現に合わせて変換する。種族を超えた絆を融合し、解き放つ。
「セイクリッドウィング!」
 装備として持ち歩く羽と、周囲に舞う羽が私の背に集まる。まるでこのために肌を露出させたデザインにしていたかのように、肩甲骨のあたりから白と金色に輝く幻影の大翼が具現化する。
 直接肉体と繋がっているわけでは無かったので、特別な操作は不要。ただ行きたい場所を、求める先を望めば、翼は大きく羽ばたいて飛翔した。アルンを正面で抱きかかえて、塔の上の城を目指す。
 進行方向には相変わらず破滅の軍勢が待ち受ける。その王も既に追いついていた。
 手元に熱を感じる。アルンの黒鎧が熱を帯びている。
「もうアバドン共を恐れる事は無い。少し熱いが耐えてくれ――ブレイズプロテクション!」
 イプシロン・アーマーの熱が竜鱗の剣から広がり、私達の周囲に炎で燻る黒鱗が具現化した。
「これも運命(さだめ)……」
 アバドンがその黒鱗によって護られた飛翔に弾き飛ばされた。特にダメージは受けていなかったが、こちらへの攻撃も出来ないだろう。
 ガ・シャンブリが用意したのだろう、虫が入ってこれない安全領域まで飛翔。天空の舞台に到達する。
 赤い玉座から腰を上げ、杖を構えるガ・シャンブリの姿が目の前にあった。アルンから合図があったので手を離し、右手を突き出して光魔法をガ・シャンブリに撃ち込むと、全武装を燃やした火竜が飛び込んでいった。
 私達に力を与えたからか、鎖の張りを強くされて動けなくなっているセメレーさん。鎖は例の蛇達によって作られており、紫に発光していた。きっと力を利用されているのだ、彼女を解放すれば破滅のコンバートが弱くなってくれると確信した。
「助けに来ました、セメレーさん」
 私は翼に羽を使っている事で空いている左手を、胸の上に置いてセメレーさんの無事を安堵した。この程度の蛇の鎖なら、全力で刃をぶつけたりすれば壊れるだろう。
「私を、ですか……あなたに救われていいだけの存在とは、思えないのですが……」
 また、哀しい顔。微笑んでは見せているかもしれないけれど、心の奥にまだそんな感情がある事が、今度は言動からも伝わってきている。
 暗闇から引き揚げてくれたその愛情と温もりを思い出し、再び姿を見る事が出来た今でも否定しきれなかった思いを、半ば無意識に口に出す。
「あの、セメレーさん。あなたは……私の――」
「レクシア、避けろ!」
 アルンの警告が聞こえたが、振り向くことしか出来なかった。
「ラムヌース・ヴェーレ!」
 ガ・シャンブリが杖を向けると、私の頭上から黒く染まった青の光が泥のように流れ落ちる。ガイの使った石の呪いに近い絶望感と共に、重力が数倍強まったような圧力に両膝を着いた。
「あ、ぁ、ああ……!」
「女神を苦しませるな、その疑問は彼女の為に捨て去れ」
 ガ・シャンブリの発言。セメレーさんも俯いてしまった。
 痛みは無いが、精神は削られ、頭が重い。両手で頭を抱えてうずくまる。怒りが、憎しみが、恨みが押し寄せてくる。
――みんな間違っている、世界は憎しみで満ちている、いつ果てるとも知れない争いは私達を絶望に追いやる。正しく平和を作れるのは私しかいないのではないか。
 私ではない別の意識が流れ込むが、それは私自身が考えている事なのではないかと錯覚し、心が闇に呑まれそうになる。確かにそうだよ、みんなこんなに戦って、命を奪い合って、おかしいよ。
 しかししばらくして、背中の翼が輝き始めると、泥の光が消え初め、気が楽になってきた。私の事象顕現で消せるという答えを貰ったので、絶望的な精神の中、能力発動の為に気持ちを前に向け続ける。
 そうして顔を上げた瞬間、アルンがガ・シャンブリの反射技を受けて飛ばされた瞬間が視界に入ってしまった。
「アルンっ!」
 叫んでも状況は変わらない。ガ・シャンブリは杖を高く掲げると、私の剣と似た仕組みで、黒く染まった紫の刃を生成した。
「忌まわしき駆動神器を従えた火竜、我が故郷の同胞達の怒りを受けよ」
 ガ・シャンブリの勢力はキュクロプスによって数を減らされた魔物や魔族のひとつである事は、ジークの話からも分かる。しかしアルンは何も悪くないし、むしろ神器を止めた側にいるんだ。
「やめてガ・シャンブリ、その憎しみはアルンに向けちゃだめっ!」
「コンバート――デストリカ・スパーダ!」
 振り下ろされた復讐の大剣を、体制に余裕があったアルンは避けれたはずだ。しかし彼女はそれをあえて受け、城の下の階層に押し込まれて消えた。責任なんて感じなくていいのに、あなたのせいじゃないのに。
「アルンーっ! う、うぅっ……!」
 一瞬強まってしまった負の感情で、私の頭上から降り注ぐ絶望は再び精神を蝕んだ。こんな光景を見たら、元々戦いが好きではない私が、恨みを持つのは避けられない。
 ガ・シャンブリが振り向き、こちらに悠々と歩いてくる。負の感情をそのままに、私はその恐ろしい姿を見上げた。
「感じるか、怨嗟を。それは呪詛となって私のマナストーンとマナ水晶に蓄積され、さらなる絶望のコンバートに変換される。負の感情を触媒にしたコンバートならば、奈落の王も使命を全うする。復讐の刃も、私が器の代わりとして振るう事が出来る」
 ガ・シャンブリが片手にストーンを入れた杖、片手に水晶を持って話した。なるほど、それにセメレーさんの力が加われば、破滅を望む声としてアバドンを早期に呼び出して、さらに召喚に納得させて戦わせる事が出来たんだ。
「こんな事をして、何が目的なの。ガ・シャンブリ」
 問うと、ガ・シャンブリは歩みを止めずに口を開く。
「世界の為だ。感じているのだろう、私の感じている怒りを。貴様も同様に思うのならば私と協力して平和を創る事を検討してはどうだ。出来れば私とてこのような争いはしたくない」
 今受けているこの意識は、ガ・シャンブリの感情からコンバートされた攻撃? 平和の為。醜い争いを無くすため。だとしたら、私と目的は一致する。でも。
「ならどうして、こんな事をしているの⁉ 奪われた国を取り戻す為に戦っている、そしてそれらみんなは呼び出されたアバドンによって、今も下で苦しんでいる! あなたがやっているのは、あなたが止めたい事そのものだよ!」
「王子達が無意味に争っているのを、都合よく私を理由にしない事だ」
 ガ・シャンブリが私の手首を握り、体ごと持ち上げる。
「い、つっ……」
 重力が増している感覚のせいで、腕が千切れそうだ。彼の帽子が頭に当たり、牙が並んだ顔の黒目が視界を埋め尽くす。
「破滅させるべき存在だろう、粛清すべき対象だろう。愚かな争いの火種となるような国も、平和的解決が出来ず、火種を逃さない愚かな戦闘狂共も。そしてそれを裁く事も出来ず、くだらないその場しのぎの秩序を保ち続ける愚かな白の大地の法も!」
 流れ込む意識。キュクロプスに滅ぼされた故郷。実験道具として暴れさせた冥界、悠々と過ごす生産国オリュンポス。力があるなら、知略があるなら、私が全ての悪を粛清する正義となろう。白の大地で正義を掲げる天軍は信用ならぬ、私こそが正義とならねば、誰かが動かねば世界は変わらない。
「だから……私……違う、あなたが……全てを支配し、管理するっていうの……?」
「私は正義を執行する存在に過ぎない。しかし、それで貴様の望む平和を、そこの大自然の女神も、貴様の親の竜が続けている平穏も全て得られる」
 私は放置されている片手で杖を握り、ガ・シャンブリに振りぬいた。
「ぐっ……!」
 手が離れ、浮いた体が落ちる。トワイライトクロスを発動し、ドロドロと付着していた復讐のヴェールを脱ぎ捨てる。その狂界への誘いは、お断りだ。
「私が今貴方に抱いている思いは、貴方が憎むものと同じもの! そんな事をして、平和が創れるとは思えない!」
 続けて魔法を構えたが、それより早くガ・シャンブリが杖を振りかぶってきた。
「ぬぅん!」
「くっ……!」
 なんとか杖で受け止めるが、じりじりと押し込まれ、盛り上がった塔の崖まで下げられる。
「ならば、貴様は他の道を提示出来るのか? 天軍と同じような愚かしい考え、長期的未来を見据えた気の遠い思想、問題外の綺麗事を述べる事しか出来ないだろう?」
「そんな事……!」
 なんとか返答しようとした。しかし私のビジョンは曖昧だ。その通りだ。やり方はともかく、彼は本気で自分の正義を貫こうとしている。
「コンバート――デストリカ・スパーダ……!」
 杖から刃が具現する。哀しみと共に募る憎しみの刃を、私は防ぐことが出来る気がしない。
 しかし見えた、視界の先に、沈んだ階層から起き上がってくるアルンの姿が。
 アルンは腕に着けたマナリングを怪しく光らせ、そこから黒い炎を発生させる。
「言葉で理解出来ないなら受けてみろ、コンバート――フレア・ストーム!」
 負の感情を溜め込んだ熱風が、ガ・シャンブリの背後から迫りくる。私は全力で相手を押し込んで、一瞬の隙に背中の翼を羽ばたかせた。
「貴様っ……!」
 崖際にいたガ・シャンブリが熱風によって押し出される。私はそこを逃さずに、マナストーンのある杖を狙った。
「セルリアンルーセント!」
 光は命中。杖の石は割れ、呪詛は霧散。
子蝿(こばえ)め」
 ガ・シャンブリが霧散した魔力を強風に変えた。
「きゃあっ!」
 突き飛ばすような風圧に耐えられず、私は舞台に打ち付けられた。近くにいたアルンが駆けつけてくれたが、それより先に立ち上がるくらいには、まだやれる。
「生半可な志を持った小娘共にしてはやるものだ。まあ良い、その呪詛の強さなら、代わりの駒が手に入る」
 そう言ったガ・シャンブリはそのまま、水晶を手放しながら舞台から落下した。
「臆して逃げるのか?」
 アルンが問うと、崖の下から返答の声が。
「勝ったと思うのは早計だ。未だ優勢は私の側にある」
 私は崖まで駆けつけて見下ろした。彼は空中で闇の穴を生成し、入る事で退避に成功したようだ。
 ほっと一息する暇は無く、目の前の水晶が呪詛の光を放ち、そこから金髪の女神が顕現した。その周囲には、コンバートスキルで見た黒と青の光が蠢いている。
「器に力は満ちた。その世界の憎しみに応え、私が神罰を下そう」
 アバドンと同じように、コンバートによって召喚されてしまったのだろう。
「我はネメシス。全てを切り裂く一振りの剣。地に蠢く幾多の命よ、汝らの頭上に振り下ろされるは、自らの憎しみと不敬の代償と知れ」
 そう淡々と続ける顔からも、セメレーさんとはまた違った哀しさを感じた。私には分かる。この女神は、本心では神罰を下したいと思っていない。アバドンと似たようなもので、怨嗟が積もれば使命を全うしないといけない悲しき存在だ。
「早くセメレーさんを助けて、コンバートを止めないと! アルン、手伝って!」
 私が救出行動を再開した時、さらなるハプニングが続いた。アルンが一度強引に使ったマナリングの熱風からも、赤い竜鱗に黄色の装飾を装備した二足歩行の竜が具現した。
「ギャハァ! この女神が力を増幅し、俺を呼び出したか! イイゼェ、そんな流れも面白れェ!」
「ぐぁっ……!」
 竜はその巨大な手でセメレーさんを握りしめ、鎖も強引に引きちぎって連れ去ろうとした。
「具現したからには暴れまわってやる、お前らの絶望を思う存分っ、俺に見せなァ!」
「返してっ!」
 私が竜を追いかけて、助走をつけながら翼を広げたが、同時に具現していた女神が剣を掲げた。
「デストリカ・スパーダ」
 振り下ろされた剣によって、私の翼は切り裂かれてしまった。
「そんな……! い、嫌っ……!」
 途中まで竜を追いかけてしまったので、落ちる先は天空の舞台から外れた街。
「レクシアっ!」
 アルンが炎を噴射しながら飛び込んで、私を抱え込んだ。
 二人で落ちる空。落下死も有り得た直前、フードを被った女の子が地上から飛び込んできた。
「しっかり掴まっててください!」
 私達は何にだって縋る思いで従った。マナストーンを破壊した事でアバドンや虫達は消失していたが、街には依然として毒霧が残っていた。草木は腐り、自然は酷く傷ついているはずだ。私は、結局何も守れなかった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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